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ディスりは、生き様の否定。〜「ディスタンクシオン(の入門書)」を読んで考えた。

「100分de名著 ブリュデュー『ディスタンクシオン』」を読んで考えたことを、脳内関西人の林(仮名)・富田(仮名)の会話形式でお届けします。


林: この前クリーニング屋に行ったらな、前に並んでたおばちゃんが、店員さんに「ここにおサインしたらいいのかしら?」って言うててん。「おサイン」って。引っ掛かるやろ?

富田: サイン・おサイン・タンジェント、懐かしいな。

林: 「させて頂く」が日本語としておかしい、とかいう議論あるけど、そういうレベルちゃうねん。「させて頂く」は俺的には別に違和感ないねんけど、「おサイン」は引っ掛かるわ。

富田: 上品ぶって失敗してるパターンかな?

林: そのクリーニング屋、ワイシャツ1枚100円ちょいの激安店やで。おまけに、その人が「おサイン」って連呼するもんやから、しまいに店の人まで「おサイン」って言い始めてな。

富田: シュールな展開やな。店員さんも、ちゃんと「お」付けて喋らな「店員の言葉遣いがなってない」とか書き込まれたりする思たんかな。

林: 口コミ怖いもんな。ほんでな、その後にたまたま「ディスタンクシオン」を読んでんけど、「そうか、あのおばちゃんは闘争してたんか」って思ってん。

富田: ディス何て?ほんで闘争?そのおばちゃん、手ぇ出したん?ウィル・スミスばりに?

林: ディスタンクシオン。ブルデューっていうフランスの社会学者の人の書いた本。正確には、ディスタンクシオンを解説した入門テキストやけど。本家の方はめっちゃ難しいらしいから。

富田: フランスの社会学者っていうだけで難しそうやな。

林: あながちその印象は間違ってへん。アメリカの哲学者が、フーコーっていうフランスの哲学者に「何でそんな難しい書き方するん?」って聞いたら、「フランスで認められよう思ったら、10%は理解不能な部分がないとアカンねん」って答えてんて。

富田: その考え方が理解不能やわ。

林: さらに続きがあって、そのアメリカの哲学者がブルデューに「フーコーの奴、こんなん言うとったけどホンマ?」って聞いたら、「いや、理解不能な部分は、20%は必要や」って言うたらしい。

富田: なんの勝負やねん。で、そのディスタンなんちゃらって初めて聞く単語やけど、フランス語?どういう意味なん?

林: そう、フランス語で綴りはdistinction。英語のdistinctionと同じ綴りで、意味も似とる。元々は「区別」とか「特徴」っていう意味で、他人に対して自分を区別して、自己承認を得ようとする概念を意味するらしい。「卓越化」って訳されてることが多いみたいや。

富田: 早くもオチが読めたぞ。その「おサイン」おばちゃんは、卓越化しようとしてたっちゅう話やな。なんでも頭に「お」つけたら上品になる思って。庶民が上流階級ぶりたかったんかな。

林: 入門書ですら難しかったから、そんな簡単に理解されるんも癪に障るけど、まぁまぁ正しいかもしらん。お前、今、「上流階級」って言うたけど、ディスタンクシオンでは階級を金と教養の2軸で考えてる。正確には「経済資本」と「文化資本」って言うてて、そんな単純な話ちゃうみたいやねんけど、俺が咀嚼した範囲ではこういう言い方になる。

富田: 2軸っていうことは、四象限で「金持ちで教養もある」「金はないけど教養はある」「金持ちやけど教養がない」「金もないし教養もない」に分類されるって感じか?だいたい顔が浮かぶけど。

林: 有る無しは程度問題やから、はっきりカテゴライズするというより、グラデーションで捉える感じや。ブリュデューが実際にぎょうさんの人にインタビューして統計的に調べたら、2軸の中で同じような場所にプロットされた人らは、趣味も似てたらしい。

富田: 趣味?ホビー?

林: ホビーもそうやし、テイストもかな。たとえば好きな音楽とか。お前はどんな音楽好きやったっけ?

富田: 結局のところ、90年代J-Popかな。CDが一番売れてた頃の。

林: まさかとは思うけど、クラシックは聴く?

富田: おう、聴くよ。って言いたいけど、正直、全く聞かへん。クラシックって一曲が長すぎへん?サビがどこかよう分からんし。

林: やっぱりな。ほな、本は読む?

富田: めっちゃ読むよ。太宰治とか三島由紀夫とか。って言いたいけど、マンガばっかりやな。でも村上春樹には挑戦したことはある。

林: 挫折したん?

