映画『夜明けのすべて』で、信じる心を取り戻す
『夜明けのすべて』を観てきました。
夜の上映で、観客は5人。終始静かに穏やかに。
※以下、ネタバレを含みます
瀬尾まいこさんの作品って、徹頭徹尾、“わるいひとがでてこない”ところにその魅力があると思っています。
この『夜明けのすべて』に関しても、原作も、そして映画も、そこは変わらなかったです。
きっと作品に関わる人たちみんなが、その魅力を大切に大切に抱きしめ続けてくれたからなのでしょう。ありがとうございますありがとうございます。
登場人物を見回してみても、お互いを気にかけ合う主人公2人はもちろん、栗田科学の社長はじめ社員のみんなも、藤沢さんを担当する転職エージェントの女性も、みんなが優しい。
誰かが大切にしているものを、同じく大切に見守ってくれる。なんて素敵な世界なんでしょう。
そんな優しさがちりばめられている『夜明けのすべて』。
わたしがキャッチコピーをつけるなら、こうしたい。
「もう一度、人を信じようと思わせてくれる映画」
世界のどこかに、自分を大切に思ってくれる人が必ずいる。
みんながそう信じて生きていくために、自分も周りの人たちを大切に思ってみる。
藤沢さんや、千尋(山添くんの元カノ)みたいに、関わることで助け船を出そうと頑張ってくれる人もいれば、社長や住川さんみたく、必要以上に問題に口を出さず、そっと見守る形もある。それぞれのやり方で、誰かが、誰かを思う。
小学校の道徳で習うような「当たり前」のことかもしれませんが、あらためて大事だなと感じたのでした。
みなさんの夜明けは、どこに?
そういえば、原作を読んだときにも思ったのですが(感想をnoteに記していました。過去の自分、やるじゃん)、
この作品、かたくなに「夜明け」が出てこない。
映画の中でも、仕事のある日中とか、藤沢さんが山添くんの部屋へ行く夜のシーンは出てくるけど、夜明けって、出てこないんですよね。
そりゃ、夜明けの時間帯はみんな寝てるんだから、別にシーンとして描くこともないだろ、と言われればそうなんですけれども。
思うに、夜が明けることを人生に光が戻ってくることだとするならば、それは決して太陽が水平線の向うから溢れ出す瞬間なのではなくて、そこまでに通ってきた悲しみや苦労だったり、全部の積み重ねなのだと、この作品は伝えてくれているような気がするんです。
ありていに言えば、「すべてが積み重なって、今がある」みたいな。だから、あえてクライマックスである夜明けを描く必要はなくて、日々の小さな気付きや思いやりを丁寧に縫い合わせるだけでいいんだよ。
そんなふうに受け取りました。
ターニングポイントだとか、きっかけだとか。そういうものは後からのこじつけでしかなくて、いま無意識に過ごしているこの1秒1秒でさえ、未来のどこかの何かにつながっているんじゃないかと、そんなことを考えさせられたのでした。
あとは、個人的に好きなシーンをつらつらと挙げさせてください。
●藤沢さんが、山添くんの髪を切るところ
映画では、自転車をプレゼントしに山添くんを訪ねた藤沢さんが、ケープをかぶっている山添くんを見て、「髪自分で切ってるの?じゃあ切ってあげる」みたいなシーンでした(たぶん)。
でもこれ、原作では、なんでもない土曜日に突然藤沢さんがやってくるんですよね。百均で買ったはさみとケープ、それにガムテープやゴミ袋を持って、突然。
わたしはこの、「いてもたってもいられなくてお節介しちゃう」藤沢さんの猪突猛進さが大好きなので、映画で描かれる藤沢さんはちょっと内気というか、後ろ向きだなと感じました。
ただ、その性格のちがいはおそらく意図的に描かれているもので、散髪のシーンにもにじみ出ているなと。
それをよく表しているのがはさみを入れる場面。藤沢さんの操るはさみの音がすごく下手そうで(あれは音効さん万歳!)、思わず笑ってしまいました。
