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業界専門家こそ問題を見出しづらいパラドックスにどう対処するか【初期アイデア創出ステージ】

初期アイデア創出ステージでは、適切な課題を見出す必要があります。
業界内で半ば常識とされるような、顕在化した課題を捉えることは簡単です。一方で、潜在的な課題を見出すことは容易ではなく、特に業界に詳しければ詳しいほど、自社の保守本流事業の経験が長ければ長いほど、潜在的な課題を見つけ出せなくなるパラドックスが存在します。

業界専門家は、その業界に関する深くて広い知識や様々な経験を有しており、業界内で一目置かれる存在です。業界のことは何でも知っている自信もあるでしょう。自社本流事業の業務を10年20年と経験する社歴の長いベテランは、その業務や領域について背景や歴史含めて知り尽くしています。保守本流事業や既存領域について、業界専門家や社歴の長いベテランは深く理解しており、何か問題が発生しても対処は迅速になされます。
保守本流事業は「既知の情報」の集合体であり、業界経験や社歴の長さに基づく知識や経験がものをいいます。

一方で新規事業は、それまで社内でなされていないことについての取り組みです。つまり「未知の情報」が多くであり、「既知の情報の”外”」への取り組みです。「既知の情報の”外”」に取り組むにあたり、業界専門知識や社歴が役立つ場面はあれど、それ以上に、専門知識や社歴が足枷になることが多いです。特に、顧客の立場に立って課題を見出すことは、社歴が長くなるほど困難になります。業界常識や慣習、自社の思考のクセが染み付いてしまっており、無意識のうちに業界都合の目線・自社都合の目線になってしまうためです。
仮にあなたがレンタルビデオ店TUTAYAの従業員だったとしましょう。レンタル延滞金はTUTAYA売上の結構な割合を占めていますが、そのレンタル延滞金の売上がゼロになる新規事業の企画を立てて、社内を通すことができるでしょうか。上司や古参社員から、なぜ延滞金の請求が必要なのか、遅延金がいかに業績に貢献しており、会社に必要なものか説明されるはずです。いかにあなたが業界について無知であるか指摘され、レンタル延滞金をゼロにする新規事業企画がいかにバカバカしいか説教される確率100%でしょう。レンタル期限が過ぎたら延滞金が発生する、それが業界常識です。
そのレンタルビデオ延滞金に関して、1997年にアメリカでリードヘイスティングス氏は考えて行動しました。レンタルビデオの返却期限が過ぎて延滞料金が発生した業界門外漢のリードヘイスティングス氏は、延滞料金なしのレンタルはできないだろうかと考え、Netflixという会社を創業しました。
その13年後の2010年、以前にリードヘイスティングス氏がビデオを借りたレンタルビデオ大手のブロックバスターは倒産しました。Netflixはその年に大ブレイクを果たし、初の海外参入(カナダ)をしました。

仮にあなたが東急インやアパホテルの支配人だったとして、ホテル予約が満室で、それ以上予約を受けられなくなったとしましょう。もし部下から「ホテル周辺の一般家庭の使われていない部屋を借りて、お客様に一般家庭の部屋に泊まっていただこう」とアイデアを提案されたら、支配人のあなたは何と答えるでしょうか。自社のものではない、一般家庭の空き部屋にお客様を泊めようだなんて、アイデアがバカバカしすぎて、その部下は頭がおかしくなったと思うかもしれませんよね。自ら運営するホテル部屋に顧客を泊める、それが業界や世間の常識です。
そのようなアイデアが、2007年サンフランシスコで実現されました。家賃を払うお金がなくなったブライアンチェスキー氏は、サンフランシスコで国際的デザインカンファレンスが開催予定で、市内のホテルが満室状態だったことを知りました。「自分たちの部屋を貸せばいいんだ!」と思いつき、ホームページで宿泊人を募り、数名が「自分たちの部屋」に泊まったそうです。
その10年後の2017年、ブライアンチェスキー氏らが創業したAirbnbの登録物件数が400万件を超え、マリオット(115万室)やヒルトン(79万室)、インターコンチネンタル(72万室)など巨大ホテルチェーントップ5の合計総客室数を上回る規模になりました。

