ショートショート:選挙

ある国で指導者を決める選挙が行われることとなった。

その国は独裁国家であり、先代の指導者は素晴らしい為政者だったが、その息子が後を継いでから政治行政の腐敗が始まった。かつては新興国として名も挙がることがあったが、現在では最貧国のひとつと数えられている。

選挙も投票は義務となっているが、国民は政治に期待をしておらずほとんどが空欄での投票となっており、息のかかった一部の人間が独裁者に投票する程度だ。

そこに一人の男が立ち上がった。彼は先代指導者の側近の息子だった。先代指導者の政治力に憧れ、為政者となるべく先進国へ留学して政治経済を学び、数年ぶりに帰国したところだ。彼は現状の政権を打倒すべく、首長選に出馬することにした。彼には夢があった。愛すべきこの国を立て直し、先代指導者のように自身の名前を為政者として世界に轟かせることだ。

しかし、出馬にあたって彼にはある重大な問題があった。この国は教育にリソースが割けず、識字率が非常に低いことだ。簡単な文字なら書けるが、彼の名前はかつての貴族にあるような長く複雑な名前だったのだ。

この国では一生に一度、名前を変えることができる制度があった。それを利用し、彼は誰もでも書けるであろう名前へと改名することにした。非常に大胆な改名であったが、機能不全の行政はまともに書類に目を通すこともなく、流れ作業で承認された。そして彼は新しい名前で選挙戦に臨むことになった。

選挙戦が始まり、街頭での演説を行うも、政治に何も期待していない国民は彼の話を聞くことはない。新しい名前も全く浸透していないと言っていい状況だ。

そして選挙は終わり、開票が行われた。

結果は凡その予想を裏切り、名を変えた彼が全国民の実に7割以上もの票を得て当選したのだった。

新たな首長となった彼のもとに海外のジャーナリストが取材に訪れた。

『当選おめでとうございます。この国にとって新しい一歩となりそうですね。今後の政治目標などをお伺いできればと思います。えーっと、お名前は何とお読みすれば?』

『名前は  です。つまり名前が無いんですよ。空欄に読み方なんてありません。まずはこんな改名が通るような行政から改善していきたいですね。』

そして彼は国を立て直し、祖国の英雄となった。

彼の政治手腕は世界中に知れ渡ったが、『名前』が轟くことはなかった。

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