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仕事はあくまでも人生を充実させるための1アイテムにすぎない

「仕事は我慢するのが当たり前」

社会人2年目の頃までは本気でそう思っていた。

けれど、今は仕事は人生を充実させるための1つの手段でしかないと思えるようになった。そう思えるようになった過程を書いておこうと思う。


ずっと疑問だった

社会人になって2年目までは必死に目の前の仕事に取り組んできた。仕事で辛いことがあっても我慢して、全力で取り組むべきものだと思っていたからこそ、自分にできることはしてきた。

そんな取り組みもあってか、3年目の頃にはだいたいの仕事はできるようになっていた。けれど、同時に仕事に対して何の感情も抱かないことが多くなっていった。

「可もなく不可でもなく」

仕事に慣れて身体的にも精神的にも楽にはなっていた時期だったけれど、感情の変化がない日々をこれからもずっと送ることに、どこか物足りなさを感じていた。

4年目になって新しい仕事や役割を与えられても、仕事が楽しくない。楽しいと思えない仕事をしないといけないことが少しずつしんどくなっていった。

少しずつ違う道を考え始めた頃。SNSや本を見ていると仕事を楽しんでいる人がたくさんいた。

「私も仕事を楽しみたい」

そんな風に考え始めたけれど、友達に相談しても
「仕事なんて楽しくないのは当たり前でしょ」
「仕事は仕事と割り切って考えたら」

そんな答えばかり。

「やっぱり仕事を楽しむなんて一握りの人なのかな」

けれど、どうしても仕事を楽しみたいという気持ちを諦めることができなかった。1日の3分の1というかなりの時間を費やしている仕事を楽しめない=人生を楽しめないと思っていたから。

そこから、楽しめそうな仕事を探すために、いろんなサイトをみあさった。

自分の中にしか答えはない

外的要因に引っ張られ、収入、ライフワークバランス、知名度。そんなものばかりを最初は調べていた。

どれも大切な軸だと思うけれど、私にとって1番大切な軸は仕事内容を楽しめるかどうか。それじゃあ、自分が楽しめる仕事内容とはいったい何なのか。この答えは自分の中にしかないと思ったので、そこからやりたいこと探しの旅が始まった。

紆余曲折あり、1年ちょっとかけてやっと納得感を持てる、かつ、自分がやっていることを想像できるやりたいことが見つかってきた。やりたいことがない人生だったので、それを見つけることができただけでも大きな一歩だったと思う。

そんなやりたいことを探す過程で、いろんな価値観や理想を知り、確信を持つことができた。

「仕事は楽しむことができる」
「人生をより楽しむために仕事がある」

仕事があって私がいるのではない。私にあう仕事がそこにあるだけ。

我慢する仕事は手放してもいいのかも

我慢する仕事も時には必要かもしれない。その経験が未来の自分の強みになることがあるから。

けれど、ずっとそこで我慢し続ける未来しか見えないのであれば、環境を変えるのは1つの手段だと思う。

我慢して生きるほど人生は長くない

本気でそう思うからこそ、過去の自分のように「仕事は我慢するのが当たり前」と思っている人がいるなら、少しでも何かを変えるために動いて欲しいと思う。


誰かに伝わることを願って🌕

#100本毎日noteチャレンジ
#DAY89


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