●専門家やベテランほど潜在的な問題を見出せなくなる理由

業界専門家や社歴の長いベテランほど、潜在的な問題を見出しづらくなるのは、なぜなのでしょうか。
人はある事象や情報に直面すると、自分の過去経験や知識など踏まえて瞬時に意味付けをし、その事象や情報を認識・解釈します。「自分の過去経験や知識など踏まえて瞬時に意味付け」することを「知覚」と言いますが、知覚の仕方は、その人の人生経験や職業上の経験、持つ知識や性格・価値観、生活環境や文化・歴史などによって変わります。
よく「物事をあるがままに捉える」「ゼロベースで考える」と言われますが、人が人である限り、あるがままに捉え、ゼロベースで考えることは、実はほぼ不可能です。

業界専門家や社歴の長いベテランは、業界や社内常識の範囲内の事象や情報に直面すると、自分の持つ常識の枠組みや業界慣習に照らして瞬時に解釈し、1を聞いて10を知ることができます。
その一方で、業界や社内常識の「範囲外」の情報に直面すると、本当はあるがままに捉えないといけないのに、自分の持つ常識の枠組みや業界慣習に沿うように解釈してしまいます。既存の業界・社内常識に引きずられ、無意識のうちに現実を歪めて知覚してしまい、物事をあるがままに捉えることができないのです。
行動経済学や心理学で「アンカリングバイアス」と呼ばれるもので、既存の知識がアンカー(錨)となり、思考が固定化されてしまい、その先にあるかもしれない新しい物事の捉え方や視点の模索を阻んでしまいます。
ローマ帝国の初代皇帝ユリウス・カエサルが述べた通り「人間ならば誰にでも、現実の全てが見えるわけではない。多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない」のです。

「アンカリングバイアス」の難しさは、自分がバイアスに染まってることを自覚できない、認められないことにあります。業界慣習や社内常識は、その業界や会社内部にいれば無意識に染み付く思考のクセのようなものであり、日常仕事を円滑に進めるために当たり前の前提知識として共有されています。当たり前の前提知識であるがゆえに、自分がどういうバイアスを持っているか無自覚なのが普通です。
自分が持つバイアスを自覚するのは容易ではなく、第三者から指摘されたり、自分と異なる環境に身をおいて初めて気づくものです。「日本の常識は、世界の非常識」と言われたりしますが、海外のどこかの国に住んではじめて「日本の常識は世界では常識とは限らない」と実感するのではないでしょうか。

第三者から指摘されることで自らのバイアスを自覚できれば理想的ですが、現実はうまくいかないようです。日本人の多くは正解主義的であり、「正しい答えを知っていること」を優れていると捉えます。
業界専門家や社歴の長いベテランの考えは正しいに違いないと周囲が思う傾向にあり、専門家やベテラン自身も、周囲からの評価を通じて自分の知識や能力に自信を深めます。その自信が過信に変わってしまうと、社歴の長い自分が間違っているはずがないと思うようになり、新たに学ぶ気持ちをなくし、他者の意見に耳を傾けなくなってしまいます。
特に、社歴の浅い若者や業界経験が短い人から、異なる見解や視点を持ち込まれると、正解主義的に「自分より劣る」人の考えは、間違っているに違いないと思い込みがちです。上司が、部下や若手社員に対して「君はまだ若いからわからないと思うけど」と言うのは、そのような思考の表れでもあります。せっかく第三者が指摘してくれても、正解主義的に「自分より劣る」人からの指摘の場合は、それを認められない人が少なくありません。

●かつて私自身が陥ったアンカリングバイアス

かくいう私も、業界専門家としての知見ゆえに、潜在的な問題と新たな事業機会が見出せなかった苦い経験があります。
2000年代後半、私はウェブサイトのアクセスログ分析ソフトのベンチャー会社に在籍していました。その会社のログ分析ソフトは2000年代半ばに日本トップシェアでしたが、その後、アメリカGoogleが無料ログ分析ソフトを提供し、アメリカのログ分析ソフト大手が日本参入し、市場の競争環境が急激に変化していました。当時私は、経営企画も兼務しており、日々の現場の肌感覚の情報以外にも、アメリカ調査会社の市場や競合環境予測や、ソフトウェア会社の戦略パターンなどもある程度把握していました。

