見出し画像

【読書】『あなたのご希望の条件は』瀧羽麻子

2023-11-09

瀧羽麻子さんの『あなたのご希望の条件は』を読みました。

転職エージェントのキャリアアドバイザーとして仕事にまい進する香澄が、相談者の境遇や思いに自身を重ねながら毎日を過ごす話です。

物語が進むにつれ、かつての夫・裕一との離婚の原因が明らかになったり、仕事への自信を失ってウジウジしたりと、大変に人間くさくて好きな小説です。


転職をサポートする香澄の仕事については、作中では散々な言われようです。

「傍観者」「無責任」

人材を右から左へ流すだけでお金を得ているこの仕事を、まるで「人身売買だ」と揶揄する得意先も…。

そうした言葉の数々に打ちのめされかけた香澄を、上司の石川はこう言って労います。

「傍観っていうのは、ちょっと語弊があるな。われわれは、なにも指をくわえて見てるだけじゃない。見守っているんです。客観的な立場だからこそ、冷静に状況を判断できるし、必要なら手助けもする。…」

『あなたのご希望の条件は』瀧羽麻子. 2020. 祥伝社. p126

自分自身じゃないからこそ、冷静に(ときには冷淡に)判断できることって、多々ありますよね。
結局私たちというのは「自分可愛し」なのかもしれません。

他人を相手にすれば、「思い切って飛び込んでみろ」「そんなにいいチャンス、絶対に逃すな」と簡単に背中を押すことができるのに、いざ自分のことになると、「失敗が怖い」「今のままでもそれなりに安定しているし」と平穏へと逃げ込んでしまう。

物語の終盤でも、香澄自身はそのような境遇に身を置くことになります。
アドバイザーとして多くの人の決断を後押ししてきた香澄でさえ、自分自身の道を切り開いていくのには、膨大なエネルギーが、そして、迷いが、必要になるのでした。


香澄の悩む姿を見ていると、普段身の回りにいる「自分に対して何かとアドバイスをしてくる人」だとか、「わかったふうな口調で指示してくる上司」なんかが頭に浮かんできます。

当たり前のように「こうしろ」「こうしたほうがいいに決まってる」なんて言う彼らですら、きっと自分自身の人生を決めるにあたっては、さんざ悩んで迷ってもだえているに違いない。

何かを決めるエラい立場の人だって、そうやって生みの苦しみで決断をくだすのだし、もちろん間違いをおかすことだってあるに決まっているでしょう。

自分のことは未だによく分からないままだし、何かを決めるのにうんと時間をかけて迷ってしまっても、目の前にいる誰かを正面から見られるのは、他でもない自分だということ。
そう考えると、ちょっと気持ちが楽になりませんか?

「誰かの役に立ちたい」
そう考えるまでもなく、私たちひとりひとりは、知らず知らず誰かのかけがえのないない灯台になっているのかもしれません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?