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第168回直木賞の受賞作予想〜!

ごきげんよう、あわいゆきです。

先月、第168回直木賞の候補作が発表されました。


以前に投稿した候補作予想の記事では5作品を予想に挙げ、『プリンシパル』以外の4作品が的中。下半期の注目作はだいたい選ばれる結果でした。

そしてあとは1月19日の受賞作発表に向けて予想をするばかり!……なのですが、先ほど挙げた候補作予想の記事で『クロコダイル・ティアーズ』以外の作品は紹介し終えています。
noteに手をまわす時間のゆとりもなく、受賞作予想はツイートだけで済ませようと思っていたのですが、せっかくなので記録には残しておきたいところ。

そのため今回は候補作予想の記事から文章を転載したうえで、「受賞するかどうか」を観点にそれぞれ追記していこうと思います(『クロコダイル・ティアーズ』に関してはいちから執筆)。
いちど投稿した文章を繰り返す形になってしまいますが、ご了承ください。

それでは一作品ずつ紹介していこうと思います!

作品紹介

一穂ミチさん『光のとこにいてね』(文藝春秋)

昨年『スモールワールズ』で直木賞の候補にもなった一穂さんの最新長編。
自然主義的な母親と教育主義的な母親、それぞれ異なる家庭に育った二人の女性の四半世紀を交互に描いていく本作では、名前のつけられない関係性をストレートに描いていきます。なかでも注目したいのは、二人の女性を真に縛っていたのは母親の強い主義思想ではなく、主義思想に拘泥することでエゴを満たそうとする代償、なにかに拘って生身の娘を見ようとしない無関心そのものにあった――と話を転がしていく点です。ネグレクトや直接的な暴力とも微妙に異なる、「愛情を正確に注がれないまま、自ら選択していくことのできない子ども」の像は、一方的に母親を悪と断罪できない複雑な関係性を浮かび上がらせます。

 そしてこの「選択権」のなさは二人が大人になって鳥かごから羽ばたくと、今度は「選択権」を与える側として頭を悩ませるようになります。それぞれ娘、あるいは歳の離れた弟に対するコミュニケーションを探っていきながら、ときに「子どものうちはいろんなことを選べない」と残酷に突きつけ、子どもに耳を傾けないまま身を去ろうとするすがたは身勝手に映るかもしれません。しかしこの物語はそのあり方を大人の立場から肯定しようとします。同時に、いまこの瞬間を生きている子どもの自由意志を尊重する姿勢を崩さない(つまり、無関心でいようとはしない)ことで、子どもから大人への成長を描いた、大人目線の物語としてうまく成立させていました。家族という枠組みから大人と子どもが抱えるそれぞれの自由さと不自由さを、のちに紹介する『汝、星のごとく』とは異なるアプローチで掘ろうとします。

 そしてメインとなる二人の関係性もラストにぐっと畳み掛けられ、異性愛規範からの解放を促していきます。大人になってから与えられた「選択権」によって主体的に「選択」していく、その力強いさまも気持ちよく読ませる作品です。

・予想
大人の視点を意識して自由を獲得していく、その結果が気持ちよいかたちで現れている物語のラストには目を見張るものがありました。
一方、二人の女性が出会って距離を縮めていく、似たような流れを数回繰り返す展開になっている点は指摘されそうです。小説中において「二人が会っていなかった時期」の描写が丸々カットされているのも、その印象を強くしています。

小川哲さん『地図と拳』(集英社)

