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シャケ寿司とブタの秘密

シャケ寿司 米3〜4合 辛口銀鮭3切れ 甘めのすし酢 白胡麻 甘い錦糸玉子 

小さい時から美味しいものに囲まれて腹を満たされていた。今思えば裕福だったのかもしれない。それ以上に母の料理がグンバツに美味しく上手だったのと、食にハイカラな父、近所には、食べることが好きなばーば、市場で働くじーじ、輸入品を仕入れている親戚のおじちゃん達がいたこともある。

お正月はお節とシャケ寿司が定番だった。年末の29日頃からお節の準備がはじまる台所が好きだった。全て手作りだから、一日中白い湯気と甘辛い香りが立ち込めていた。そんな中、父はひとりで横浜中華街へ正月の酒の肴を調達しにぷらりと出かけるのがお決まりだった。そして必ず私と妹には江戸清の肉まん(この頃こんなでかい肉まんはまだ知られていなかったと思う)を買ってきてくれた。

そして父のお決まりはお店の名前は忘れたけれど(今もあると思う)、牛タンと、豚の耳だった。タンも丸々舌の形のまま、豚の耳も形そのままの燻製になっていて、それを見るのも、母がそれにメスを入れるのも子どもながらに興奮したものだった。今はタンはさる事ながらミミガーなるものも売っているし、認知もされているが、当時、牛の舌、豚の耳を食べものとして捉えている同級生なんて身近ではおらず、しゃべったらとんでもないことになる気がして秘密だった。

秘密が好きだった。

近所のお肉屋さんでごくたまにブルーシートが店脇に張られている時、その向こうが気になって仕方なかった。仕方がなくてこっそり覗いてしまった。ドキドキした。

見たくて見たものは、血の滴る、お腹を切られた丸ごとの豚が3頭、鉄の太い鎖に前脚を巻かれ上から吊り下がっていた。伸び切っていたのですごくでっかく感じた。

怖かった。びっくりした。いつもの肉屋のおっちゃんが鉄のようなトンカチまで持っていて殺人鬼に見えた。見ちゃいかんかったものを見た気がして急いで家に帰った。母に話したら、覗いたことを怒られた。覗いたことよりも、不衛生だと私が怒られた。

だから秘密は楽しい。

子どもだから自分しか知らないと勝手に思い込む秘密。

中華街の肉まんは、中村屋の肉まんよりも遥かに大きくて、牛の舌は柔らかくて少しコリコリしてて、豚の耳はコリコリがクラゲみたいで、だけど美味しいのは血が滴っていることをきっとみんなは知らないだろうなーぁという秘密。

はたまた、細く切られた豚の耳を父のウィスキーの水割りにちょちょっと付けて食べていたこと。栗きんとんの栗は妹にあげて、周りのねっとり部分だけを食べていたこと。小さな秘密がたくさんあった。

そうだ!秘密日記、(悪口日記とも言う)なるものを書いていた覚えがある。昔からポジティブインキャの節があった。


こんな私も結婚しふたりの親となり25年。毎年正月にシャケ寿司を作る。私が楽しかったことは私なりに子どもにも味合わせてきたつもりだけど、生活形態が昔とは違ってきていて同じようには全くできない。けど、私の料理や、一緒に食べたものから記憶の映像や言の葉が蘇ってくれたらいいなと思う。



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