そういえば、原作には「山添くんのポストに届けられたお守りの差出人を(勝手に)探し始める」「映画館に行けない山添くんのために(なぜか)サントラとコーラ、ポップコーンを買って家に押しかける」なんていう藤沢さんのはちゃめちゃエピソードもありましたが、映画ではカットされていました。映画ではPMSゆえに周囲にキツくあたってしまうシーンも多かったし、やっぱりどちらかと言えば藤沢さんの「しんどさ」にフォーカスしたのかなぁと思います。
このあたりは好みですが、それでもやっぱりわたしは原作の「ぐいぐいいっちゃうぜ」的な藤沢さんが、好き。
●ふたりで並んで坂を下る帰り道の後ろ姿ロングショット
東京の街明かりがふたりを見守る夜空みたいに見える構図がたまらんでした。あのぼやっとした光の輪郭は、フィルム撮影っぽくて温かかったなぁ。
●早退した藤沢さんにスマホを届けに行く山添くん
このシーンで山添くんがさりげなく、これまで頑なに着なかった「栗田科学」のジャンパーを羽織ります。きっと彼が会社に残ることを決めた時だったのかなぁと(それ以降ずっと着てるし)。
●移動式プラネタリウムを成功させた二人が、微笑み合うところ
これ、普通の人だったら茶化しちゃう場面だと思うんです。
「なんだよあの夜に関するメモ!あったなら僕にも教えてよ!」とか、「キザなこと言っちゃって、ふぅ~」とか。
でも、2人はそうしなかった。言葉すら交わさなかった。何もしなかったことが逆に、お互いに対する信頼感を感じさせてとてもよかったです。おじさんはここで泣いてしまいました。
●ラストシーン、エンドクレジットの最後
山添くんの「コンビニ行ってきていいですか?」の声が聞こえた瞬間から、これは絶対あの自転車で買い物に行くんだろうなって予想した通り、最後の最後で自転車登場(そういえば原作のラストも自転車でしたね)。
そもそもですが、藤沢さんが会社を去ってしまうなんて聞いてませんでしたし、それはよくないことだと思います。
原作では「戦友のようだな」と思っていたふたり。適度な距離感でお互いを気遣い、言葉にしなくてもわかり合えているこの二人三脚は、永遠に続くべきだと思っていたんです。いや、いまでもそう思う。藤沢さん会社やめないで~。
ただ、映画化にあたって泣く泣く外したであろうこの「戦友」「二人三脚」なメッセージを、この自転車に込めたんだろうと思いました。
きっとこの自転車は、山添くんの意志より速く、まっすぐに彼を引っ張っていくことなのだと思います。原作藤沢さん推しの自分としては、どうかそうであってほしい。
あと、冒頭の、上白石萌音さん演じる藤沢さんのひとり語りパート。
ちょっと舌足らずだし、もしやこれは演技下手なパターンか?なんて不安になったのですが、物語が進むにつれて、どんどん自然に聞こえるようになってくるのが不思議でした。
おそらくですが、山添くんこと松村北斗さんの「現代っ子ぽい無気力な受け答え」の演技が上手すぎるゆえかと。
だって、2人のやりとりが自然すぎて、だんだん映画じゃないような気分になってくるのですから。
そのへんにいる、ごくふつうの人たちの会話に聞こえてくる。
これこそが演技力なのかと、感動したのでした(それで言うと、ダンくんたちが作っているドキュメンタリー用にインタビューに答える登場人物たちの、素人っぽさ全開の受け答え、あれも上手だったなぁ)。
ああ、まとまりのない感想をだらだらと3000字も書き連ねてしまいました。
一言でまとめると「よかった!みんなも観てね!」ですね。
ありがとうございました。
<追記>
ところで、この感想を書くにあたって原作を読み返したのですが、作中で、映画を観た藤沢さんがこんなことを思うシーンがありました。
箸にも棒にも掛からない、まとまりもない自分の感想。
でも、発したいと思ったので、ここに残します。なんちゃって。
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