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短編小説「ふたりだけの朝。」

夜明け前のまだ薄暗い部屋のベッドの中。
起きようと意識的に、ではなくまだ何となくぼんやりとしている中で瞼だけがゆっくりと開こうとするが、完全には開けずにいる。
脳内はまだ眠りについているようで、現状の把握がまるで追いついていない。自分の部屋であるという認識が薄れているのは、昨夜のアルコールの影響。多量に摂取せずとも、アルコールは記憶をごちゃまぜにし、翌朝身体と脳の動きを弱める最強のアイテム。
ようやく半分まで開いた瞼から、見覚えのあるカーテンが目に入り、ここにきて初めて自分のベッドで寝ていることを理解する。身体は右側を向いて寝ているようだ。

視線だけを室内に彷徨わせ、今の時刻を知ろうするが視線で追える範囲には時計が存在せず、ならばと次にはスマホを探そうと左手を頭上、枕元を手探りしていると、背後から抱きすくめられる。
背中に感じる温もりと抱き締められている両腕の力強さに、私は一人ではなく、あなたと一緒に寝ていたことを思い出す。

いつものこの瞬間がたまらなく愛おしい。

私が朝に身動きをし始め、起きるための準備段階に入ると同時にあなたは私を抱き寄せてくれる。基本的にはいつも後ろから。なぜなら、私が右向きの姿勢で寝ることを好むから。
私を抱き寄せたあなたは、必ず指を絡めた手のつなぎ方をする。
今日は伸ばしていた私の左手に届くようにあなたは右手を伸ばし恋人繋ぎ。
持て余していた私の右手は、抱き寄せているあなたの左手に巡り合う。
あなたの右上腕に頭を乗せたまま、そのまま右腕の先、私の左手と絡めている指先を眺める。
どちらかが指先を動かしたり、握る力を強めたりするとそれに応答するように相手も同じようにする。
まだ覚醒していないあなた。時々抱き寄せている左腕に力を込め、今でも十分に密着している身体を更に抱き寄せながら私の襟足に顔を埋めている。

まだどちらも言葉を発していない。
むしろ、なくていい。
絡まる指先と伝わる体温から、愛し合っていた昨夜を思い出し、喉の奥の方から、きゅうっと甘苦しい締付けが始まり、そのまま余韻に浸るようになる。愛し、愛された時間をゆっくり思い返す。そっと撫でるように優しく記憶をなぞっていく。

朝、あなたの腕の中で記憶を辿ると、昨夜のごとく愛された感覚をもう一度体験することができる。
だから、私はこの瞬間が好き。

何もいわなくても当たり前のように抱き締め、身体を触れ合わせる朝。
決して求めたわけではないのに、望みをかなえてくれるあなた。
今、この瞬間は、ふたりだけのもの。
ふたりだけの、ふたりでしか味わえない幸福感。
そういう特別感が、ふたりの密度と濃度をより高く濃くさせる。
ふたりの夜があるから、ふたりだけの朝がある。
私はもっと、この朝を味わいたいのだ。何度でも。

余韻に浸り、私の動きが多くなったことを感じたあなたは両腕を使い、私の身体ごとぐるりと反転させ、体勢を変えて今度は正面から抱き込む。
顔を上げると、唇があなたの顎に触れる。
気付いたあなたが、今度は下を向き1度優しく唇を重ね、腕の中に収まっている私を更に強く抱き締め、満足そうな表情でいる。
まだ起きるには早い明け方。
もう少し、このままふたりだけの朝を過ごせそう。

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