すでに山田風太郎賞を満場一致で受賞してもいる小川さんの最新作。

国を「建築」する着想のもと、個人の生きざまをミクロな視点で掘り下げながら、それら人間を「構成要素のひとつ」として小さく扱う二つの概念、〈地図と拳〉(≒国家と戦争)をマクロな視点で掘り下げていきます。その際に舞台となるのは、細川が中心となって満州につくりあげられていく人工都市、〈李家鎮〉です。そしてこの〈李家鎮〉に関係する魅力的な人物たちがそれぞれ面白いエピソードを引っ提げながら登場し、さながら水滸伝のように集っていくさまは物語のスケールを持て余すことなく膨らませていきます。最終的に個として存在する人間が集うことで家を建て、都市を建て、国を建てていく――この連なりによって個人=都市=国家をイコールで結びつけ、見えてくるのは三者間が連環しているがゆえの共通する脆さです。強大な存在を前にしたときに個人が有する熱量の脆弱さを突きつけながら、それらによって都市や国家が形作られている以上、共通している脆さを抱えているのだと指摘します。

 そして脆さを最も露呈させるのが「拳」、長期化していくうちに目的を徐々に見失い瓦解していく「戦争」という営みです。どうして私たちは戦争を起こしてきてしまったのか、本書では国家が戦争を起こす原因を多角的な視点で徹底的に分析・シミュレートしていきながら、その結果を〈李家鎮〉の存亡に反映させます。ここでいう「シミュレーション」はあくまでも計算による模擬です。それゆえ勝敗がすでに読者もわかっている現実の日本を舞台にするのではなく、架空の都市国家を中心に据えてシミュレートしていくのは理にかなっており、同時に物語の面白さと牽引力をつくりだします。小説を通してひとつの都市をつくりあげるだけでなく、滅びるまでを計算して描き切った、非常にスケールの大きい作品です。

・予想
国が創られてから滅びるまでを描ききったスケールと、いくつもの人物を交差させて重厚さは間違いなく相当なもの。試みも野心的であり手応え的には申し分ないため、まったく評価されないまま終わることはないかと思います。あとは文量に見合うだけの物語になっているか否か、どう判断されるかでしょう。

雫井脩介さん『クロコダイル・ティアーズ』(文藝春秋)

今回が初候補となる雫井さんの新作。

鎌倉で老舗の陶磁器店を営んでいた夫婦のひとり息子が、ある日殺されてしまいます。そして犯人が法廷の場で最後に放った言葉は、真犯人が息子の妻である想代子だと示唆するものでした。これをきっかけに夫婦が確証性バイアスと疑心暗鬼に陥ってしまい、盤石なはずだった家族の像が崩れていくまでの過程が描れていきます。

他人がどれだけ言葉を紡いだとしても、内面が真実か否かは本人しかわかりません。だからこそディスコミュニケーションは発生を免れず、コミュニケーションには常に他人への信頼が要求されます。誰しもが抱えたこともあるであろう心情に対し、本作ではそれが崩れていくさまをじっくり丁寧に描いています。特に殺された息子の母、暁美が冷静さを保とうとしながらも想代子を疑ってしまうのを避けられず、心を壊していってしまう過程には目を見張るものがありました。

また、「想代子は悪女なのか否か」を最後まで揺らがせたまま物語を進行させるため、気づかないうちに読者も疑心暗鬼に巻き込まれていく構造になっている点も物語の牽引力となっています。

・予想
疑心暗鬼に陥る普遍的な感情を丹念に描いていき、それらの描写の解像度はとてもよかったです。
ただ、ミステリーとしての軸が「想代子の人間性」のみで突き進んでいるにしては、オチが平凡。想定できる範囲に収まってしまっているため、疑心暗鬼自体をひっくり返すような意外性のある展開は欲しかったように感じます。ミステリー面の弱さに関しては選考でも言及を免れないように感じます。

千早茜さん『しろがねの葉』(新潮社)

作者初の時代小説。舞台となるのは、安土桃山〜江戸初期の石見銀山です。

 坑道で育ち、行動で働きたいと願う女性・ウメは、その一生のなかで何度も大きな壁に直面します。当時の家父長制に根ざした男女差別はもちろん、坑道で働くためには体力が必要不可欠なため、覆せない身体的な性差によって職業や生き方は「区別」されてしまうのです。どれだけ差別がなくなろうとも男女による身体差は存在して、「区別」による役割分担は発生を免れない――現代にも通じる問題を提示したうえで、それでも従いたくない/従えない人間もいるのだと物語は伝えてきます。そして、坑道で働きたいウメだけではなく、子をつくれない育ての親・喜兵衛の生きざまや、喜兵衛と同じ境遇を持つヨキの問いかけからも「区別」に対する抵抗は徹底されるので、男性と女性、両方からの視点でテーマを語れていました。

