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ドラクエ日記 「不要不急?」

おはようございます。今日もよい一日を。

昨日、ドラクエをやっていて「不要不急」という言葉で思考が停止してしまいました。

一晩寝て、少し見えました。

ライオンの子供、テレビで見てるとじゃれあって遊んでます。

あれは狩猟や縄張り争いにおける、闘争の予行練習という意味も兼ねてるそうです。

音楽、スポーツなど、この予行練習の意味があると思いました。

人間の目的は、人間族の繁栄だと思います。(たぶん)

人間族の繁栄には、人と人との出会いが必須です。

音楽を演奏する=鳥の求愛

音楽を聴きにいく=色んな人が集まる=出会いがある

サッカーをする=集団でゴールを奪う=集団で目的を達成するデモンストレーション

色々な不要不急が、人間に必須(予行練習や他者との出会いにおいて)な事がわかります。

昨日やったドラクエも、「自分はこういうコツコツやるのは向いてない」「コツコツ系では社会では武器にならんな」と小学生ながらも本能的に実感した筈です。

こう考えると不要不急なものなど、何も無いです。

ただ今のように伝染病が流行している場合、他者との出会いが致命傷になる場合があります。

だから音楽を聴きに行ったり、スポーツをしたりは不要不急では無く、人間にとって必須な事だけど『今は少し控えよう』というアナウンスが正しいと思いました。

ただ今控えたら、将来的に致命傷になる個人もいると思います。


急の部分が、個人のその時のシチュエーションで変わるからです。


僕は断酒してますが、自分がアルコールを『少し控える』事が出来ないため断ちました。

お酒を介在した他者との出会いは、コントロールして飲める人には大事なものだと断酒してる今、特に思います。

僕の断酒はある意味「ロックダウン」です。

これは一生続くんでしょうか。

続けます。

ただ人と会いに行ったり、そういう事をサボらないようにしないと日本が酒社会という側面があるので、どんどん出不精になっていきます。

ただ酒をやめて見渡すと、個人フットサルや健康麻雀などまったく酒を介在しないコミュニティがたくさんある事に気づけました。


全ての話が断酒を絡めると、矛盾をはらんだ方向に行きます。

何かを意識的に 断っている 動物はいない気がします。

ライオンや熊どうしの喧嘩を見ると、致命的な大怪我をさせないようにコントロールしてるように見えます。

殺人罪(殺獅子罪、殺熊罪)を制定せずともコントロールしている感じです。

この喧嘩 負けると縄張り失うが 殺すとこまで やる馬鹿無し    (詠み人:熊)

僕の飲酒は、あのまま飲んでいたら、自分を社会的に殺してしまうから一切飲まない方向にコントロールした。

熊同士やライオン同士の洗練された喧嘩のように。

自分にとって大事な事は、だいたい自分で分かるようになってる気がします。

断酒は、自分にとって大事な気がします。

数年前から、世界的な若者の酒離れが起きてましたが、本能的な伝染病対策を開始していたのかも。

地震を予知するナマズみたいな。

今日書いた全ての思考は、ドラクエやった事で思った事です。

結論:ドラクエは不要不急じゃ無かったです。


読んでいただき、ありがとうございます。