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自由な私が知りたいこと

あの人はあぁだから、この人はこうだから。
あれはあのはずで、これはこのはず。
わたしってこんな人間。

たった1分前まで自分が考えていたこと。
何十年も自分の考えと思ってきたこと。

それをあっさりと捨てる。

難しいだろうか?

でも、何の条件もいらない。
自分ひとりで、想いひとつだけで、できる。

疑ってみる。
それは、本当に私の考え? 誰かのものじゃない?
私の考えだとしたら、それは要るもの? 私を助けてくれるもの?

ただ観察してみる。興味深く。
目の前にいる人を。いま自分が感じていることを。
判断は置いといて。

他にも方法はあるかな?
ひとりで外国に行って暮らしてみるのは、
きっと強烈だし、早いかも。

でも、疑ってみる、観察してみる、これなら今すぐできる。

私のものでない思い込みや考えを捨てていったら、
出会うひと、出会うことは、いつも新しい。
いつもの人や、いつもの事であっても。
なぜなら、曇りメガネを外した私には、
それらが、たくさん情報を発しているのが見えるようになるから。
それらも、一瞬も止まっていないことがわかるから。
そのとき私がどう感じるかを知りたい。
そういう私の中からどんな表現が出てくるかを知りたい。
私を知りたい。だから、自由になりたい。

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デザインの依頼を受け、クライアントのヒアリングのあと雑談になりました。同席した人が、そのときの私の様子を見ていて「ダウンロードしてる」と言います。言葉に出されたものと、言葉にならないものと。雑談中もできるだけたくさんの情報をキャッチしようと、その人にアンテナを向けていたんです。私というハードディスクをいつもきれいにして、ソフトがサクサク動くようにしておきたいなぁ、と思ったことから書きました。

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