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入院前のひと仕事

(この話の続きです)

入院する日は2022年6月13日。手術日前日に入院し、翌朝から手術が始まる。当日の「万一」に備えて、さまざまな同意書や保証書、申請書を用意する。

まず心配だったのは、入院費用のことだった。私は長らくフリーランスだったので、前年の10月まで国民健康保険に入っていた。たまたま転職して会社員になり、協会けんぽに入っていたのだが、1年以下の加入期間だったため、傷病手当金の受給額が小さかった。最低限の医療保険には入っていたが、家計の大半が自分の収入から成り立っていたため、もし自分に何かあったら家計がもたないのではないかと、そればかりが気がかりだった。

中長期的には、耳が聞こえなくなることで今後どれほど仕事に支障が出るのだろうかということが、大きな不安要因だった。考えれば考えるほどネガティブな要素しかなかった。自分の代わりなどいくらでもいるのだから、常に一線にいなくてはならないのに、大丈夫なのだろうか。「片方だけ聞こえない」ということに対して、今一つリアルなイメージがわかなかった。とにかく、子どもの生活を変えてしまうような事態だけは避けたかった。

気になりはじめたら調べつくさないと気が済まないのが私の性分だ。ネットで読める範囲だが、聴神経腫瘍で入院した方のブログから、医師の論文まで徹底的に読みつくした。私の関心は聴神経腫瘍を取ることで有効聴力が残るかどうかだったが、調べてみると、そもそも私の腫瘍の大きさで聴力が残っているケースのほうが少ないようだった。

論文では聴神経腫瘍による顔面神経への影響について書かれたものも多くあった。特に印象深かったのは、ある医師の論文で、術後に顔面まひが残った人の手術直後の状況が書かれていたもの。要約すると、手術直後に出たまひは長く残り、術後しばらくして出るまひは早めに消失するという内容だった。(のちのち、自分の術後の状況にも当てはまり非常に参考になった)

かき集めた知識をまとめると、入院は2週間程度、長い人は3週間以上という。長くなる場合の要因としては、髄液漏があった場合だ。術後に鼻から髄液が流れてくることがあり、その場合は1週間程度同じ姿勢を保ち続ける必要があるため、退院が延びる。

夫だけでは私の代わりは不可能だ。入院中は義母に助っ人として遠方から拙宅に来てもらい、子どもたちの世話をお願いすることにした。仕事もされている方だったので、できるだけ短い期間でお返ししなくてはと、それも気が気ではなかった。

良かったのか悪かったのか、コロナ禍の真っただ中であったため、家族のお見舞いが不可とされていた時期だった。手術の当日は「万一のため」に付き添いが必要だが、それ以外の時間は一人でいられるのは私にとってはよかった。心細さはあるが、人に頼るのは最低限にしておきたかった。

手術に際し、一つだけやめてしまった習慣がある。

何年か前から、ジェルネイルを常につけるようになっていた。元来爪が弱くて二枚爪になりやすい。家事で水仕事をすると、どうにも指先が悲惨なことになってしまいがちだった。

たまたま「プレジデントウーマン」の取材で、ギラギラのミラーネイルをつけている女性に会った。「パソコンを打つときにネイルが目に入って気分がアガる」と話していて、私もやってみようと思ったのがきっかけだった。

私はアクセサリーといい、時計といい、身に付けるアイテムはほとんどつけない。わずかであっても重みを感じる点が疎ましいからだ。しかし、ネイルは自分にくっついている「パーツ」であるところが気に入った。ギラギラにはしたことがなかったが、綺麗な色をした指先を見るとほっとした。

しかし、ジェルネイルは樹脂でできている。そのため、MRIの検査の前には取っておかねばならないのだ。つけていても問題はない、と言われることもあるが、初めの検査のときに外して以来、ジェルネイルを再びつけることはなかった。

いつもお願いしていたあのネイリストさんに、「行けなくなっちゃってごめんね」と言いにいけたらよかったのだけれど。


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