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【2章】 2.洗礼



「…すげえ、なんかのアトラクションみてえだ」

「……扉を開けたらすぐに向こうへいけるわけじゃないんだね」

「うん。でもすぐに着くよ。一分もかからない。

冷基がいつか言ってた”次元の狭間ってやつだよ、ここは」






ーーーーーー”扉”を開いた先には、扉そのものと同じ黄色のような金色のような光が強く差しているだけの空間が四方八方に続いていた。




「理想は下界の某国民的アニメみたいに開けたらすぐに血界ーーーっていう風にしたかったんだけど、なかなか難しくてね。

構造が複雑なんだよ、積み重なった次元を繋いで人が通れる空間を作るっていうのは」

「…〇〇えもん…?」

「〇〇えもん。シキってばあさんだけじゃなくてああいうのも好みなんだって」

「へえ…」やばい趣味……

「ちょっと冷基。好香に変なこと吹き込まないでよ」




冷基と好香は言われた通りなるべくシキから離れずに歩いていたが、少ししたらシキが立ち止まった為、後ろからシキの前を覗き込んだ。




「……もう着いたん?」

「…わ、何もないところにドアノブがある」

「…この空間はどこも同じように光が差していて差異がないから、内側からはドアは見えないんだ」

「…へえ」

「……開けないの?」

「………」




シキが二人の前で立ち止まったまま数秒固まっていたので、不思議に思った好香が尋ねるとシキはやっとドアノブを握って、そのあとに振り返りこう言った。



「向こうに誰か、いる」

「え?」

「…誰かって、誰?」

「わからない。だから特に好香、ほんとに俺から離れないでね」

「……うん」

「よし、開けるよーーーーー」




ーーーーーーガチャッーーーーーーー…!



ーーーーーーボワンッーーーーーー…!





扉を開いた瞬間にシキは懐からタロットカードを一枚取り出し、空を切る様にかざす。瞬間にカードから煙と同時に人の姿をした何者かが現れる。

左手に天秤、右手には剣を携えており、風貌は凛としていて女性に見えるが白い目隠しのせいで顔は見えない。白と紺の美しい服飾を身に纏っている。




「………っ…!」

「…えっ、どうした?大丈夫か?」




それと同時に好香が口元を両手で押さえたのを見て冷基が声をかけるが、シキは構わずに一歩前に出て扉を出て、更にもう一枚のカードを取り出し、口を開く。



「二人とも、ゆっくり扉から出て。この女性の少し後ろにいて。…好香、悪いな。少しだけ、我慢してくれ」

「…なんなんだ?誰もいねーじゃねーか」

「……ッ…」

「いるよ。今から呼んでみるからまあ、見ててよ」





ーーーーーザッーーーーー!




「今しがたこの扉の前にいた奴、ここへ出てこい。用があるならここで聞こう。俺は逃げも隠れもしないぞ」




ーーーーーーシーン……ーーーーーーーー





シキが一歩前へ出て呼びかけるも返答はなく、それどころか物音ひとつしない、風の音さえ。

それほどに静かな場所だった。さきほどまでいた下の世界と同じく、ここも人目につかない場所なんだろう。ただ”下”と違うのは、比べ物にならないくらいに森の奥である、それほどに広い場所だということ。
空気が澄んでいて、酸素が濃い。木々たちも背高く立派で、下界のそれとは異なる大自然の中ーーーーー。

”息がしやすい”ーーーーと、冷基は思った。





「出てこないなら俺から行くぞ。見たところ血も大した濃さでもなさそうだ。彼女ーーー…ユースティティアを煩わせる間でもないな。

君なんて、このカードで物理的に殺せそうだ。そっちの腕も俺は悪くないよ、知ってるだろ?」



反応のなさにしびれを切らすのが早い。姿の見えない、そこにいるという”誰か”に向かってシキは話し続ける。右手の指は一枚、タロットカードを挟んで、今にもどこかへ投げつけそうな恰好で。

その姿はいつになく好戦的で、冷基たちの前で見せる姿とは違っていたーーーー。



「…あいつ、ああいう感じになる時あるんだ」



冷基が初めてシキに目を奪われた瞬間だった。



「……冷基、」

「え?ああ、何?つうか好香お前大丈夫か?」

「…うん、ちょっと気分悪いけど平気…。冷基はあの…シキのタロットから出た女の人の匂い、…気持ち悪くないの?」

「匂いーーー?ああ、シキの血の匂いだろ?俺、修行の時に何度か嗅いでるし平気」

「……そう、…なんだ」

「ーーーあっ!」






ーーーーーーシュッーーーーー!





