短編小説「また私のせい。」

「だって君が…」

またか。
自分に都合が悪いことが起こると、決まっていつもこの言葉が出てくる。
口調も声の大きさも、いつも同じ。
まるで舞台上での台詞みたい。

恋人の関係だった時は、こんな言葉は一度も言われたことがなかった。
「そんな時もあるよね」
「気づけなかった僕も悪いから」
「気にしないでいいよ」
悪いことがあっても、私一人のせいにすることなく、お互いもしくは自分の落ち度もきちんと認められる、そういう人だと思っていた。

関係が長くなることと比例して馴れ合いも強くなる。
それはどうにも避けられない事実。
"親しき仲にも礼儀あり"
これを成り立たせるためには、両者がこの思いを持っている必要がある、ということを今更になって痛感させられている。
少なくとも、私はこの思いを持ち続けているし、恋人から夫婦になったとしても、それは変わるべきではないと思っていた。

だけど、あなたは違っていた。

たしかに、ふたりで過ごす時間、年月が長くなることで打ち解ける、分かり合えることが多くなる。
考え方や行動が何となくでも先読みできるようにもなる。
ただ、それを何でも分かり合える関係と間違った解釈をし、何を言っても、どんな振る舞いをしても受け入れてもらえる、と勘違いした甘えに置き換えられてしまうことがある。
共に過ごしてきた時間には釣り合わないような、いつまでも他人行儀な気を使い過ぎる関係もおかしいが、夫婦になったからといって急に何もかもを明け透けに曝け出してもいいことにはならない。

夫婦になったから、なんだというのだ。
私からすれば、恋人だったふたりが、婚姻届を提出し、名字が代わり、周囲からの呼び方が夫婦に変わるだけの話としか思えない。
そもそも、現在は事実婚もあり、同性婚だってある。名字も変えないこともある。
夫婦になることで、途端に馴れ合いの関係が許され、間違った甘えが生じてしまうくらいなら、夫婦になるという選択肢は選ばなかっただろう。

「夫婦は家族なんだからさ。お互い何でも話すのが当たり前だし、協力し合うのが普通でしょ」

何でも話すということは、あたかも相手が悪いように言い捨てたり、相手を傷つける言葉を何でも言うことではない。
協力し合うということは、相手に任せっきりで自分に悪影響が出そうな時だけ手を貸すことでもない。

根本的に考え違いをしているらしい。
あなたが言う家族論に共感するのは、あなた自身のみ。

夫婦は家族。言わんとすることは分かる。
だけど、それ以前に他人同士であることを忘れてはいけない。
夫婦になったからと言って、他人であることは永遠に変わらない。
他人、つまりそれぞれ別の生き物なのである。
見た目のみならず、中身も思考回路も全く違う生物。
違う生き物同士だからこそ、考え方や性格、特徴に違いがあるからこそ、そこを理解し合うために五感や能力を駆使して相手を知ろうとする。
相手を知ろうとすること、理解しようとすることに終わりはない。
終わりがないからこそ、常に相手を分かろうとする意識が必要になる。
その意識が通じ合うことで、すなわち信頼関係という目には見えない形のない、だけど確かな繋がりが生まれてくるのだと思う。

大事なのは、お互いがお互いを知ろうとしている意識が分かること。
一人では信頼関係は生まれてこない。

相手のすべてを理解することは不可能に近い。
どれだけ時間や年月を重ねようとも。
だから、相手が自分のことを理解してくれている、というのは幻想に過ぎない。思い過ごしであり、勘違いといえる。
なぜ人間は、そんな勘違いを起こしてしまうのか。自分という人間を表出するばかりに一生懸命で、相手からの表出は受け取らず、挙げ句の果てには相手が自分を受け入れたと勝手な解釈をしてしまう都合の良い人間。
分かり合えない他人同士だから、言葉を交わし、時間や場所を共有し、知り合っていく。一方的に、ではなく相互に。
それができない以上、その思いが感じられない以上、信頼関係を築く以前に共に歩んでいくことは難しくなるばかりである。
夫婦になったからといって、家族になったからといって、突然相手のことがすべて分かるようになるわけでもないし、分からないのが当たり前なのである。

最初の頃は、私も歩み寄ろうという思いから、あなたにも気付いて欲しくて訴えたことがあった。
だけど、返ってくる言葉は、
「だって、君が僕の話をちゃんと聞いてくれないから、こういうことになるんだろ?」
「君が考えていることなんて、大体想像がつくんだよね」

聞いてくれないのは、あなた。
私の言葉をきちんと受け止めてくれないもの、あなた。

私が考えていることが、想像できる?

その言葉が出てきている時点で、あなたは何も分かっていない。

最後まで、わたしのせいでかまわない。
だから、もう終わりにしましょう。

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