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背反問題の解決:入れ子にしてみたら

前の記事(背反問題の解決:こちらを立てればあちらが立たず)で、TRIZの「発明原理」という発想手法を紹介しました。

今日はシンプルな例を使って、発明原理についてもう少し説明してみます。

「発明原理」は、背反問題の解決を支援するツールです。
TRIZ(発明的問題解決理論)の中でも、最も良く使われているツールです。

背反問題とは、システムのある特性を良くしようとすると、別の特性が悪くなってしまう...つまり「こちらを立てれば、あちらが立たず」のことです。

皆さんは、指し棒(指示棒?)って覚えていますか?
そう、昔、学校の先生が黒板の文字を指すときに使っていた、あの長い木製の棒です。
今、仕事で訪問する企業の会議室で指し棒を見ることは一切ありませんが、学校の現場ではどうなんでしょうか?

この指し棒、短い棒では遠いところの文字を指せません。離れた位置から黒板の文字を指そうとすれば、指し棒は長くないとダメです。
でも、長い指し棒は、かさばって持ち歩くことができません。
「遠くの文字を指せるように指し棒を長くしたら(こちらを立てれば)、指し棒の体積が大きくなって収納したり持ち運びがしづらくなる(あちらが立たず)」という、長さと体積の背反問題です。

指示棒のジレンマ

そこで、TRIZに、「長さという特性Aを良くしようとしたら、体積という特性Bが悪くなってしまうのだけど、どう考えたら良い?」と尋ねてみましょう。
するとTRIZは、「なるほど。それだったら、こんな着眼点で解決方法を考えてみるといいよ...。まず一つ目は、”入れ子にする”だ。指し棒を入れ子にしてみたらどうだい?」という助言をくれます。

もちろんいい加減な助言じゃありません。
膨大な特許事例を分析した結果、「長さ」と「体積」の背反に取り組んだ多くの技術者たちは、”入れ子にする”という着眼点から解決策を創出している...という法則を見い出しているのです。

「入れ子にする」(「入れ子原理」と呼びます)は、
・物体を別の物体の中に入れ、その物体をまた別の物体の中に入れる
・ある物体が別の物体の空洞中を通過するようにする
という発想の視点です。
あのマトリョーシカ人形みたいに、です。

今、私たちは昭和50年くらいにタイムトラベルし、目の前には、あの懐かしい木製の指し棒があります。タイムトラベルの旅行規定として、その後の未来の記憶は連れていけません。目の前の木製の指し棒は、私たちにとって「最新の指し棒」です。
どういういきさつか、私たちは、「持ち運びのできる指し棒で、世界を変えてやる!」という意欲に燃えています。

TRIZは、そんな私たちの肩越しに「その指し棒を入れ子にしたらどうなるか考えてごらん?うまく行くはずだからさ。入れ子にするというのは例えばこういうことだよ」...と助言をくれます。

そこまで言ってくれると、ほら、昔よくみたこんなアンテナ型の指し棒のアイデアだってごく自然に出てきませんか?

アンテナ型指し棒

次に、TRIZはこんな助言をくれます。
「その木の棒は”固体”だよね。その棒を固体以外のものにしてみたらどうだろう?」...

これは「パラメータ変更原理」という着眼点のひとつです。
気体、液体、固体という物体の物理的状態を変えてみる、という考え方です。

これって言われないとなかなか考えつかないですね。
でも言われてみると、ほら、縁日で売っているピロピロ笛(「吹き戻し」という名前があるそうです)と同じような仕掛けで、使えないときはコンパクトに持ち運べて、使うときは空気を入れて長くする、そんな指し棒もできそうです。

さらにもう少しアイデア出しを続けてみれば、”光で文字を指す”という今のレーザポインタに繋がるアイデアも出てくるでしょう...最初は、きっと「懐中電灯の光で指すっていうのもアリだね」というアイデアが出て、それをもうちょい光学に詳しい人がレーザポインタというアイデアに繋げてくれるのかもしれませんが。

パラメータ変更原理

色々な人にこの話をすると(最初の記事に書いたように、私はこのTRIZという発想手法を活用した製品開発や技術開発を支援するコンサル会社の営業マンです)、10人にひとりくらい、「いやいや、そのくらいのアイデアなら、ちょっとしたアイデアマンなら別にTRIZを使わなくても出せるでしょう?」と言われる方がいます...

たぶんここに挙げた例は、シンプル過ぎるのかもしれません。アンテナ式の指し棒も(そういえば、最近身の回りでこの形態のアンテナは見なくなりました。昔はラジオにしても携帯電話にしてもみんなこれだったのに)、レーザーポインタも、馴染みがあり過ぎるものですし。
こんなの思い付いて当然だ、と感じるのも無理ないことなのかも。

しかし、あの木製の指し棒は日本中で誰もが見ていたはずなのに、誰もがそれに代わる新しいアイデアを思い付けたわけではありません。
後から振り返ると、「そりゃそうだよね」と思えるようなアイデアでも、それがまだ存在しなかった時点では、”思いもよらなかった”はずです。

それに、アイデアマンだけがアイデアを出せるというのも、アイデアマン以外の人にとっては困ったことです。それが企業であれば、その人が辞めちゃったらどうするの?ということになります。みんながアイデアマンになれた方がずっといい。

またアイデアマン自身にとっても、実はTRIZは大きなメリットがあります。アイデアマンは長い時間悩み考えた末、ふとした瞬間に「ある解決案」をひらめくかもしれません。
でももし彼が(彼女が)TRIZを使えたらどうでしょう?
アンテナ型の指し棒のアイデアをひらめく代わりに、”入れ子にする”という方向で”アイデアを拡げる”、つまりいくつもの入れ子のアイデアを出すことができます。1つじゃなく、10のアイデア、あるいはもっと。

...と、今日は、”遠くを指せて持ち運びできる指し棒”を例として、TRIZの発明原理を紹介しました。

しかし、「木製の指し棒は日本中で誰もが見ていたはずなのに、誰もが...」の続きには、もうひとつ大きな問題(たぶんこちらの方がより大きい)問題があります。
それは、あの木製の指し棒は日本中で誰もが見ていたはずなのに、誰もが”これを持ち運べるようになったら便利だろう”ということに気付かなかったことです
このことで、私たちが経験してきたことについては、また後日書きたいと思います。

「発明原理」をはじめとするTRIZ発想ツールと、TRIZによる課題解決プロセスについてはこちらを見てください。




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