エピソード.2「巨腕のショッピングセンター」第十九話 湊山商店街の未来①
湊山商店街は、かつて地域に深く根ざし、個人経営の小さな店が軒を連ねる活気ある商店街だった。八百屋、魚屋、古書店、そして家族経営の喫茶店――それぞれの店は、世代を超えて地域住民に愛され、商店街を歩く人々の顔には笑顔が溢れていた。道幅の広いアーケードの中には、懐かしい香りと賑わいが漂い、人々は顔なじみの店主との会話を楽しんでいた。
しかし、最近ではその活気にも陰りが見え始めていた。歩く人々の数は以前ほどではなく、空き店舗が徐々に増えてきている。空本は、湊山商店街の変わりゆく姿を見つめながら、胸に不安を抱えていた。
地元住民の湊山商店街に対する愛情は依然として変わらない。しかし、消費者のライフスタイルや買い物の習慣が変わり、かつての賑わいは失われつつあった。
「このままじゃ、まずいな…」空本は商店街の未来に一抹の不安を覚えながら、商店街の一角にある喫茶「たちばな」に腰を下ろした。
テーブルを挟んで座るのは、漬物屋「わだや」の店主、和田巧だった。彼は商店街の古参店主であり、商店街の売上減少を肌で感じている一人だ。今日は結の紹介で空本と会うことになった。
和田の店の経営状態が悪化しているということで、助けを求めているのだ。
「紹介してくれてありがとう、結ちゃん」和田は結に感謝を述べる。彼女の実家は、湊山商店街のすぐそばにある老舗の銭湯で、商店街の変化を間近で見てきた存在だった。
「いえ、和田さんにはいつもお世話になっていますから。少しでも力になれたらと思って」結は微笑み、視線を空本に向けた。
「和田さん、今お店の状況はどうなんですか?」空本が尋ねると、和田は深いため息をついた。
「正直、かなり厳しいね……もう何年も前から客足が減っているんだけど、ここ最近は特に酷い。スーパーやコンビニが近くにできたのも痛いけど、それ以上に若い客がほとんど来なくなってる。湊山商店街は高齢者が多いんだけど、昔からの常連さんも足を運べなくなってきてるんだよ」
その言葉に、空本は表情を曇らせた。和田の疲労した顔は、商店街の問題が根深いことを物語っている。何とか活路を見出そうと努力してきたが、次第に限界を感じているのだろう。
「具体的には、どういった対策をされてきたんですか?」空本が真剣な表情で尋ねた。
「地元の野菜を使った新しい漬物を作ってみたり、商店街のイベントにも積極的に参加してきたんだけど、それだけじゃどうにもならなくて…」
「そうですか…」空本は頷きながら、和田の努力を思いやる。
「結ちゃんの頼みでこうして空本さんに会わせてもらったんだけど、なんとかこの店を…いや、商店街を立て直したい。でも俺一人じゃ限界がある」
その言葉に、結も沈黙した。空本は一呼吸置き、目の前に広がる商店街の問題が個々の店舗の努力だけでは解決できないことを実感していた。
「和田さん、まずは商店街全体の状況をもっと詳しく知りたいですね。それと同時に、個々の店が抱える課題も含めて、何かしらの打開策を考えていきましょう。湊山商店街はまだ地域に愛されている。その強みを活かして、再建の糸口を見つけられるはずです」
空本の力強い言葉に、和田の目が少しだけ輝きを取り戻した。彼は漬物屋「わだや」の店主であると同時に、商店街組合の役員も務めている。だからこそ、商店街全体の未来に対する不安は、個々の店の売上減少に留まらないものだった。
「常連の高齢者たちも、今じゃ宅配サービスを利用することが増えたし、わざわざ商店街に来る必要がなくなっているんだ」
「なるほど…高齢者のニーズが変わってきているんですね」と空本は頷く。
「それに、後継ぎがいない店も多くてね。商売をやめざるを得ない人たちも増えて、空きテナントが目立つようになってきた」
空本は和田の言葉を胸に刻み、商店街そのものが時代の変化に飲み込まれつつある現実を受け止めた。
「空本さん、どうか商店街を立て直すために力を貸してもらえないか?」和田の声には、切実な響きが込められていた。
空本は静かに頷いた。「もちろん、できる限りの力を尽くします。まずは融資を含めて、経営改善のための対策を一緒に考えていきましょう」
和田は感謝の言葉を述べ、結も「勇人、本当にありがとう」と柔らかく微笑んだ。
「こちらこそ、商店街のためにできることをしっかりやらせてもらいますよ」
その後、空本は喫茶「たちばな」を後にし、中央支店へと戻った。
支店に戻ると、空本はデスクに向かう前に石川支店長に呼び止められた。
「空本、少し話がある」
「何でしょうか?」
石川は黙って資料を差し出した。その表紙には「阪栄グループ ショッピングセンター出店計画」と記されている。資料には「レインボーシティ」という名前のショッピングセンターが、この地域に進出する計画が詳細に記されていた。
「湊山商店街の近くにショッピングセンターが出店されるということですか?」空本は驚きを隠せなかった。
「そうだ。阪栄グループが手掛ける『レインボーシティ』だ。かなり大規模なプロジェクトで、湊山商店街にとっては厳しい状況がさらに続くだろう」
一瞬、言葉を失った空本。湊山商店街は個々の店が抱える問題だけでも十分に深刻だったが、そこに巨大ショッピングセンターという強力な競争相手が加わるというのだ。
「…これは、大変なことになる…」空本は資料を見つめ、湊山商店街の未来に暗い影が差すのを感じた。
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