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コロナと主夫生活 夫婦の役割分担をどうするか|常見 陽平

新型コロナウイルスショックは家庭内での夫婦の役割分担に影響を与える。さらに、これはよくある「男性も育児・家事に取り組め」という議論を大きく超えるものになりえる。
いかに働きすぎないか。我々はこれを機会に考えなくてはならない。

新型コロナウイルスショックがもたらしたものは何か。
私は、これまでWLBの実現、男性の育児・家事への参加推進のために必要なことだと語られていた対策の効果と限界が見えたのではないかと捉えている。

たとえばテレワークの推進だ。
新しいようで、古くからある取り組みだったが、制度としての導入と、社内での浸透が課題とされてきた。これが大企業を中心に一気に進んだ。しかし、WLBを実現する、QOLを高めるとされてきたテレワークのメリットを我々は享受しているだろうか。

本来テレワークは、働く場所、テレワークをする頻度などが多様であるはずである。
働く場所に関しては、在宅だけでなく、直行直帰型などのモバイルワーク、職場でも自宅でもない第3の場所で働くサテライトオフィスなどに分類されるのだが、今回は在宅勤務一択だった。
テレワークをする頻度にしても、毎日なのか、回数を決めるのかなどルールは多様である。ここ数ヶ月に起こった自体は「毎日強制在宅勤務」そのものだった。
一方、中にはテレワークを実施できない企業や人も存在した。この現実も直視するべきだろう。

ここ数ヶ月に各社で行われたテレワークは、理想の姿とは程遠いとは言うものの、そのメリットとデメリットも明確になってきた。
テレワークは、通勤時間を確実に減らすものの、必ずしも労働時間を減らさない。むしろ増やす可能性がある。
効率が上がるのも事実だが、その分、疲弊する。

そもそも、テレワークが制度として導入されてから、浸透し、効果を発揮するまでには時間がかかる。単なる箱物では意味がない。

先日、ロシアの通信社スプートニクから取材を受けた際に「なぜ、東京五輪のためにテレワークの準備をすすめたはずなのに、みんなが戸惑っているのか?」と質問を受けた。
その疑問はもっともだろう。「テレワーク」にしろ「働き方改革」にしろ、メディアに載ることを目的化したような箱物だらけではなかったか。

さらに、保育園や学校がもし休みになったらどうするか。
自宅も、あくまで生活仕様であって、仕事仕様であるとは限らない。いつの間にか、修羅場になってしまう。

これだけの厳しい環境下においては、家庭内での男女の役割分担も見直さなくてはならないはずだ。
しかし、固定化された役割分担では、修羅場度はさらに増してしまう。
しかも、さらなる固定化を促すこともある。
いま、そこにある課題だ。働きすぎない、生きるのがつらくならない。
そのための議論を社会、会社、家庭において始めなくてはならない。

やや自分語りになるが、私の家庭を話そう。
どちらかというと家事・育児に取り組んでいるはずの私にとっても、ここ数ヶ月は修羅場だった。
 「パパ、ご飯つくって!」
毎朝、娘はそう言って私の書斎にやってくる。
我が家にとっては当たり前の光景だが、世の中全体では、珍しい光景かもしれない。
私は早朝から働いているし、食事をつくるのは99%、私だからだ。

5年間の妊活を経て待望の第一子を授かったのは3年前だった。
出生前診断に無痛分娩など、いま論争を呼んでいる取り組みは一通りやった。予定より3週間早く、しかも心拍数が低下する中、生まれてきた我が子を抱いたとき、私はこの子のためにできるだけのことをしようと決意した。
家事・育児に力を注ぐことにし、仕事の優先順位を下げた。今は、勤務先の大学に迷惑をかけないように、社会から忘れられない程度に働いている。

いつしか私は「兼業主夫」と名乗っていた。
イクメンという言葉はしっくりこない。それは育児をする男性は珍しいかのような状態を指しているように聞こえるからだ。
「キャリアウーマン」という言葉に関する違和感と似ている

