冬鬼の引っ越し【短編小説】
巣の中では、二匹が食事の最中だった。両手で餌を抱えて、一心に食べている。
こちらの気配に気づかれないように、そっと覗き込む。一匹は小さく、もう一匹はやや大きい。懸命に口を動かす様子が、たまらなく可愛かった。
「やったあ、俺の勝ち!」
小さな一匹が食事を終えて、飛び跳ねた。やや大きな一匹は、小さな一匹を横目で睨みながら、餌の最後のひと欠片を口に押し込んだ。
「姉ちゃんの負け! 雪見だいふくは、全部俺のな!」
「あたし、あんたと勝負してなかったんだけど? 何も言わずに、勝手に早食いして、雪見だいふく独り占めって、おかしくない?」
「えー、早食いに勝てたら、雪見だいふく全部食っていいって言ったじゃんか」
「恵方巻きでとは言ってない」
「えー」
二匹の様子が可愛らしく、気がついたら、私は、くすくす笑っていたらしい。急に、二匹は体を震わせた。
「あれ? なんか、急に寒くなったね」
「うん、風が強くなった」
私は慌てて、息を殺した。だが、遅かった。
「アイスって感じじゃないし、先に、こっちかな」
やや大きな一匹が、私の方にまっすぐ向かってきた。小さな一匹も続いた。私は慌てて巣を覗き込むのを止めた。
「鬼は外」
咄嗟に避けたつもりだったが、避けきれなかった。やや大きな一匹の投げた種は、私の背中に食い込んだ。
熱い痛みが走り、私は膝をついた。だが、すぐに立ち上がり、走り出した。早くこの場を離れなくては。
「福は内」
二匹の声が、遠く聞こえた。
「ずいぶん遅かったね。明日は引っ越しなのに」
家に帰り着いた私を、母は心配そうに眺めた。
「……ヒトの巣を覗いていたら、背中に種が刺さったの」
私は泣きそうになりながら答えた。
「そりゃあ、そうでしょう。今日はそういう日なんだから。だから早く帰って来なさいって言ったのに」
母は呆れたように言った。
「だって、ヒトって、可愛いんだもん。なのに、会えるのは今日が最後なんだもん。ヒトが居ないところに引っ越すの、さみしいよ」
「泣くんじゃないの。季節が来れば、またここに戻れるし、会えるんだから。さあ、後ろを向いて。種を取ってあげるから」
私はべそをかきながら、大人しく、母に背中を向けた。
「ヒトが投げた種は、縁起物よ。刺さると痛むけど、必ず福を呼んでくれる」
母は、私の背中から、種を、ひとつずつ、丁寧に取り除いた。痛みがすうっと消えていった。
「あら珍しい、芽が出てる。あなた、本当に、ヒトの事が大好きなのね」
母は微笑んで、背中から取り除いた種を、私の手のひらに乗せてくれた。種から出ているひょろりとした芽は、尻尾のように見えた。
「この種は、火で炙られているから、よっぽど条件が揃わないと芽を出さないのよ。鉢植えして、持って行こうか」
「お母さん、この種、何て名前?」
「ヒトは、これをダイズって呼んでるわね」
「ダイズ?」
「『必ず来る幸せ』って意味みたい」
母は私の頭を撫ぜると、荷造りの続きに戻っていった。
お目に掛かれて嬉しいです。またご縁がありますように。