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タンブルウィード

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ーあらすじー これは道草の物語。露木陽菜(ツユキヒナ)は地元山形を離れ、仙台に引っ越してきて三年目。自宅とアルバイト先を行き来するだけの淡々とした日々を過ごしていた。ある日、誤…
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2020年5月の記事一覧

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「さ、入って」 部屋の壁に無造作に貼られた見たことのない文字のメモ達、何処かの国の言語なのだろう。上にルビがふられている。陽菜は流し目にそれを見つめた。 まゆはガラステーブルの上に置いてある大小様々な小物を片付けている。香草の様な香りが部屋からほのかに漂った。 初めて訪れた隣人の部屋は、同じ間取りにも関わらず陽菜とは全くの別世界だった。云わば隣国の民家を訪れている様な心持だ。 かかとを使って靴を脱ぐと、陽菜はまゆの部屋へ踏み入れる。慎重な様は貰いたての子猫のようだった。 「お

アジアのどこか。深く生い茂る木々を抜けると絵本に出てくる様な木造の小さな店が在る。 霧の中で匂いだけ頼りに導き出した答えの様な、淡く頼りのない印象だった。 店の前に立つと象形文字を横に引き伸ばしたみたいな焼印が、扉の横に押されているのが見えた。 どういうわけか、生い茂る野草達は店の周りだけ一面ペンキを撒いた様にトウモロコシ色だった。焼きたてのパンみたいな匂いが鼻をくすぐる。 ドアを開けると店内は外から見るよりずっと広く、大木を切った上に板を乗せた様なテーブルには幾人かの男女

玄関先で一通の手紙を見つめながら陽菜は立ち尽くしていた。 どこか遠くの国の海辺の街が描かれた封筒の宛名の欄には初めて字を覚えた子供のような筆跡で「小峰まゆ」とある。 自分宛ではない手紙が何故自室のポストに投函されていたのか陽菜は封筒の住所欄へと目を移した。 陽菜の住むアパートは二階建てでワンフロアに七部屋が並列している。陽菜の住む部屋の番号は101だったが、手紙の住所には107と書かれていた。 しかしながら陽菜も最初は筆跡の癖も相まってその数字が1なのか7なのか少し躊躇ってし

カントリーロード

0.5=7

再び陽菜が彼女に目線を戻したタイミングで演奏が終わり幾人かが手を叩いて彼女の歌声を称えた。 「ありがとうございます。改めまして、りさと申します。不定期でこの場所で歌ってます。今歌った曲はBob DylanのBlowin' in the Windという歌です。」 彼女は目線を下に落したり時々目の前の人々に向けたりを繰り返しながら話した。 「、、わたしは東京の会社を辞めて仙台にやってきました。次の曲はその時私を後押ししてくれた曲です。聴いてください。」 そう言うと彼女は次の曲を演

6.5

駅から市内へ続く道路を歩道を挟む形で仙台駅前には大きなアーケードが連なって存在している。 アーケード内には小規模飲食店やコンビニ、ゲームセンターなどが併設されていて、休日は人で溢れるのが常だ。 平日でもその賑わいは薄れることは無く、授業を終えた学生達の賑々しい声がアーケードのあちこちから聴こえてくる。 陽菜は山形から仙台に来てすぐこのアーケード内の人の波を存分に経験し、以降人混みを懸念し避けてきていた。 私生活もアルバイト先と自宅との往復が日々のルーティーンと化していて、買い