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【小説】不純異星交遊


 今日の収益は……一万五千円か。まあ、二時間の路上ライブにしては上出来だろう。CDは二枚しか売れなかったが。

 シンガーソングライターを志して五年。二十歳を過ぎていつまでもこの状態じゃどうしようもないな、と最近感じてきていた。ありがたいことに事務所に拾われ、CD発売にもこぎつけたが全く売れない。しかし、CDが発売出来たということは少しは才能があるんじゃないかとも思ってしまい、きっぱり諦める気にもならない。年齢も、成果も中途半端。一番悪いやつだ。

「このままじゃ駄目なのはわかってんだよ……」

 さっき集計したばかりの小銭をまき散らしながらソファに体を預けた。フローリングの床に散らばるコインの音が無音の部屋に響く。残響が余計に俺を虚しくさせた。

「何か食おう……」

 こういうときは腹を満たして、気分を変えるのが一番良い。

 重たい腰をあげ、キッチンの棚を漁る。カップヌードル、カップヌードル、どん兵衛、カップヌードル。

 インスタントばかり。しょうがない。多いやつから消費していこう……。

 蓋を開け、お湯を入れる。独特のカップ麺の匂いが漂ってくる。

 その瞬間、ベランダから何か重たいものを置いたような低い音が聞こえた。

「……は?」

 え、なんだ? 俺の幻聴か? いや、でも確かに聞こえたぞ。脳内に「強盗」の二文字が浮かぶ。まさか。こんな金欠男性のところに来たってしょうがない。

 俺はベランダの方に近づき、おそるおそるカーテンに手をかける。一度深呼吸をし、一気にその手を引いた。

「うわあああああああああああっ」

 ひげ面の中年程のおじさんが笑顔でこちらを見ていた。その笑顔は「にんまり」という言葉が似あう。とにかく気持ちが悪かった。

「け、け、警察」

 窓に背を向け、机に置いてあるスマホに手を伸ばす。しかし、震えて上手く掴めない。

「そんなに慌てないでください」

 振り返ると、男が部屋の中に入り込んできていた。

 鍵は開けていないはずなのに、どういうことだ?

「鍵くらい簡単に通過できますよ」

 なぜか、俺の考えていることを読みとる。さらに、あの笑顔のまま俺にゆっくりと近づいてくる。

 俺は殺されるのだろうか。この得体の知れない、奇妙な男に。

「ち、近づくな!」
「だから、慌てないでください。危害を加えるつもりはありません」
「やめろ」

 俺は近くにあったハサミを手に取り、刃先を男に向ける。

「やめてください。……おかしいな、言語は間違いないはずなんですけど」
「はあ?」
「あなたの声が綺麗だなと、そう思ってついて来たんです」

 もしかして、路上ライブを聞いてくれたのだろうか。綺麗と言ってもらえるのは嬉しいが、それでも部屋に入り込んでくるなんてありえない。

「な、なんなんだよ、お前は」
「私ですか。ただの異星人です」

 こいつは今何と言った? 異星人? そんなのいるわけがない。しかし彼が本当に異星人なら、窓の外から鍵を開けるという、地球人ではできない所業にも納得がいく。いや、いかねえ。信じられない。

「良かったら、一曲何か弾いていただけませんか」

 男はそう言うと、テーブルを挟んで俺の向かいに腰を掛けた。

「もう一度、あなたの歌が聞きたいです」

 気が付けば、俺はギターを手に取っていた。

 普通だったら追い出すべきだ。警察も呼ぶべきだ。異星人か変質者か知らないが、こんな得体の知れない人間を放っておくなんてどうかしてる。でも、今まで自分の音楽に自信を持てずにいた俺にとって、直接「俺の曲を聞きたい」と言ってもらえることは、理性を忘れるくらい嬉しかった。

「どんな曲がいい?」
「あなたが一番好きな曲を聞きたいです」
「何だよ、そのリクエスト」

 思わず笑みをこぼしながら、ピックを弦に当てる。俺の一番大好きな曲。それは、俺の友人たちについて書いた歌だった。俺の夢を応援してくれた奴、一緒にふざけた奴。最高の思い出たちだ。

