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おひるごはんのはなし

特に出かける用事も無く実家で暮らしていると、なんやかんや面倒くさいのがおひるごはんである。

おしゃれなランチでも作りたいところだが、ぼくには原色の絵の具を混ぜただけみたいな代物を生成する、若しくは思考を停止して素直に冷凍食品などにお世話になるしか選択肢がない。

オラオラァ!と勢いでテキトーに作ったものが意外に美味しいときなんかもあって、もしかしておれはシェフになるために生まれてきたのかもしれないと思う日もあるのだが、全然そんなことはないのであった。

調子に乗ってレシピなどを調べ始めると、スーパーのどの売り場に行けば置いてあるのかも分からないような食材が羅列されているので、ふぅ、と静かにパソコンを閉じて「おれには昼寝が向いてるなあ」とつぶやいて寝る羽目になるのだ。

この間はもう家で完結させるのを諦め、近くのうどんを食べに行った。

うどんは汁と麺があればもうそれで充分うまい。本当は安いからそれにしているだけなのだが、わかっている人風の顔をしながら食べ切る。

久しぶりで忘れていたが、うどんを始め食券タイプのお店では「ごちそうさま」のタイミングがなんとも難しい。

レストランであれば、お会計の時に「おいしかったです!」などと一言付け加える余裕までも見せつつ颯爽とお店を去れるのだが、前払いだとそうはいかない。

言おうとしたときに限って何故か店員さんは奥に引っ込んでいるし、そのまま押し切って叫んだのに聞こえてなさそうな時などはとても気まずくなる。終いにはお店に微妙な空気だけを残したまま、ガラガラ…とそっと帰ることになる。次からはメガホンを首から下げて行った方がいいかもしれない。

こうして毎日のようにおひるごはんに悩まされているわけだが、やっぱり料理を趣味にしちゃうのが一番手っ取り早いのだろうなあという結論に戻ってくる。

こんなぼくが言うのもどうかと思うが、料理(らしきこと)を自分でしてみると、実は思っている以上にクリエイティブな作業だということがわかったりする。

幼稚園の頃よくやってた粘土の延長線上、などと言ったら料理家に真顔で数回はぶん殴られそうだが、自分が思い描いているものを実際に形にするのって難しいし、同じくらい楽しい。

でも毎日やらなければいけない、になるときっと無意識に「家事」にカテゴライズされてしまうんだろうなあ。

心と時間に余裕を持てていれば、日常に転がっている「アート予備軍」も沢山見つけ出せるのかもしれない。

まさに、相乗効果!

料理ができる友達が急にカッコよく見えてきた。





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