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【論文紹介】骨盤内臓を支える骨盤底筋、を支えるのは股関節の筋だった!?

股関節の筋と骨盤底筋の解剖学的関係にについて報告した研究論文をご紹介したいと思います。
題しまして、『骨盤内臓を支える骨盤底筋、を支えるのは股関節の筋だった!?』

こちらの研究、どんな研究なのかといいますと、股関節の筋である内閉鎖筋と、骨盤底の筋である肛門挙筋の構造的関係を調べた研究です。
この二つの筋が、広い範囲で筋膜を共有しながら面状に接し、その筋膜が肛門挙筋の幅広い起始部となっていることがわかったんです。
この研究により、内閉鎖筋の動きが、肛門挙筋の機能発揮のための基盤を作り、骨盤底支持に寄与していることが示唆されました。

まず、今回登場する内閉鎖筋と肛門挙筋の基本的な解剖を確認してみたいと思います。
こちら、右側の内閉鎖筋と肛門挙筋を表示してあります。

後ろから見てみますと、内閉鎖筋はこれです。
このように、骨盤側と大腿骨側を結んでいて、股関節の外旋運動を担います。

特徴的なのは、内閉鎖筋の大部分が骨盤の内側に位置しているということ。
このように、内閉鎖筋は骨盤、寛骨の内側から起始していて、骨盤壁の一部を構成しています。

さらにその内側にあるのが肛門挙筋です。
肛門挙筋は骨盤底筋の代表格。
骨盤の底を閉じていて、直腸、子宮、膣、膀胱などの骨盤内臓器を支えています。

このように、内閉鎖筋は股関節の筋、肛門挙筋は骨盤底の筋なのですが、両者は構造的に近い関係にあります。

この部分で接していますね。
教科書的には、ここの部分、恥骨から坐骨棘にかけての曲線状、弓状の部分を、『肛門挙筋腱弓』といいます。
肛門挙筋の腱の弓と書いて、肛門挙筋腱弓です。
肛門挙筋腱弓は内閉鎖筋の筋膜の肥厚部であり、ここから肛門挙筋の後方の筋束が起始している。
つまり、この肛門挙筋腱弓という曲線状の部分で、内閉鎖筋と肛門挙筋が接している、というのが教科書的な認識です。
しかし、調べてみると、そうではなかった。
内閉鎖筋と肛門挙筋には、もっと深い関係、いや、もっと「広い関係」があったんです。

こちらの図は、ヒトの右骨盤を内側から見た図です。
内閉鎖筋と肛門挙筋を示しています。
両者はどのように接しているのか。
従来は、このような部分に『肛門挙筋腱弓』とよばれる「線状」の接触部が想定されていました。
しかし、本研究により、内閉鎖筋と肛門挙筋はもっと幅広く、「面状」に接することがわかったんです。
では、その面状の接触部は、どのような組織構造になっているのか。

内閉鎖筋と肛門挙筋が接する部分の断面図をお示しします。
両者の面状の接触部には、筋膜の共有と、肛門挙筋の筋線維の起始が見られます。
まず、内閉鎖筋の内側面は密性結合組織からなる筋膜に覆われています。
この筋膜を『閉鎖筋膜』といいます。
この閉鎖筋膜は、肛門挙筋の外側面をも覆っています。
つまり、閉鎖筋膜は、内閉鎖筋の内側面を覆う筋膜でもあり、肛門挙筋の外側面を覆う筋膜でもある。
赤い矢印で示した幅広い範囲で、内閉鎖筋と肛門挙筋を隔てるのはこの閉鎖筋膜だけなんですね。
同じ領域にある隣り合う筋が、1枚の筋膜のみを隔てて接するということは身体の他の部位でもよくみられます。
例えば腹壁の筋(外腹斜筋と内腹斜筋など)や、下肢の筋(半腱様筋と半膜様筋など)。
しかしこれらは、同じ領域にあり、似たような運動機能に関わる筋が隣り合って接しているわけです。
それに対し、ここでは股関節の筋である内閉鎖筋と、骨盤底の筋である肛門挙筋という、はたらく場所が大きく異なる2つの筋が、1枚の筋膜のみを隔てて幅広く接しているわけです。
それだけではありません。
この閉鎖筋膜は、肛門挙筋の筋線維の起始部になっています。
筋というのは多くの場合、その筋線維の先端が腱に移行し、骨に付着しています。
骨から起始したり、骨に停止したりしているのが普通。
しかし肛門挙筋はちょっと様相が異なります。
肛門挙筋の内側表層にある筋線維は、このように骨から、恥骨から起始しています。
しかしより深いところにあるこれら多数の筋線維は、筋膜から起始しているんです。
しかも一個や二個ではない。
多層構造をなしている肛門挙筋の筋線維が上から下まで複数個所で幅広く、閉鎖筋膜から起始していることが組織学的に観察されています。
このように、内閉鎖筋と肛門挙筋は、筋膜の共有と筋線維の起始で「面状に」接することが明らかになりました。

