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「百年の孤独」... みたいな本


 ガルシア=マルケスの「百年の孤独」が文庫化されたことが、イベント的に盛り上がってますね~

この装丁はなかなか素敵!

 たしかに、20年ほど前に新装版(白地に黒のカバーデザインのやつ)が出たときも "文庫じゃないこと" が話題になったぐらいなんで、待望といっていい文庫化です。
 あと文庫化が待ち遠しい作品と言えば、自分のフィールド内では、ジョン・アーヴィングの2000年以降の諸作品や、ウンベルト・エーコの歴史ミステリー「薔薇の名前」あたりですかね。
 特に「薔薇の名前」の方は、舞台となる修道院内部の図解入りで文庫化してくれたら最高です。(創元さんお願いです!)

 さて、話題の「百年の孤独」については、自分は20代の頃に一度読み始めたんですが、 "挫折" !w
 文庫になったら再読しようと思ってたけど、なかなか文庫化されなかったんで、結局は新装版の方でようやく読了した作品です。

 けっこう読むのに体力がいるし、"面白い?" ときかれると回答に困るんですがw、"パワーのある物語 " であるのは間違いないです。
 今回の文庫化で初めて手に取る人も多いと思うのですが、あの雰囲気にハマってしまう人もいれば、20代の私のように "挫折" してしまう人もいると思うんですよね。

 ということで、そんな方々へ向けて、私自身が似たようなテイストを感じた「百年の孤独的な本を、今回は紹介したいと思います。


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◎私的「百年の孤独」を感じるポイント

 世界的ベストセラーの「百年の孤独」ですから、影響を受けた作家さんや作品は数多く存在します。
 その中で、私が「百年の孤独」を感じるポイントは次の2点です。

○様々な人物による群像劇であること

 「百年の孤独」は、ある村を創建した一族を描いたもので、何代にもわたって、数多くの人物が登場します。
 ただ、代が変わっても同じ名前を継承してたりするので、それこそ混乱しちゃうのですが、それぞれの人物たちのたくさんのエピソードが集積されていくことで、得体の知れない物語のパワーにつながっている感じなのです。
 私にとって、個性的な人物たちとそのエピソードが描かれた群像劇であることが、まず「百年の孤独」を感じるポイントなのです。


○架空の村や町の栄枯盛衰が描かれていること

「百年の孤独」で描かれる一族が創建したのは、蜃気楼の村 "マコンド" です。
 一族のエピソードが代を追って語られていく中では、移り変わっていくマコンドの姿も描かれていて、このマコンドという村の移り変わりが、この物語のもうひとつの主題になっています。
 私的には、ここが「百年の孤独」を感じさせる最も重要なとこで、同じように、舞台となる村や町の栄枯盛衰が描かれていることが2つめのポイントなのです。


 以上、2つのポイントを踏まえて考えたのが次の3つの作品です。


「地図と拳」2022

 作:小川さとし

「君は満洲という白紙の地図に、夢を書きこむ」
 日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を探し、海を渡った須野..。奉天の東にある〈李家鎮〉へと呼び寄せられた男たち。
 「燃える土」をめぐり、殺戮の半世紀を生きる。
 ひとつの都市が現われ、そして消えた。
 日露戦争前夜から第2次大戦までの半世紀、満洲の名もない都市で繰り広げられる知略と殺戮。日本SF界の新星が放つ、歴史×空想小説。

 直木賞や山田風太郎賞を受賞した小川さとしさんの第3長編です。
 日露戦争前夜の1899年から、第二次世界大戦終結後の1955年の約半世紀にわたる物語です。
 舞台となるのは満州の架空都市 "仙桃城シエンタオチヨン(はじめは李家鎮リージヤジエンと呼ばれていた地)" です。
 「百年の孤独」のような一族は出てきませんが、この仙桃城には内容紹介のとおり、様々な人物が現れては消えていくのです。
 「君は満洲という白紙の地図に、夢を書きこむ」という台詞に集約されていくように、戦争というテーマを持ちながら、タイトルの「地図」と「拳」について考えさせられる本なのです。
 若干の読みにくさはあっても、「百年の孤独」と比べれば断然読みやすいんで、「百年の孤独」で挫折した方にお薦めです。


