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初仕事

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1本、原稿用紙10枚ほどの短編集。 順風満帆な殺し屋人生を歩もうとしたはずが、こんなはずでは・・・「初仕事」 天涯孤独な男の唯一の親友との奇妙な絆・・・「親友」 など、すき間時間…
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#ショートストーリー

【短編小説】初仕事

「ないんだよ、もう。俺にはお前を殺したときのような度胸がないんだよ」  佐藤雅弘(さとう まさひろ)の墓前で杉原照紀(すぎはら てるき)はつぶやいた。  墓にすがりつきたい思いだった。  思い起こせば、1ヶ月前――。   人通りのない寂れた商店街を杉原は佐藤をまるで引きずるように足早に連れていった。そして、店舗と店舗の間にある塀で囲まれた空き地へと引きずり込んだ。狭い隙間から佐藤を空き地の中へと追い込んだのだ。  地面が土になっている空き地で佐藤は横になって倒れた。

【短編小説】親友

「昨日は何人殺った?」  山本大地(やまもと だいち)は昨日何食べた? のノリでそう聞いた。 「3人」  答える方も答える方である。  石館真希人(いしだて まきと)は落ち着いた様子で答えた。  山本と石館の2人は殺し屋だった。  裏稼業では有名な2人で、常に殺した人数を競い合ってきた。  2人とも、黒い覆面をかぶり、その上に帽子をかぶっていた。 「やるな。僕は1人だよ」  山本は悔しそうに言った。 「昨日は大型連休の初日だったからさ、人出が多すぎて、手こずった

【短編小説】幸せを感じるために

 絶望。  この言葉が当てはまるだろう。  私は25年間、勤めた会社をクビになった――。  最初は小さな波だった。  この会社は本当に大丈夫だろうか?  社員の中で湧き上がった小さな波。  私は何の心配もしていなかった。  大丈夫、会社も私も。  押し寄せる波は早かった。  すぐに私のところへ来て、私を飲み込んだ。 「話があるから来てくれ」  言われたまま、私は社長室を訪れた。 「昇進だ! しかも、社長から直々に!」  私は小躍りした。  聞いてみれば、何のことは

【短編小説】藻屑

 宇宙船が予定軌道を外れ、通信も途絶えた。  私一人が宇宙で路頭に迷うこと1カ月。    私はまだSOSボタンを押さずにいた。    押せばすぐに救助隊が迎えに来てくれるだろう。  だが、すぐに押してしまっては、私のプライドや沽券に関わる。  何を隠そう、私は新たな星を開発する、宇宙開拓本部長を拝命しているのだ。    非常事態でも冷静に対処したという証が必要だ。    食料が尽きて1週間。  限界に近づいている。  そろそろいいだろう。  水分は浄化した自分の尿を飲んでい

【短編小説】くす玉

「私たち、結婚する運びとなりました!」  町の不動産屋に春が来た。  一ノ瀬不動産の息子、一ノ瀬和樹(いちのせかずき)が結婚することになったのだ。  お相手は、客として一ノ瀬不動産を訪れていた北村彩香(きたむらあやか)さん。    彼女は親が所有する駐車場のことで、しばしば一ノ瀬不動産を訪れていた。  そこで仲良くなり、このたびの婚約発表となったのだ。    一ノ瀬不動産は丸井商店街に入っている。  丸井商店街のメインストリートにおいて、婚約発表の特設会場が作られていた。

【短編小説】盗人

「盗人猛々しいとはこのことよ」  盗人の親分はドヤ顔でした。  深夜2時。  何の音も聞こえない、静かな夜です。  ここは屋根の上。  当然、見知らぬ人の家です。  盗人の2人は今日も盗むことを考えておりました。 「盗むもん盗んだら、食料もいただいて帰る。ぬっふっふ、我ながら・・・」 「さすが親分。猛々しいですね~」  子分が遮りました。 「まだ、わしがしゃべっとる」 「すいやせん」 「うむ」 「ところで親分。猛々しいってのは、どういう意味ですかい?」

【短編小説】お離婚さん

 夫の達明がいつも通り、薄暗い雰囲気を漂わせながら無言で帰宅した。 「おかえりー」  妻の優香はいつになく明るく言った。  いつもは低いトーンでおかえりというだけだったが、今日は2段階ほど高いトーンでおかえりと言った。  緊張からである。    結婚15年目。  2人は夫婦であるが、今となっては会話もろくにない冷めた関係になっていた。  2人とも40代半ばを過ぎた同世代。  子供には恵まれなかった。  いや、できなくてよかったと、今では思っている。  それでも、夫はこれ