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日本サッカー界で使われる「フィジカル」について

こんにちは。

サッカーは「深く狭く」掘り下げたいアラサーライターの蹴道浪漫(シュウドウロマン)です。

今回は、日本サッカー界の課題の一つとされる「フィジカル」について、気ままに考察します。


「フィジカル」の正しい定義

サッカー界で良く使われる言葉の1つに「フィジカル」がある。海外のチーム、特にアフリカ勢との対戦の際に「相手のフィジカルは強い」、「フィジカルに差がある」といった使われ方をしている。それでは、この「フィジカル」とは、一体何なのだろうか?

結論から言うと、「フィジカル」とは「総合的な身体能力」のことだ。英語のphysicalであり、直訳すると肉体的・身体的という意味である。しかし、サッカー界では、この「フィジカル」が正しく使われていないことが多い。それによって、日本サッカー界には先入観や誤解も生まれてしまっている。

まず、日本サッカー界では「フィジカル」が「パワー」と同じ意味が使われることが多い。これは誤りであり「フィジカル」に対して「強い・弱い」という表現をするのも間違っている。「高い・低い」や「優れている」という表現であれば、適切であるものの「フィジカルが強い」というは、「身体能力が強い」と言っているのと同じことだ。

「フィジカル」から生まれた誤解

では、なぜ「フィジカル」の誤訳が、日本サッカー界に悪い影響を与えてしまったのか?それは、「フィジカル」を「体格」や「パワー」と同じ意味にしたことによって、「日本人はフィジカルでは勝てない」という思い込みが生まれてしまったからだ。

まず「日本人は、体格では海外勢に勝てない」これは、正しい。日本の成人男性の平均身長や体重は、世界的に見ても低い水準にある。たとえば、ワールドカップには32ヶ国が出場するが、日本代表の「体格」は毎回25番目以降に位置している。最近の日本人サッカー選手は大型化が進んでいるとはいえ、平均よりは下だと考えて良いだろう。

次に、「日本人は、パワーでは海外勢に勝てない」これも、ほとんどのケースで正しい。一瞬のパワーやスピードが勝敗に影響を与えるスポーツだと、なかなか日本人はアフリカ勢や欧米人種に太刀打ちできない。たとえば、ボクシングや陸上の短距離などが、最たる例になるだろう。井上尚弥や大谷翔平といった例外はいるものの、いわゆる速筋を使う競技において、日本人は不利だと言われている。

それでは、「日本人は、フィジカルでは海外勢に勝てない」は、どうだろうか?これは、間違いだ。そして、「体格」や「パワー」で劣っていてもサッカーの試合に勝つことは可能だが、「フィジカル」で劣っている場合、まず試合では勝てない。さらに言うと、「体格」や「パワー」で劣っているからといって、「フィジカル」でも勝てないということにはならない。

日本人ならではの優れた「フィジカル」

サッカーに必要な「フィジカル」とは何か。もちろん多岐にわたるが、もっとも大事なのは走力だろう。サッカーの試合では、ゴールキーパー以外は、高校生でも10㎞ほどは走ることになる。この距離を一定のペースで走れないようでは、試合でも当然動けない。サッカー選手は、ボールをコントロールできなくなるのではなく、走れなくなって引退するのだ。

そして、日本人はこの走力に優れているとされている。一般的に体型が細身の人が多いことも影響しているだろうが、ワールドカップにおける各チームの走行データを見ても、日本代表はトップクラスに長い距離を走っている。試合終盤になっても足が動く選手というのは、どのチームでも重宝される。

また、日本人は狭いエリアでのプレーも得意とされている。これは足が短いことが影響しており、足が長い黒人や欧米人種と比較すると、細かくステップを踏めるのだ。たとえば、手足が長い選手が3歩で進む距離を日本人が4歩で進む場合、単純に真っ直ぐ走る上では日本人は勝てない。しかし、これがドリブルをする場合だと、より多くボールに触れるため有利になることがある。

つまり、日本人は「体格」や「パワー」で劣ることが多いとはいえ、「フィジカル」では優れている部分も多いのだ。少なくとも、小柄だから「フィジカル」で劣るという考え方は無くすべきである。実際に、これまでのサッカー界で活躍した選手は、身長が170㎝台の選手がほとんどだ。サッカーにおいて、「体格」とは優劣ではなく差異でしかない。個性と言ってもいいだろう。それぞれの身体の特徴に合わせたプレーを発揮すれば良いのだ。

「思い込み」から生まれた「常識」

しかし、日本サッカー界では、長らく誤った「常識」が存在していた。それは、「フィジカルで劣る日本人は組織的に戦わなければならない」というものだ。2000年代初頭に「海外勢に1対1で勝てなければ話にならない」と言い放った中田英寿が異端児扱いされていたのは、当時の日本では「フィジカル」が誤った意味が使われていたからだと言える。中田英寿は小柄な選手ではあったが、海外勢を「フィジカル」で圧倒していた選手である。

転機となった2010年南アフリカワールドカップ

「フィジカルでも勝たなくてはならない」と、日本人が意識改革をしたのは、2010年の南アフリカワールドカップの時期である。当時の日本代表監督・岡田武史氏は日本代表候補の選手に、自宅で行える体幹トレーニングのDVDを送付。組織力を失わないようにしながらも、個人の能力向上に努めたようだ。

そして、日本はこの大会で「体格」では大幅な差がある、カメルーンやデンマークに勝利している。「小柄」な長友佑都が対峙する相手を「フィジカル」で圧倒していたこともあり、この時期から日本人の中に「1対1で勝つ」「フィジカルで負けない」という価値観が浸透していった。10年程の月日を経て、日本サッカー界が中田英寿に追いついたと言えるだろう。

今後の「フィジカル」強化について

東京五輪で、男子サッカー代表がスペインに敗れた後、主力選手の田中碧が印象深いコメントを残している。日本の敗因を「1対1では勝てても、11対11では完敗」と、分析していたのだ。これを聞いて、私は日本サッカーが着実に進化していると感じた。というのも、これまでは「組織では勝てるけど、個人では勝てない」が、日本サッカー界の常識だったからだ。

今回の東京五輪で、男子日本代表は諸外国のチームに「体格」では劣っていなかった。むしろ、スペインよりも日本の方が大柄な選手が多かったように思う。「パワー」で圧倒されるような局面もなく、「1対1」の勝負で完全に押し切られるシーンもなかった。そして、「フィジカル」でも、大きな差があったようには思えなかった。しかし、試合終盤になってスペインよりも日本に疲れが見え始めていたのは確かだ。

やはり、スペインの方が日本よりも、技術と組織力で上回っていたのだろう。サッカー界で良く使われる格言の1つに「人ではなくボールを走らせろ。ボールは汗をかかないのだから」というものがある。まさに、「ボールを走らせた」スペインと「人が走った」日本の、サッカーの質の違いが、試合結果に繋がったと考えられる。逆に言うと、日本サッカー界が取り組んできた「フィジカル強化」は、一定の効果を挙げていると言えるだろう。今後は「フィジカル強化」を進めつつも、さらに「ボールを走らせる」意識が必要なのではないだろうか。

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