「火星夜想曲」1988

 作:イアン・マクドナルド

 火星を旅していた科学者アリマンタンド博士は、アクシデントにより移動手段を失うが、"時間の中を自由に渡る緑の人" の力を借りて、そこに小さなオアシスを建設する。
 やがてそのオアシスに人々が住み着き始め、"荒涼街道デソレーション ロード" と呼ばれる町に育ち、さまざまな驚異や奇跡を経て、ふたたび忽然と砂に還る...
 その半世紀にわたる物語を詩的な筆致で綴りあげ、『火星年代記』の感動を甦らせる、叙情と哀愁にみちた話題作。

 イギリスのSF作家イアン・マクドナルドのデビュー長編で1989年のローカス賞を受賞した作品です。
 「火星夜想曲」というタイトルの通り、テラフォーミングされた未来の火星が舞台だし、内容紹介には「火星年代記」の名前も出てきますが、騙されてはいけません!
 この本は「火星年代記」のような詩情溢れる穏やかな物語というわけではないのです。
 確かに「火星年代記」のように短いエピソードが積み上げられ、リリカルな章もあるのですが、"荒涼街道デソレーション ロード" に住み着いた人々の第二世代の頃になると、SFガジェットが氾濫し、異形ともいえる人物たちが暴れ回り、もうハチャメチャになってくるんです。
 そのあたりのパワーは「火星年代記」というより、やっぱSF版「百年の孤独」と呼ぶに相応しい感じがするんですよね。
 現在では手に入りにくい本かもしれませんが、「百年の孤独」にハマった方で、SFも嫌いじゃない方にお薦めです。


「同時代ゲーム」1979

 作:大江健三郎

 海に向って追放された武士の集団が、川を遡って、四国の山奥に《村=国家=小宇宙》を創建し、長い〈自由時代〉のあと、大日本帝国と全面戦争に突入した。
 壊す人、アポ爺、ペリ爺、オシコメ、シリメ、「木から降りん人」等々、奇体な人物を操り出しながら、父=神主の息子〈僕〉が双生児の妹に向けて語る、一族の神話と歴史。

 ノーベル文学賞作家:大江健三郎先生が1979年に発表した作品です。
 大江先生の本は数冊しか読んでないので語る資格はないのですが、内容紹介を読んだだけでも、"何じゃこりゃ" 感があると思うんですよね。
 なんといっても、物語の舞台となるのは、追放された武士の集団が四国の山奥に創建した "《村=国家=小宇宙》" という集落。
 この集落の名前にしろ、奇妙な名前の登場人物たちにしろ、多分、大江先生の本の中でも、特に荒唐無稽な部類じゃないかと思います。
 けっして読みやすいわけではないんですが、やっぱり個性的で、「百年の孤独」的な印象を受けたんです。
 ただ、リリース時期も近いんで、影響を受けたというよりも、マジックリアリズムのムーブメントを形成する一冊と言った方がいいのかもしれません。
 私は読んでないのですが、実はこの「同時代ゲーム」をリライトして「M/Tと森のフシギの物語」という本が1986年にリリースされています。
 なんか、その方が読みやすいらしいし、ノーベル文学賞対象作の一つにもなったらしいんで、そちらの方を薦めるべきなのかもですが、未読なんですみません。
 多分、それこそガルシア=マルケスらとの同時代性を感じたい方にお薦めの本なのです。


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 実は、ガルシア=マルケスの他の作品でもマコンドや人物を共有するものがあって、この「百年の孤独」は、〈サーガ〉的な性質を持ったシリーズの一冊ということもできるんです。
 そういう〈サーガ〉的な性質をもった作品群になると、ほんとたくさんあるんですよね。
 なので、今回は「群像劇」と「架空都市」のポイントにしぼって選ばせてもらいました。
 まあ、私の読書フィールド内なんで、(大江先生のものも含め)SFと文学が交差した本たちによってますがご了承ください!


 「百年の孤独」を語るときに必ず出てくる "マジックリアリズム" の手法については、「"非日常" を "日常的" なものとして描く表現技法」とされているんですが、多様な文学に溢れている現代では意味を計りづらいんですよね。
 そもそも小説フィクションなんだから、"非日常" があるのは当然だし、意識せずともマジックリアリズム的な作品もたくさんあるんです。
 なので、SFなんかとの境界は曖昧だと思うんですよね。
 いってみれば、今回紹介した本たちは、作者の類まれな "空想" に根差した空想小説というべき本なんでしょうね。