好香と冷基が話している間に、シキの手からカードが飛んで行った。手慣れた空を切る手つきに、凄まじいスピード。

あんなに薄く小さいカードがあんなにも鋭く、真っすぐに飛ぶものなのかーーーー。

冷基はそれにも関心し、夢中でシキの投げたカードを目で追っていた。





ーーーーーーグサッーーーーーーー…!!




「……ーーーーひぃっ…!!!」

「ほら、見つけた」




20mほど離れた木の幹にカードが刺さる。離れた場所から勢い良く刺さった為、カードが刺さる重い音と人の叫び声で冷基と好香はそのことを認識した。
叫び声をあげた者の姿は見えない。シキはさらに懐からもう一枚のカードを取り出し、指に挟んでいる。



「次は君に当てる。…そうだな、どこにしようかな。

今日俺には連れがいるからね、手を出されても困るから、腕にしよう。下界では右利きが88.5%と多いから、それに倣って右腕を切ろう。

ちゃんと骨まで切るから、さっきより少し勢いつけるね。大木ごと切るから逃げても隠れても無駄だよ。君の位置はもう理解っているから」

「「え…」」

「嫌なら今すぐ投降しろ。猶予はない、いくぞーーーー」





ーーーーーーザッーーーー…!!




「ーーーー参った…!投降する!」







実際にカードを投げる際、ほぼノーモーション。”猶予はない”の言葉通りーーー、先ほどの一枚目でそれを相手も学習していたのか、シキの最後の警告から1秒と待たずに森の奥から葉を搔きわける音と声が同時に聞こえた。





「…、はやっ!」


思わず冷基が突っ込みを入れる位に、超弾丸の”降参宣言”であったーーーーー。


「OK、ならさっさと俺の前に来て」


だがシキは特に驚く様子もなく、指に挟んだカードはそのままに腕組みを始める。



「え、もういいん?」

「待って、まだ二人はそこにいて」

「お、おう。…お前あのカード、ああいう風にも使うんだな?」なんか意外…

「うん。2WAY仕様で便利でしょ?」

「おしゃれに言うなし。…でもうめえな、投げるの。練習したん?」

「したよ。腐るほどね。ーーー…好香、平気?」

「……平気」

「あ、来たぞ、シキ」

「ん」






ーーーーーガサッーーーーー…!ザッーーーー…





「…へへっ、すいやせん。まさかあんただとは思わなかったもんでさ。多めに見て下せえ」

「君、名前は?初めましてだよね?」

「ワシはエイカと言いやす。あんたとは初めましてだが、もちろんあんたのことは知ってますぜ。
シキ・ルービックでしょう?あんた、血界の有名人だからねえ…」

「……ここで何してた?」

「ちと山菜採りに来たら迷い込んじまってね。そうしたら見たことねえ摩訶不思議な扉が森の奥の遠くで光ってたもんで、ついつい。
吸い寄せられるように見に来ちまったのさ」

「なぜ俺が扉を開けるとき、身を隠した?」

「そりゃああんた、こんな得体の知れねえ扉から誰かが来る気配がしたら隠れるよ」

「扉の向こうから俺の気配がわかったんだね。血も濃くないのに不思議だね?」

「…それはーーー」

「戻してくれない?音」

「へ?」

「君が音を操ってるんだろ?”森の音”がしないもの」

「…森の音って…」

「風の音、風で葉が動く音、虫や鳥の動く音や鳴き声ーーー…。扉の向こうの足音や話し声を聞く為にそれらを君が消した。

そういう血力でしょ?君の風貌からは想像しずらいけど、音を操るマムリックの一族だよね?」

「…えっ、なんでーーー」

「そのブーツの模様、見たことがある。絵本だったかな?マムリック一族の紋章でしょ?」

「……へへっ、何でもお見通しか。…これでも綿密に小さく音は残してるから普段はバレることはないんだけどねぃ。さすが…シキ・ルービック」

「自分の音は遮って姿を隠し、こちらの音や声だけ拾って俺たちの情報を確認したかったんだろうけど、残念。君の血、濃くないとは言ったが薄くもないから、俺の鼻はごまかせない」

「へへっ、…あんたにそう言ってもらえるなら光栄だ」




数十m先の大木の陰から現れた”エイカ”と名乗る男は小太りの中年。緑色に金の刺繍が入った民族衣装の様なものを身に纏い、肩には布の袋をかけていた。

シキの指摘したブーツは白地に緑の刺繍が入っていて衣装とはまた違った柄だったが、衣装がなびいた時にしか見えず目立つものでもなかった為、”よく見てるもんだ”と冷基は珍しく関心していた。

