見出し画像

忙しいから本が読めません?

大阪に来て、だいたい2週間くらいが経った。

研究室へのインターンということで、学部生にもかかわらず、院生に混じって研究をさせてもらっている。

だいたい9時半ごろに研究室に着いて、本を読んだりPCをかちゃかちゃしたり、なんやかんや作業に没頭していると研究室を後にするのは18時くらいになる。

やっている作業は自分の研究に必要な作業だし、根本的に興味があるからやっていることなので苦に感じるという事もない。


しかし、家に帰ってくるといつも思う。

疲れた、と。

気づいたら、しばらくぼうっとスマホを眺めているのだ。


実を言うと、大阪に滞在している間は時間もあるだろうという事で、自分の研究に関連しそうな本や、前から読みたいと思っていた本を何冊か持ってきていた。

取りこぼしている数学や物理の勉強道具も持参した。

しかしどうにも手がつかない。

自分の好きなことや、やりたいことに直結するはずのものなのに。


と、思い立った人に読んで欲しい本を今回は紹介する。


三宅香帆さんによる著書「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(集英社新書) である。

最近発売された本なのだが、タイトルは知っていて目をつけていた本だった。

僕は社会人ではないし、働いている訳でもない。
わずかに罪悪感を抱くものの、しかし今の自分にピッタリと言わんばかりのタイトルなので、一念発起して本を開いてみた。


まずはこの本の流れをざっくりと言っておくと。

士農工商の身分制度が無くなった明治時代以降、人々がどのように働いてきたのか、そしてその労働環境の中で働く人たちにとって「本とはどのような立ち位置だったのか」を時代の流れに沿って整理するところから始まる。

この「労働 × 本の歴史」を追いかける内容がめちゃくちゃ面白い。

そしてこれまでの労働史と出版業界の流れを掴んだ上で展開される、「現代の人々の働き方」、それに合わせた「今の本が取っているポジション」についての著者の考えは興味深い。

そしてそこに、人々が本を読めなくなった答えが提示される。


この本の大事なポイントは、忙しくなると自分の余白が無くなるが、ではその余白を潰しているのは誰のせいなのかという点だと思う。

タイトルこそ「忙しいと本が読めなくなる」という主張だけに終わっているように聞こえるが、別にこの本は読書に限った話をしていない。

筆者にとっての余白が読書であっただけで、ある人にとっての余白は映画かもしれないし、音楽かもしれないし、あるいは家族との時間かもしれない。

このタイトルが示しているのは、「働く代わりに仕事以外の余白が埋まってしまう理由はどうして?」という問いなのだ。


皆さんにも実際にこの本を読んで欲しいので詳細は省くものの、筆者は「仕事にどれだけ心血を注いだか=自己実現の程度」という構図が、人々から本を読む時間を奪っていると主張している。

昔の人々は、自分がまだ知らない「社会についての知識」とか、「歴史や政治についての知識」とかいった「教養」を手に入れることで自己実現を目指した。

「勉強したら、もっといい暮らしができるかも!」とか、「知識を身につけたら、今よりもっと優れた人物になれるんじゃ?」というジャイアントキリング的な期待が、人々を読書へと駆り立てた。


そう、昔は読書という余白で、自己実現を図っていた。


でも今はどうだろうか。
みんなある程度同じくらいの教育は受けられる。
ネットを使えば、欲しい情報に最短経路で触れられる。

つまり、今までの自己実現の手段であった「本を読んで知識を手に入れる」ということだけでは、自己実現が叶わなくなってしまった。

すると今度はどうなったか。

仕事で自己実現を果たそうとするようになった。

自分はもっと成長できるはず。
難しい仕事を、今よりずっと速く進められるように。
もっと大きな仕事を任されて、高い給料を手に入れて。

その結果、余白を削って仕事に全身全霊で取り組むことが、いつの間にか肯定されるようになった。

しかし筆者はここで異を唱える。
余白のないがむしゃらが、いつまで続くだろうかと。

人生の中で1つのことに全身を傾ける時期が必要だが、それで余白を切り取って、身を滅ぼしたら元も子もないだろうと。


実際、筆者は本が読めなくなるくらいまで忙しかった社会人生活を、3年半で辞めている。


もちろん、これはあくまで筆者の主張で、皆さんそれぞれ思うところがあるだろう。

僕だって、いろいろ思うところはある。


しかし一方で、今の僕は僕に問う。
研究室から帰ってきてぼうっとする時間を過ごすことが、僕のやりたかったことではないだろうと。

せっかく数冊持ってきた本だ。

せっかくだったら、最後まで読みたいよなぁ。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?