当時私は、その後の業界動向を次のように見立てていました。
・市場はハイエンド、ミドルエンド、ローエンドと分けるなら、ハイエンドは世界で2-3社残るだけ、ローエンドはGoogle無料ツールが取る。
・ミドルエンドは存在するように見えるけど、Googleが下から上がってくるから実質存在しなくなる。イノベーションのジレンマのローエンド破壊型イノベーションの通り。
・アクセスログ分析ソフト単体で戦うのは厳しい。成功ソフトウェア企業の戦略を参考に、周辺の人的サービスに広げるのが良い。
・分析のための分析ソフトウェアは厳しい。ウェブサイト分析以外の別領域への展開か、分析以外のアクションへの展開が必要。

つまりは、アクセスログ分析ソフト単体で戦っても、先行きは暗いと見立てていました。

その頃、別のベンチャー企業の役員と不定期に情報交換をしており、アクセスログ分析ソフト市場についての見解を質問されました。そのベンチャー企業はソフトウェア会社ではなく、競合他社ではなかったこともあり、業界についての認識と見立てを話しました。その業界は競争激化でなかなか難しいと。
そのおよそ1年後、そのベンチャー企業は、とある領域に特化したアクセスログ分析ソフトを販売開始しました。ハイエンド、ミドルエンド、ローエンドではなく、ある領域に特化して日本人の傾向に合わせることで、新たなマーケットを見出していたのでしょう。風の噂から想像するに、販売開始後それなりに売れていたようです。
その領域特化の切り口は、当時の私が全く想像しないものでした。その切り口に気づけなかったことへの悔しさと、得意満面で業界の見立てについて話したことの恥ずかしさが込み上げました。
業界常識にどっぷり浸かることで既存の自分の知識がアンカーとなり、業界常識を前提とする思考に固定化されてしまい、既存の延長線上とは異なる新しい考え方や捉え方に至るのが難しいことを、身をもって体験しました。

●「ベテランは潜在的な問題を見つけづらい」問題への対処法

専門家やベテランほど、既存の延長線上にない潜在的な問題を見出しづらい、という問題にどう対処すれば良いでしょうか。
まず「専門家やベテランほど潜在的な問題を見出しづらい」ということを、専門家やベテランが自覚することが、この問題に対処する第一歩です。
新規事業の決裁者の立場にある担当役員や部長についても同様です。自社で役員や部長になれるくらい社内常識に最適化されているはずですから、業界慣習や社内常識と異なる捉え方をすることは、ほぼ不可能と考える方が自然です。

その上で、新規事業リーダー任命と新規事業チーム組成の成否が、この問題を突破できるか否かを左右します。
業界慣習や社内常識などの固定観念の外に出るには、新規事業に向く資質を持つ、社内の”異端児”的な人材を新規事業リーダーに据えましょう。「知覚」が特異でものごとの捉え方が特有であり、自分の判断基準を持ち自分の頭で考える人であれば、業界慣習や社内常識などの固定観念をわかった上で、既存の延長線上とはと異なる物事の捉え方ができるかもしれません。

新規事業リーダーは、新規事業の素人が担ってはならず、過去に新規事業の経験がある人が担当すべきです。過去に取り組んだ新規事業の内容によっては、アンカリングバイアスの怖さを身を以て知っているかもしれません。
新規事業チームは、ハスラー、ハッカー、デザイナーなど異なる専門性でチーム組成することに加え、業界外や社外の視点を取り込むのが良いでしょう。自社の保守本流事業は未経験で、かつ新規事業や起業経験者が社内やグループ会社内にいれば理想的です。そのような人材がいない場合は、社外の起業経験者や新規事業の専門家をチームに入れることで、社外の視点と新規事業の視点を同時に利活用するのは、現実的な選択肢です。

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