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エピソード.2「巨腕のショッピングセンター」第二十話 湊山商店街の未来②

 空本は湊山商店街の事務局へ足を運んだ。扉を開けて中に入ると、事務局長の吉岡和巳がデスクの奥から顔を上げ、軽く笑顔を浮かべた。

「こんにちは、空本さん。どうぞ入って」

「こんにちは、吉岡さん。ところで、神戸パイレーツ、好調ですね」空本はにこやかに言いながらデスクに近づいた。

 吉岡は表情を緩め、誇らしげに肩をすくめた。

「そうなんだよ。地元チームが優勝してくれたら、これ以上嬉しいことはないね」

「ですよね。地元が盛り上がるのは何よりです」

 吉岡は頷きながら、目を細めた。「それに『阪栄フェニックス』も優勝を決めそうだからね」

 阪栄電鉄が親会社の野球チームで、本拠地は兵庫の「西宮えびすスタジアム」だ。

「こっちも応援の熱が上がってるんだ。湊山商店街でも、阪栄フェニックスが優勝したら、優勝セールを計画してるんだよ。あやかって少しでもお客さんに来てもらえたらと思ってね」

 空本は静かに頷いた。湊山商店街が、地域の盛り上がりに合わせて新しい試みをしようとする姿勢は心強かった。しかし、彼の心の中には一つ大きな疑念があった。この商店街の将来に関わる重要な情報について、吉岡は知っているのかどうかを確かめる必要があった。

「吉岡さん、ちょっとお聞きしたいことがあるんです」と空本が真剣な目つきで切り出すと、吉岡は表情を引き締め、身を乗り出した。

「その阪栄グループがこの近くにショッピングセンターを出店する計画があると耳にしたんですが…何かご存知ですか?」

 吉岡は驚いたように目を見開き、少しためらった後、ゆっくりと頷いた。その表情には明らかに戸惑いと不安が浮かび、言葉を選ぶようにして続けた。

「ああ、その噂は私も耳にしているよ。でも、まだ正式な発表があったわけじゃないし、商店街の組合でも知らない人が多いだろうね」

「そうですか…」空本は重く頷きながら、吉岡の表情を注視した。吉岡の顔に浮かんでいるのは、隠しきれない不安だった。

 吉岡は息をつき、テーブルの上に手を置いて空本に向き直った。「もしそれが本当なら、湊山商店街にとってはかなりの試練になるよ。今でもお客さんの数は減ってるし、後継者問題も深刻だからね」

「やはり、後継者の問題も大きいんですね」空本は問いかけるように言った。

 吉岡は深く息を吐き出しながら頷いた。
 
「うちの商店街、もう店主の大半が高齢者でね。子供たちは商売を継ぐ気がなくて、別の道を選んでしまう。例えば、魚屋の小林さんのところも、息子さんは東京でIT関係の仕事に就いちゃったんだ。そうなると、いずれ店は閉めざるを得ないだろう。阪栄グループで働いている若者もいるくらいさ。彼らにしてみれば、ショッピングセンターの出店は雇用の拡大に繋がるから、反対する理由はないかもしれないんだ」

 空本は静かにその言葉を受け止めた。商店街に根ざした小さな個人経営の店が、どんどん閉店していくのは、その店の経営問題だけではなく、地域全体の価値観の変化でもある。それは時代の流れかもしれないが、空本にはその流れを食い止めることができる手段を見つけたいという強い想いがあった。

「吉岡さん、うみべの里デイサービスの件もありがとうございました。私も微力ですが、何とかお手伝いさせていただきます。湊山商店街がこれからも地域に愛される場所であり続けられるように、いろいろと一緒に考えさせてください」

 吉岡はその言葉に、目を輝かせて頷いた。「頼りにしているよ、空本さん。今は状況は厳しいけれど、商店街を守るために一緒にやれることをやっていこう」

 空本は吉岡と固く握手を交わし、湊山商店街の未来に向けての一歩を決意した。

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