 また、静謐な文体から仄暗さを感じさせながら「穴」「夜」のような暗闇につながるモチーフを多用することで、地に足をつけながらもどこか現実離れした予感を抱かせる、独自の世界観を構築できていたのも魅力的でした。一方、少女漫画のテイストを重ねたキャラ造形には千早茜さんの持ち味も活かされており、この作者だからこそ書けた作品でもあると感じさせます。初の時代小説とは思えないほど、完成されていました。

・予想
当時の時代背景に即しながら、現代と重ね合わせつつ女性の一生を描ききれている点は素晴らしいと思います。独自の世界観を打ち出せているのも魅力的。
ラストの落とし所に関しては無理やり物語を閉じにいっていないか、賛否両論ありそうなところです。

凪良ゆうさん『汝、星のごとく』(講談社)

下半期に話題を集めた凪良ゆうさんの最新作。
「月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく」と、インパクトの強い序文から始まる本作では、社会からの抑圧に抗った当事者同士の意思を重んじる「愛」を、正面から堂々と描きます。物語の主役を担うのは、男性に身を委ねて家父長制に縛られてきた母親のもとにうまれ、彼女らを反面教師にしてきた二人、櫂と暁海です。学生時代に瀬戸内の島で出会い、導かれるように付き合い始めた櫂と暁海は明るい未来を抱いていましたが、大人になり都会と田舎に分断され、忌避していたはずの家父長制的な社会構図に巻き取られていってしまいます。台詞をつかったテンポの緩急と、やさしい地の語りで紡がれる切ない空気感の醸成によって、現実に翻弄される二人のままならなさがよく描かれていました。

そして、親から子に引き継がれてしまう負の連鎖から提示されるのは、旧来的な社会で「自分が自分でいること」の難しさです。物語はそこから、自由意志の獲得による解放につながっていきます。また、近年多く見られる「人生の責任を他人に求めない」を説いた作品とは異なり、むしろそれを知ったうえで自覚的に責任を担おうとする世代に焦点があたるため、現代社会を生きる自由さと不自由さをより広く掘ることもできていました。

冒頭で複雑さを匂わせながらも最終的に納得できるような物語をつくり、当事者同士の純度が高い愛を紡ぐ姿勢は著者らしさであふれています。従来のスタイルを崩さないまま『流浪の月』から一段と完成度を高めており、作者の最高傑作といわれてもなんら違和感はありません。

・予想
恋愛小説として軸を一貫させながら、現代的なトピックを詰め込むことで強度のある作品に仕上がっています。
ただ、終盤の展開で感動させる方向に寄り過ぎていたのは、多くの指摘が入るのではないでしょうか。恋愛、社会問題の両側面で、似た読み味の作品が候補作に揃っているのも気になります。


わたしの受賞作予想(敬称略)

ここまで簡単に紹介したところで、私の予想をならべます。

本命 : 小川哲『地図と拳』単独受賞
対抗 : 小川哲『地図と拳』千早茜『しろがねの葉』同時受賞
単穴 : 千早茜『しろがねの葉』単独受賞

今回は注目作が揃い踏みのラインナップでしたが、完成度の高さだと『地図と拳』『しろがねの葉』の二作品が抜けている印象。なかでもスケールの大きな『地図と拳』を本命に。鉄板ですが、それだけの作品だと思います。

なお、個人的に好みだったのは『汝、星のごとく』です。ここを逃しても吉川新人賞は確実に受賞すると思いますし、本屋大賞でも注目されるはずなので、受賞を逃しても2023年多く語られる作品になるのではないでしょうか。

あとは直木賞の受賞作発表を心して待ちましょう。

それでは、ごきげんよう。

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