そして、今年はついに「限りなく専業に近い兼業主夫」になってしまった。
新型コロナウイルスショックの影響である。緊急事態宣言により保育園が事実上の「休園」状態となった。
ちょうど新学期の開始が遅れていたこと、講義がオンラインになったことから、私はここ数ヶ月、「専業主夫」に近い状態になってしまった。
朝、昼、晩と食事をつくり、問題のない程度で娘を連れて出かける日々が続いた。

夫婦ともに在宅勤務になった。
外資系IT企業に勤務する妻は、ビデオ会議システムやチャットツールを駆使し、国内外の人と仕事をする。完全在宅勤務になってから、彼女の業務量は飛躍的に増加していった。
これまで10時に出勤し、18時まで勤務する日々だったが、9時から21時まで働くようになった。
その間、私はずっと娘の面倒をみなくてはならなくなった。

不幸中の幸いで、新学期は5月のGWあけになって、その間は育児に集中することができた。
新学期が始まってからは、講義は深夜か早朝に録画し、オンデマンド配信する。その間、どうしてもリアルタイムでやらなければならない一部の講義と、会議を除きずっと娘の世話をし続けた。
執筆活動は早朝か、娘が昼寝している時間にこなす。正直、連載の原稿をなんとこなすのが、やっとだった。
自分の仕事が大きく停滞し、かつ心身ともに疲労が蓄積した半年間だった。

美談に聞こえるかもしれない。ただ、家族からはたまに感謝されるものの、あまり褒められたことはない。
冷静に考えると、これは実は「男ワンオペ育児」である。
女性のワンオペ育児は何度も問題提起されてきた。
昨今では、CMなどで「ママは料理」「育児は母の仕事」など、固定化された男女の役割分担は炎上するが、なかでも女性が一人で保育に専念するワンオペ育児の描写はよく批判される。
しかし、気づけば、男性の家事労働参加を通り越して、「男ワンオペ育児」になっていた。
パートナーが育児に非協力的である家庭に生きる女性の気持ちはよくわかったが、ひたすら私の労働時間は減っていった。
長時間労働是正は、いま、そこにある課題だが、仕事をするための十分な時間や集中できる環境がないのもまた問題だ。

そんな私は新型コロナウイルスショックに直面し、生き方、働き方を変えることにした。
夫婦がそれぞれ快適に働くために、一軒家を購入した。
仕事場をそれぞれ確保した。
保育園まで140メートルという位置の物件だ。幸運なことにここに入ることができた。
そして、これを機会に、自分の育児への関わり方を見直すことにした。
保育園の送迎は妻に任せることにした。
さらに、家にいない時間を意識的につくることにした。

育児を放棄しているわけではない。最適化したのだ。
そして、仕事をする時間をなんとしてでも確保しなくてはならない。
精神の安定も取り戻さなくてはならない

新型コロナウイルスショックを乗り越えるために必要なのは、生き方、働き方を見直すことである。
まずは家族と本音で話し、具体的にアクションしよう。

プロフィール写真 トリミング済み

常見 陽平(千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/いしかわUIターン応援団長)

プロフィール
北海道札幌市出身 。一橋大学商学部卒業、同大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)
リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年より千葉商科大学国際教養学部専任講師に就任。2020年4月より准教授。専攻は労働社会学。大学生の就職活動、労使関係、労働問題を中心に、執筆・講演など幅広く活動中。平成29年参議院国民生活・経済に関する調査会参考人、平成30年参議院経済産業委員会参考人、厚生労働省「多様な選考・採用機会の拡大に向けた検討会」参考人、「今後の若年者雇用に関する研究会」委員、第56回関西財界セミナー問題提起者などを務め、政策に関する提言も行っている。ラジオ番組bayfm「POWER BAY MORNING」レギュラーコメンテーター。『僕たちは育児のモヤモヤをもっと語っていいと思う』(自由国民社)、『社畜上等!』(晶文社)『「働き方改革」の不都合な真実』(おおたとしまさ氏との共著 イースト・プレス)『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社新書)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など著書多数。
公式サイト http://www.yo-hey.com

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