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【短編小説】夕焼け顔の君

鼻がつんとする秋の冷気の中、犬の散歩を横目に川辺の帰路を歩く。先に教室を後にした君がもしかしたら前を歩いていやしないだろうかという淡い期待が、ほんの少し僕を足早にさせる。淀んだ川だが、その水面に映る金色の雲の煌めきが駆け抜ける様は、淀みすら風景にしてしまうのだった。もっと早く家に着く道もあるけど、質素な住宅街よりも僕はこの道が好きだし、君もきっと友人と歩くこの道が好きなんだろう。

まっすぐな道の先、遠くで君の笑う声が聞こえる。水色の大きなマフラーにすっぽり埋まった小さな頭。白く伸びた細い足。仏頂面で歩く僕だが、心臓は今にも踊り出しそうだった。残念ながら君の名前を呼ぶ勇気もなければ、そんなキャラクターも持ち合わせていない僕は、若干の距離を保ちながら君をただ一心に見つめる。夕焼けに染まる君の金ぴかほっぺたは、寒さで赤くなっていた。あの頬に一瞬でも触れることができたのなら、僕はもう死んだってかまわないとすら思う。

何を思ったのか突然、君が後ろを振り返った。僕が驚きのあまり固まっていると、君はくしゃっと笑って、僕の名前を呼びながら、大きく、それは大きく、手を振るのだった。君のそういうところが、僕は嫌いなんだ。ほんの少しだけ泣きそうになりながら、小さく、僕らしく、手を振り返す。これだから僕は、君に近づくこともできないくせに、君に焦がれるのをやめることができない。いつか、くだらない男に奪い去られて、君のその屈託のない笑顔が、女性の色めきを放ってそいつに向けられる日が、来るんだろうか。その時僕は、きちんと君を諦めることができるだろうか。君を、その男を、許せるんだろうか。そんな幼稚な空想が、打ち寄せては引いていき、その波打ち際で光る貝殻は往生際の悪い僕のわずかな想望のようだった。


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