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色使いも育った環境に影響されている?、の話。

7月24日の琉球新報に載っていたコラムで、山陰出身の紅型作家の方が書かれていたお話が興味深かったです。
色使いも育った環境や見て来た色に影響されているのだろうか、と言う話題でした。

山陰の色、沖縄の色

彼女は子供の頃から絵を描くのが好きだったそうなのですが、使う色はモノトーンや彩度の低いくすんだ色ばかり。
沖縄を訪れて海を見た時は、見慣れた日本海とあまりにも違っていて良い意味でショックを受けたようでした。

紅型を始めた頃、自分で作った色を使うと「色が暗い」と指摘されたそうです。
紅型と言えば、鮮やかな色使いが特徴の染め物。原色に近い黄色、赤などが多く使われます。沖縄の強い日差しに映える色使いです。

彼女が里帰りした際、故郷の風景を見て改めて自らのアイデンティティを確認したそうです。これが自分の中にある色なのだと。
山陰と沖縄は、自然の色が全く違うのですね。

自分の経験から

沖縄で生まれ育った私は、鮮やかな色に囲まれていました。
パキッと晴れた空は青のグラデーションを作り、雲の白さを際立たせます。海は珊瑚礁のエメラルドグリーンと深い場所のブルーに別れ、その間にも様々な色を反射させるのです。日差しに負けず咲く花は、赤、オレンジ、ピンクなどを輝かせています。

大人になってくすみピンクなども着るようになりましたが、本来の私は濁りのない色が好きなのです。
鮮やかで、透明感のある、はっきりした色。まさに沖縄の紅型に使われるような色です。

それだけに、初めて沖縄を出て家族旅行をした時の衝撃はかなりのものでした。
九州を訪れたのですが、天気の関係もあったのか海は濁って灰色っぽい色。「これ本当に海なの?汚れてる?川じゃないの?」と感じた事を記憶しています。
振り返れば、ヤマトゥの景色はいつも霧がかかっているようにくすんでいました。私にはそう見えていました。

もしも私が海を描くとしたら、碧(みどり)と青のグラデーションを塗ろうとするでしょう。樹ならば、くっきりとした濃ゆい緑の葉を描きます。
深みがないと言われるかも知れなくても、それが私の色だろうと思うのです。

見える色すら違うはずなのに

色ひとつ取っても、生まれ育った環境でこんなにも捉え方が違う。「外」からの目で語られると説得力があります。

学校、特に幼稚園から小学校では「太陽は赤、空は青、海は青」と叩き込まれます。そして、高学年になればコンクールの審査員好みの「写実的で複雑な色使い」も求められます。
出来上がるのは、何処の出身者が描いても同じような絵になるのです。

もっとシンプルに、自分の中にある色を信頼しても良いのかも知れません。
生まれた時からずっと周りにあった色は、コラムを書いてくださった彼女と私とでも全く違うのですから。


※ヘッダー画像は「みんなのフォトギャラリー」からお借り致しました。ありがとうございました。

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