シキを見るなりペコペコとへりくだるエイカだったが、対するシキに一切の手心はないらしく、間髪入れずに自分の掌を差し出して見せる。


「はい」

「えっ?…なんですかい?」

「袋を貸せ、中身を確かめる」

「……ええっ、そんな…、ワシは怪しいもんじゃねえですよ。どこの出かも割れたってのに。マムリックの一族はルービックの種族になんの恨みもねえですよ。アンタだってそんなことは知ってるでしょう?」

「君がどこの種族かは関係ない。仮に君に扉を覗く目的があったとしても、その目的が”俺”とは限らないだろ。尤も、この扉が俺が作ったものだと知っていての行動か否かも、定かではないし」

「知りませんよ~、言ったでしょう。ワシは山菜捕りに来て偶然この光ってる扉を見つけてーーーー…」

「ならその山菜を見せて、早く。君に猶予や拒否権はないよ」

「……わかりましたよ~、…疑り深いんだなあ、アンタ」それに意外と強引だし…




ーーーースッーーー…



「…ふむ。本当に山菜だな」

「…だからそう言ってるじゃないですか~」


ーーーーヒョコッーーーー



「見せて、つか山菜ってなに?」

「…山菜は副食物に使える山や野に自生する植物だ。お前のところにもあるよ。…というか、こら、冷基。下がってろと言ったろ」
そしてお前は本当にものを知らないな…

「うわっ、めっちゃキモイきのこあるじゃん。これ食えんの?」

「馬鹿、触るな。クエンダケは火を通さないと毒性が抜けないんだ。ここの植物に免疫がないと触れるだけでも痺れやただれが起こるぞ」

「”クエンダケ”て(笑)ぜってー食っちゃダメだろ、それ」

「…いや、火さえ通せばここでは割とポピュラーなーーー」

「連れの兄さんはどちらのお方でーーー?」



ーーーーピクッーーーー


「え、俺?」

ーーーーグイッーーーー!

「どうして?」

「いてててっ、あにすんだ、てめーは」

「冷基、その女性の後ろに戻って」




エイカが肩に下げていた布の袋の中身を確認していると、いつのまにか冷基が近づいて中の山菜に興味を示したのでシキはあしらおうとしたが、エイカの一言に反応して冷基の頬を押さえて後ろに下がらせる。自身が出したタロットの図柄の女性の後ろへ。その際、好香の肩に冷基の体があたって好香は少し鬱陶しそうな顔をしたが致し方ない。

シキは構わず押し戻しエイカと対話を続ける。




「いえ、この辺りに住んでてクエンダケを知らん奴はいねえですし、増して免疫がないなんて、”ここいらの人”では無いのかな、とね。……それに血がだいぶと濃い様なんで、どこの種族のお方なのかとーーー…」

「こちらが明かす必要はないね。偶々君は俺を知っていたが、そもそもここで会った者に自己紹介する義理もない。…それに、血界の東半分に行けば、クエンダケは生えていないし、知らない者がほとんどーーーー」

「ではそちらの兄さんは東から来た方で?…それにしても濃くて良い血だ。…ぜひ、”出”を教えてもらいたい…」

「…君には関係ないね。それより所持品検査の続き、次はポケットのものを全部ーーーー」

「俺は”下”から来たぜ。”東”じゃねえ」




ーーーーバッーーー!!



「…冷基ーーー!」

「別にいいだろ?それくらい教えてやっても。こいつ、弱そうだし。俺の方が血が濃いの俺でもわかるもん。”血がすべて”なんだろ?だったらかまわねーだろうよ。何かありゃ勝つ自信あるぜ、俺」

「…馬鹿、そういうことじゃーーー」

「…ひっひっひ…!兄さん…、アンタやっぱ只者じゃなさそうだねえ?それに……下と言ったら東…ーーーいや、厳密には北じゃねえかい?

北のどこから来たかーーー、どこの生まれか、…ぜひ…!教えてくれ…っ!」

「はあ?シキ、こいつ多分わかってねーべ」

「……お前はーーーーーーー」





冷基が再びシキの背後から出張った途端に、エイカは目の色を変え、いやらしく不気味な笑みを浮かべ冷基に詰め寄った。その顔は三日月目の妖怪の様。
シキは庇う様に冷基の体の前に腕をやったが、その瞬間、冷基のものではない濃い血の匂いがふわっと香り、勢いよく後ろを振り返るーーーー。




「ーーー…っ好香!」



「…ーーーーっ…」




さっきまで好香がいた位置より、数メートル後ろーーーーー。ほぼ扉の真ん前に好香は下がっていた。



背後の銀髪の男に片手で後ろ手を捕まれ、もう片方の手で剣を首元に当てられながらーーーーー。













ーーーーーー”…やられた”。。









「………だから”半径3メートル以内”って言ったのに」









思わずさきほどまで好香が居た位置を確認し、珍しくシキはそんなぼやきをこぼすのであったーーーー。
































































シキの作った扉







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