 演奏を終えると、男はささやかな拍手を送ってくれた。

「やはりあなたの歌は素晴らしい。地球人はこんなに良いものを生み出せるんですね」
「まあ、俺以上に良いもの作る人間なんて、この星にはいくらでもいるよ」
「なんと! そんなにいるのですか」

 男はそのことを知らなかったような驚き方をする。異星人というのはどうやら本当らしい。

「やはり、この星は侵略するべき星ではないですね」
「は? 今何て?」
「侵略するべきでない星です」
「お前、侵略する気だったのか?」

 思わずギターを床に落としそうになったが、なんとか持ちこたえる。

 俺は間違った判断をしてしまったようだ。安易にリクエストに応えず、すぐに追い出すべきだったのだ。

「心配はいらないと最初から言ってるじゃないですか。私は端から侵略する気なんてありませんよ」
「それは本当か?」
「はい」

 男は地球に来るまでの一連の流れを話し始めた。

 
 私の母星では宇宙開拓計画が数十年前から始まっていました。初めの侵略対象の星として、この地球が挙げれました。同じ民族同士で殺し合いを繰り返す知能の低い生命体が住む星だ、という理由で。もちろん、反対派もいました。こんなに美しい地球にそんな民族がいるはずない、と。しかし賛成派である上層部はそんな意見に耳を貸しません。挙句、自分の目で見て来い、と調査の名目で星を追い出されました。初めは地球での生活に慣れませんでしたが、だんだんと言葉も覚え、自分で地球の歴史について調べてみました。残念ながら、上層部の言っていたことは事実でした。そして、今も一部で殺し合いが続いている……。だけど、私はそれでも地球人が愚かとは思いませんでした。あなたの歌に出会ったからです。こんなに心温まる、素晴らしいものを地球人は生み出せる。どこが愚かなのでしょう。


「……確かに、お前の言う通り俺たちは良いものを作れると思う。でも無意味な殺し合いをする愚かな面も実際あるんだぞ。自分でも確かめたんだろ」
「全員が愚かですか? 決してそうではないでしょう。素晴らしい人々が少しでもいる限り、悪に染まることはないですよ。彼らが必ず光へ導きます」

 真面目な顔をして、何を語ってるんだ。そう思うが、男の想いは伝わって来た。彼は俺たちのこと、この星のことを愛してくれている。

「上層部のやつらは百年後に地球侵攻を計画しています。それまでに私が必ず、この星の技術を奴らに対抗できるレベルにまで底上げしてみせます。こう見えても私は技術者なので。そして、あなたは良い作品を作り続けてください。あなたも地球人を導く側の人です。一緒に地球征服を阻止しましょう」
「大袈裟じゃないか」
「そんなことはありません。私はこの星を守りたいのですから」
「お前……」
「あなたは自分が良いと思えるものを作り続ければいいんです」

 地球にそんなに価値があるのか、俺はわからない。

 でも、俺は作り続けようと思った。「作り続けて欲しい」そう言ってもらえるだけで元気が湧く。不純な理由かもしれない。突然やって来た異星人に言われた言葉が理由になるなんて。

「どんな理由だって良いですよ。地球が救われればいい」

 彼はまた俺の心の内を読み取って言った。

「宇宙法では星同士の協力体制を結ぶとき、両者が協定書にサインしなければならないんですが、生憎、その書類は持ち出せなかったので、この提携は非公式となります。もしかしたら今後、地球と私の母星は不正な協力をしていた、と他の星から見られるかもしれません。それでも構いませんか」

 その言葉に笑うしかない。

「構うも何も。お前は地球を守りたいんだろ。俺はいい曲を書きたい。他の星なんて関係ないぜ」
「それじゃあ」

 彼の続きは俺が口にした。

「一緒に救おうぜ」


※「小説家になろう」「カクヨム」にても掲載

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