ではそこから何が言えるのか。
直立二足歩行の我々ヒトの身体において、骨盤内臓の重みを支えているのは、骨盤底筋である肛門挙筋です。
そして、本研究で明らかになった解剖学的特徴に基づけば、この肛門挙筋を支えている、その足場をつくっているのは、内閉鎖筋であると考えられます。
このように、骨盤底筋である肛門挙筋と、股関節の筋である内閉鎖筋が、幅広い接触面で解剖学的に、構造的に関連しているということがわかったのが今回の研究です。
構造的に、形として密接なのはわかった。
でも機能的な関係は実際のところどうなのか。

実は、内閉鎖筋が担うような股関節の運動と、肛門挙筋が担うような排尿・排便機能に、機能的に関連があることを示す報告がいくつかあります。
例えば、整形外科で人工股関節置換術を行って股関節機能が改善したら、尿失禁も改善した、ということが複数報告されています。
また、内閉鎖筋のリハビリテーションを行うと、骨盤底筋の収縮力が改善するという報告もあります。
このように、股関節運動と骨盤底機能の機能的関係を示唆する報告はすでにいくつかあったわけですが、そのような機能的な関係がどのような構造に起因するのか、不明でした。
今回の研究は、これらに解剖学的根拠を与えた形になります。
内閉鎖筋と肛門挙筋の幅広い面状の接触という構造的な関係があったのです。
股関節の筋のバランスのとれた適切な動きが、排便・排尿機能の改善に有効であることの解剖学的根拠を提供しました。

さて、本研究が 明らかにした内閉鎖筋と肛門挙筋の面状の接触部では、筋膜が介在していました。
近年、身体の全身運動、または局所的な運動機能において、筋膜の重要性が注目されています。
筋をつつみこむ筋膜という構造は、筋が適切に収縮するために、そして筋と筋の連関を生み出すために重要であり、逆に、筋膜に慢性的な炎症や、拘縮をきたせば、痛みや機能障害の原因になってしまうと考えられています。
本研究で示した、閉鎖筋膜を介した内閉鎖筋と肛門挙筋の構造的関係も、筋の機能に筋膜が重要であることの一例といえるかもしれません。
また、便秘ぎみの時は、「トイレに足台を設置して、こういう姿勢で排便をするとお通じが出やすくなりますよ」、というのを聞いたことがあるでしょうか。
この姿勢をsquatting positionといい、便が出やすくなる、排便がスムーズになることが知られています。
ようは、人間の身体としては、和式トイレの時のようなしゃがんだ姿勢の方が、排便がしやすいので、その姿勢を洋式トイレで再現したような感じになっています。
この姿勢がなぜ排便によいかというと、これまでは、このような姿勢を取ることによって、恥骨直腸筋という肛門挙筋の一部が弛緩する、ゆるむので、直腸の通り道が開いて、便が通りやすくなるのだろうと説明されてきました。
しかし、今回の内閉鎖筋の研究を踏まえると、股関節運動も関係してそうな気がしませんか。
なにせ、このsquatting position、通常の洋式トイレの排便姿勢と比べて、股関節の肢位が大きく変わっていますよね。
便秘改善の排便姿勢にも、内閉鎖筋と肛門挙筋の幅広い面状の接触が、もしかしたら関係しているかもしれません。

まとめです。
今回ご紹介したのは、股関節の筋である内閉鎖筋と、骨盤底の筋である肛門挙筋の構造的関係を調べた研究でした。
内閉鎖筋と肛門挙筋は広い範囲で筋膜を共有しながら面状に接し、その筋膜は肛門挙筋の幅広い起始部となっている、ということが明らかになりました。
この研究により、内閉鎖筋の動きが、肛門挙筋の機能発揮のための基盤を作り、骨盤底支持に寄与していることが示唆されました。
論文はオープンアクセスとなっており、どなたでも無料でダウンロード可能です。
概要欄にリンクを張っておきますので、皆様ぜひダウンロードしてみてください。

また、この研究では、筋標本の3Dオブジェクト化を行っております。
骨盤の外と中を結ぶように配置されている内閉鎖筋、
立体的な構造が捉えがたい肛門挙筋、
これらの筋を三次元的に可視化しました。
こちらの3Dデータは、論文のappendix、補助的な資料として、論文のウェブページからダウンロード可能です。
こちらもぜひダウンロードしてみてください。

ということで、論文紹介として、幅広く面状に接する内閉鎖筋と肛門挙筋の構造的関係をご紹介しました。

動画はこちら👇

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