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noteとその他のSNSの違いを考える

noteを開くと、3か月記念バッジが届いていた。
とはいえ、超マイペースに更新を続けてきたのに加えて、よくよく観察してみると丸1か月更新していない期間なんかもあるので、実際に更新しているのは約2か月程度といったところか。

ゆるりとした頻度で使用する中でも、noteには貴重な体験をたくさんさせていただいた。

初めの一歩を踏み出した日には、自分の文章をついに公にするのだという覚悟と、若干の緊張感を抱かせてくれた。

ほどなくしてそんな緊張は杞憂に終わり、文章を通して見ず知らずの人たちとの間に生まれる交流の温かさを実感させてくれた。

そうした体験を通じて、「安全圏外でとるコミュニケーション」と言うわりと背筋ゾクゾクな世界に対する自分のハードルを、限りなく下げてくれた。

そんなわけで、私が個人的な理由から「半・SNS断ち」なるものを実行し、携帯からすべてのSNSアプリを削除したあとでも、noteはひっそりと私の携帯に居座った(ちなみに「半」SNS断ちという名前はそれらのSNSを全く使用しないわけではないことに由来するが、これについてはまた別の機会で触れるとする)。

そう。noteはわたしにとって、ほかのSNSとはどこかで一線を画す存在でもあるのだ。
でもその正体って、いったい何だろう?


そこで今日は、3か月記念日というキリの良いタイミングを利用して、私がnoteを使って感じた「ほかのSNSとの違い」の正体をあえて探ってみようと思う。

本題に入る前に、念のため一般にSNSと呼ばれているものについて改めてその意味を調べてみたので以下に載せる。

“SNSとは Social Networking Serviceの略。インターネットを介し、共通の趣味や仕事などを持つユーザー同士が集まり、意見の交換や知り合いの紹介などをすることで、新たな人脈作りやコミュニティを形成するサービスの総称である”               出典:SNS | IT用語辞典 | 大塚商会


1. バクバク<ワクワクの世界


単純に、noteを開くときにはほかのSNSアプリを開くときのような心臓バクバクの瞬間が訪れないということ。もちろんSNSを見る度に毎回100%の確率でバクついているわけではないのだけど、8割方で呼吸が浅くなっている感は否めない(自律神経弱め)。
もしかしたら自分は、そこに入った途端に「ここもどうぞ、こちらもご覧くださいませ、今でしたらこの商品もおススメです!」と一度にいろんな情報にさらされる空間の作りが苦手なのかもしれない。何よりあの四方八方に気を張りめぐらしているような感覚に辟易してしまうし、一通り見終わるころにはなんだか心がずっしりと重くなってしまう。人生のハイライトがこれでもか、という勢いで視覚情報として飛び込んできたかと思えば、次の瞬間には心が蝕まれるような記事や言葉の数々にさらされることもある。そう思うとあの謎の心臓バクバクは、そんな情緒不安定な世界に飛び込む際の一種の防衛本能だったのかもしれない。

その点noteはこれ以上ないほどシンプルミニマルなつくりで、視覚情報がうるさくない。DMは潔くナシ、というところも気に入っている。おかげで気が散ることなく、純粋にワクワクするコンテンツの内容にのみ没頭できる。


2. 嫌な波動を感じない


これはSNSを使うユーザーの質に起因する部分も多いのかも知れないけれど、noteで人を貶めようとしたり、読んでいる人が嫌な気持になるような言葉を使う人を私は見たことがない。他のSNSと比較するとコメント欄の活用度もさほど高くない印象を受ける(と言いつつ私は密かにコメントするのが好きだったりもする)。そういった意味ではユーザー同士の距離が近すぎず遠すぎず、なんともほどよい塩梅な感じがする。
そしてここでは、それぞれのクリエイターが人との比較とかそういう世界からはちょっと離れたところから、のびのびと発信を続けているような印象を受ける。
みんなが違う目的やゴールを持ってnoteというコミュニティを活用していて、淡々とそれに沿って発信しているイメージ。それをジャッジする人は誰もいない。そんな環境だからこそ、超がつくほどマイペース更新で内容に一貫性のない自分でも、それを特に気に病むことなく今まで続けて来れた。


一方でnote側からは常々励ましの言葉やバッジが届くし、「○○さんがスキしました」のほかに「マガジンに追加されました」なんて機能もあったりと、書き手のモチベーションを保つ工夫がそこかしこに施されている。
SNSで嫌な気持ちになる原因ランキングを作ったら他人との比較やネガティブ発言が上位に来そうなものだけれど、誰と比較するでもない「自分の行動」だけをベースに絶対評価で褒められて、励まされる。嫌な気持ちになるはずがないのだ。


3. プラスの学びや感情を生む場所


クリエイターのページにお邪魔させていただくと、「はて。今わたしが読んだのは、本なのか?」と思うほどの学びや洞察を得て帰ってくることもしばしばだ。
本ほど長さがない分、むしろ要点を少ない文章量でびしっとまとめるだけの時間と技量がいりそうなものだが、学びの多い記事を発信するクリエイターに限って忙しい日々の合間を縫って毎日更新していたりする。
noteを始めてもう一つ気付いたのは、学びや気付き、自分の思いの丈なんかを日常的に文章に書きとめている人が、実は世の中にこんなにいるんだ!ということ。Youtubeのような映像の世界が台頭して、いわゆるBlogのような文章の世界はどんどん隅に追いやられてしまうのかな…なんて勘違いもはなはだしかった。noteクリエイターズの文才たるや、「わたしはいま、未来の日本を代表する文豪の記事を読んでいるに違いない…」という一種のトキメキさえ与えてくれる。

文章や写真のみという一つのジャンルにとらわれず、様々な分野での感動や感情を雑多にシェアできるSNSという意味でも、noteは革新的だ。素敵だな、と思った人の記事や作品を自分の記事で紹介したり、テキストの見出し画像に使用できたりするのもまた楽しい。こんなふうに「スキ」の好循環が生まれやすい環境があるからこそ、いつ訪れてもポジティブなエネルギーで満ち溢れているのかも知れない。

noteを始めてわりとすぐに「温かい場所だな」という印象を受けたが、3か月たった今でもその感覚は間違っていなかったと感じる。
こうして改めて振り返ってみると、ほかのSNSを一掃した後でも私がnoteを手元に置いておきたかった理由が何となくわかった気がする。

今後もマイペース更新は変わらずだが、温かい波動マシマシのnoteにはお世話になり続けたいと思う。

Peace.

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