富田: 珍しく図書館に行った時に、「1Q84」の文庫版があってな。俺でも知ってるくらい有名やったから借りてみてん。タダやし。あ、税金は払ってるからタダではないけど。ほんで、前編と後編借りて、全部読んでん。

林: お前にしては頑張ったやん。

富田: 頑張って後編も最後まで読んだのに、話が終わらへんねん。どういうこっちゃと思って調べたら、文庫版はBook1からBook3まであってな、しかも、それぞれが前編と後編に分かれとんねん。計6冊や。俺が読んだのは、Book1の前編とBook2の後編で、Book1後編とBook2前編をすっ飛ばしとってん。全然気づかんかったわ。てっきり、Book1=前編、Book2=後編やと思ってたのに、騙された。

林: 2冊分も読み飛ばしてて気づかへんって、どんだけ浅い読み方しとんねん。実はな、ディスタンクシオンによると、お前がクラシックを聴かへんのも、村上春樹と相性悪いのも、お前の生まれと育ちによるものらしい。

富田: そんな訳あらへんやろ~。俺の中のリトル富田の「好き/嫌い」の声に耳を傾けてるだけや。

林: そう思いたいのはよう分かるけど、ブルデューが調べたら、階級と趣味には、はっきり相関関係があったらしい。上流階級や中流階級は、庶民階級に比べてクラッシックを好むし、クラッシックの中でも、上流階級はバッハよりドビュッシーが好きとか、中流階級はバッハの方が好きとか。要するに、何をええと思うかっていう感情は、これまで育ってきた環境によって形作られてて、それを形作ってるのをハビトゥスって言うねんて。人間はハビトゥスによって趣味を分類するし、裏を返せば、ハビトゥスによって人間も分類される。

富田: ハビトゥスって、美味しそうなお菓子みたいな響きやけど、その考え方は嫌いやな。なんか、生まれと育ちで人生決まってるみたいで。俺の感情は、俺の感情や。

林: その気持ちはよう分かるけど、人間、生まれと育ちから完全に自由にはなられへん、っていうのも分からんでもないやろ?たぶん、俺らが思ってる以上に縛られてんねん。ちょっと話ちゃうけど、コテンラジオっていうPodcastで、何に性的興奮を覚えるかっていうことですら社会規範の中で決まるっていう話があってびっくりしてんけど、それもこの話の延長かも知らん。趣味どころか、生物としての本能やと思ってることも、実はハビトゥスに縛られてんのかもしらんで

富田: それで言うたら、江戸時代まで、日本人は右手と右足を同時に出して歩いてたって聞いて、嘘やんって思ったことあるわ。歩き方なんか本能に決まってるやろって思ってんけど、明治維新で西洋の軍隊の歩き方が入ってきて、日本人の歩き方が変わっとか言うてた。

林: 性欲とか歩き方とかまでハビトゥスに決められてるとしたら、音楽とかの好みくらい縛られてても全然おかしないやろ。ほんで、人間、他人の趣味より自分の趣味の方がええって、無意識に社会の中で闘争してるらしい。

富田: 趣味なんか人それぞれでええやん。他の人の趣味が悪いと思っても、おれは口には出さんで。

林: 口に出すかどうかとは別の話や。他人の趣味が悪いと思うっていう気持ちが発生してる時点で、闘争してるってことやねん。ブルデューに言わせたら、好き嫌いを判断するっていうのは、自分のハビトゥスの優位性を押し付けようとしてるんやって。さっき、「クラシック聴く?」って聞いた時、「聴くってって答えたいけど」って言うたやん?あれ何で?

富田: そら、クラシックを嗜んでるっていう方がなんか知的な感じするやん。

林: それは、お前の中で、クラシックをJ-Popより上位に考えてる訳や。けど、それは、お前がクラシックの価値をわかってそう考えてる訳やない。クラシックが何となく社会で上位に置かれてるから、それに盲目的に従っとんねん。

富田: いやいや、「聴くって言いたい」って言うたんは、言葉のアヤや。ほんまは、クラシックなんか退屈で、インテリぶりたい奴が退屈を我慢してポーズで聴いてるだけやって思ってる。

林: 見事やな。

富田: 何がやねん?

林: 上流階級の趣味に対する庶民の反応が2種類有んねんけど、ひとりで見事に2つとも示してくれた。ひとつは、好きになろうとする。もうひとつは、否定する。好きになる、あるいは、よう分からんくせに好きなふりをするっていうんは、上流階級に近づこうとする闘争の仕方や。片や、否定するんは、階級を無意味にしようという闘争の仕方や。そうやって人間は闘争して、自分のハビトゥス、すなわち生き方を認められようとしてんねん

富田: 無意識をえぐり出された感じやけど、そう言われたらそうなんかもしらん。「おサイン」おばちゃんは、丁寧な言葉を使うことで上流階級ぶろうと闘争して、化けの皮がはがれた、いうことか。

林: 本人は、たぶん化けの皮がはがれたことに気づいてへんけどな。

富田: せやけど、「おサイン」おばちゃんも、おばちゃんなりのハビトゥスによってサインには「お」をつけるのが上品やと思ってるってことは、それを笑うのは、おばちゃんの生き様を笑ってることやぞ。

林: ほんまや、反省。相手のハビトゥスを理解しようとするのが、コミュニケーションの第一歩やな。

富田: コミュニケーションどころか、世界平和の第一歩や

〈おしまい〉


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