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一家離散4

 あらすじ
家は散らかってて、父はいつも怒っていた。
電車と工場の騒音で僕の声は大きかった。

 日中はいつも、
 ゴトン。ゴトン。
 と機械の音が床から響いていた。

 「工場に立ち入ると機械に挟まれて死ぬぞ」

 と工場の人に脅されていたので、家の下の工場の中に僕は滅多に立ち入らなかった。

 一階の工場はとても暗かったので、外出するといつも明るかった。
 家でテレビと本ばかり見ていた僕にとって、太陽は友達ではなかったのかも知れない。

 僕が最初に迷子になったのは、3歳か4歳のあたりだと思う。
 何故なら迷子になった時はまだ幼稚園には通っていなかった。
 僕が幼稚園に入ったのは年中組からだ。

 家から数十メートルまっすぐに線路沿いを進むと公園があった。
 だだっ広いグラウンドにブランコと滑り台と砂場と鉄棒のある公園だ。

 母が商店街に買い物に行く際、僕もついていってその公園の中を歩いた。

 芝生を踏みつけて遊んでいる僕に母が、
「買い物についてくる?それとも、公園で待ってる?」
 と聞いて来た。
 僕は公園で待っていると答え、母は僕を公園に置いて商店街に買い物に行った。

 しかし、母がいなくなった途端につまらなくなった僕は、先に工場の上の家に帰って母を待つことにした。

 幼い僕は身勝手なのだ。

 公園から家までは一本道。

 でも、家の形を覚えていない僕は、何度も自分の家の前を行ったり来たりして自分の家に辿り着けなかった。

 僕が道路でウロウロとしていると、そのうち、お巡りさんが僕を見つけて保護してくれた。
 交番の奥に案内された僕は、気さくなお巡りさんにテレビを見なさい。と、畳の上に寝かされた。
 寝方の指導までしてくれて、タイの涅槃蔵のような形に指導された。
 麦茶も出してくれた。

 ほんの数分だった。

 テレビを見てたら母が交番まで迎えに来てくれた。

 迎えに来た母に僕は、
「帰ろうとして、家わかったけど、わからなかった」
 と母に説明したら母は笑っていた。

 次はちゃんと帰れるように、家に辿り着くと僕は家の形を覚えた。
 あと、
 次からは買い物にはついて行こうと決めた。

 母は優しい人だった。

つづく

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