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<ショートストーリー> ホットケーキとクリームソーダ

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「目にかかる前髪に耐えられるくらい大人になった。」
そう言いながら、プラスチックのストローでバニラアイスをメロンソーダに沈めようとしている。
「このまま髪が肩にかかるより長くなって私は大人になるんだよ。」
さっき頼んだホットケーキを待つ彼女の目は厨房から出てくるウエイトレスを追っている。
「ショートヘアーの方が似合うよ。」
そう言うと彼女はやっと、僕を見た。
僕はどうしたら彼女が振り向くのかを知っている。
「君はただショートヘアーの女の子が好きなんでしょ?」
「そうだよ。あとアメリカンショートヘアもね。」
「私はマルチーズが好きなの。」
ウエイトレスがホットケーキをテーブルに置く。
彼女の目はホットケーキに注がれる。さっきよりキラキラした目で。
「私はまだ大人にはならないよ。ホットケーキとクリームソーダを同時に味わいたいからさ。」
僕は小さな息を漏らす。彼女の視線を追いかけて、呆気なくホットケーキに負けた落胆と、彼女の言葉を聞いた時の安堵が混じった吐息。
不思議な表情で僕を見た、彼女は確かに大人じゃなくて、だけど前髪は今までで一番長かった。
「大人にならないんじゃなくてなれないの間違いだよ。」
彼女は、それはそうだなんて言いながら笑ってホットケーキを頬張る。
間違ってるのは僕の方だ。


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