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食と農と環境の未来を、土と肥料と微生物の専門家から学ぶ vol.3

80億人を超える世界人口に温暖化、一向にあがる気配のない国内の食料自給率。そんな簡単に答えの出ない問題に、人間の歴史と暮らしに深く関わる3つの学問からアプローチするこの講座。

・農業の土台であり、森林減少や地球温暖化とも密接に関わる土壌学
・人口増加を支えてきた化学肥料に関わる肥料学、植物栄養学
・環境負荷の低い自然栽培の可能性を示す植物生態学

それぞれの学問の専門家の話を聞き、自然の土壌を観察しながら「未来」を考える。そんなスモールファーマーズの「新たな学び」の現場をレポートします。

2023年・スモールファーマーズ春季集中講座 |第3回:
自然栽培の研究者から無施肥や無農薬の可能性について学び、考える。

杉山修一(すぎやま しゅういち)先生
弘前大学名誉教授。専門は植物生態学。著書は『すごい畑のすごい土』(幻冬舎新書)、『ここまでわかった自然栽培』(農山漁村文化協会)。無肥料・無農薬栽培の研究における第一人者。

杉山 修一 先生

自然栽培ってどんな栽培?

「自然栽培を成功させるためには、無肥料・無農薬栽培の“科学的な仕組み”を理解することが必要です」と話されるのは、木村秋則さん(奇跡のリンゴ)の自然栽培を解説した『すごい畑のすごい土』の著者、杉山修一先生。

杉山先生が木村さんのリンゴに出会った頃は「無肥料・無農薬での栽培などできるはずがない」と捉える人が多かった時代。やがて先生は、宮城の米農家・黒澤重雄さんにも出会われました。黒澤さんは自然栽培を30年間継続し、慣行栽培と肩を並べる収量をあげておられるそうです。

それにしても何故、長期間無肥料であるにも関わらず高収量を維持し続けられるのでしょう?自然栽培とはいったいどんな栽培なのか?
窒素を投入しないで持続的に作物を生産することは不可能という、これまでの常識を覆す新しい可能性を、先生の言葉が紐解き始めました。

杉山先生の著書「ここまでわかった自然栽培」
今日のテーマ「自然栽培」について、先生の研究が詳しく説明されています。

微生物たちがもたらす窒素の循環

作物の栽培に欠かせない窒素・リン酸・カリ。その中でも、窒素は土壌中に鉱物として存在していません。そのため従来の農法は、作物が吸収できる窒素を外部から投入しようという発想で行われていますが、
「自然栽培は、化学肥料や堆肥を投入するのではなく、土地の持つ力、地力で作物を栽培するという考え方です。では無肥料でどうやって持続的な生産活動をするかということですが、そのキーワードは“土壌微生物の活性化”です」と話される杉山先生。

キーと言われた微生物。目に見えない小さな生き物たちに、80億の人口の食糧生産を支える力があるということでしょうか?堆肥も肥料も与えなければ、どんどん栄養塩は減っていき、いつかなくなってしまうのではないでしょうか?そんな疑問に先生の言葉が続きます。

先生のお話に聞きいる受講生たち。
講座後は熱心な質問や相談も飛び交いました。

「土中鉱物として存在しない窒素を、微生物が大気から“生物的に固定”していきます。その経路をいかに安定的に維持するかということが重要で、そのために微生物の動きを活性化させる必要があります」

工業的な窒素固定では、窒素ガスと水素ガスを高温・高気圧でアンモニアに合成します。これに対して、水田や畑で活躍する微生物たちは、高温・高気圧という特殊な環境下でなくても大気中の窒素からアンモニアを合成し、作物に無機態窒素を供給できるのだそうです。

また、土中に戻した収穫残渣などの有機物も、微生物によって窒素に分解され作物に吸収されていきます。
土壌で起こるこの二つのサイクル=窒素の循環によって、肥料・堆肥を投入しなくとも、窒素が作物に供給されていくのだと言います。

「この微生物が自律的に窒素供給するシステムは、肥料や堆肥の投入という従来の窒素供給が抑えられることで働き始めます。そしてこのシステムをうまく作動させることが、自然栽培の技術と言えます」

更に、土壌中のリンやカリを作物が吸収できる状態に分解する微生物、リンを広い範囲から集めて供給する菌根菌などなど、次々に微生物の活躍が先生から明かされていきました。


未来の農業を考える、システムの変化

「自然栽培は、単に肥料・堆肥を入れない栽培を指すのではなく、“農地の生態系システムに変化を引き起こす”ことです。そして生態系のシステムを利用して生産性を高める技術です」

農の生態系に変化を引き起こす。
それは肥料や堆肥の投入をしないことで、土壌微生物を活性化させ、化石エネルギーの役割を生物に任せ(生物多様性、窒素固定、菌根菌、天敵昆虫、内生菌)、土壌の自律的な栄養塩供給と循環の力を向上させること。農地に生息する生物同士の相互作用を強化し、病害虫や雑草の被害を抑えること。

しかし、生態系を変えていくことは容易ではありません。現在無投入で生産を続けている農家さんも、まずは有機農業で地力を蓄え、数年の月日をかけて無投入でも高い生産性を担保した栽培環境にたどり着くという、農地の“システム変化”をさせてきたのだそうです。

また、土壌そのものへの考え方の変化も必要だと言います。
従来の『土壌は作物を支持する物理的空間であり、作物を持続的に栽培する肥料として、外部から栄養塩を補給することが不可欠である』という考え方から、『土壌は微生物を中心とする多様な生物が集まった複雑な生態系であり、外部に持ち出された栄養塩を自律的に供給する能力を持つ』という捉え方へとの変化。

それは単に農法の違いや、資材の種類や使い方に留まらない、地域ごとの気候や土地の成り立ち、母材、肥料の歴史や課題を知り、考えることことで『関係するすべての生物と人間の間に、公正な関係を築くと共に生命と生活の質を高める(IFOAM・有機農業の定義より抜粋)』ことに繋がっているのかも知れません。

やがて講座も終わりに近付き、
「自然栽培は単に自然の模倣ではない、新しい栽培技術であり、未来の農業を考えるうえで、イノベーティブな栽培技術ではないかと考えています」と、杉山先生は締めくくられました。


三回の講座を通じて学んだ、土の成り立ちや、肥料の役割と環境への影響と課題。そして新しい栽培技術の可能性。先生方が示してくださった多様な情報と価値観は、現代社会を生き、農に関わる受講生それぞれが農と食、環境を考える大きなきっかけになったのではないでしょうか。

80億人を超える世界人口に温暖化、一向にあがる気配のない国内の食料自給率。そんな簡単に答えの出ない問題に、人間の歴史と暮らしに深く関わる3つの学問からアプローチするこの講座。レポートはこれにて終了となりますが、明日からまた農地に立ち、野菜を食べる日々の中で、先生方の言葉を思い返しながら、自分にとっての「未来」を考えてみたいと思います。


レポートする人
今井幸世さん

2021年の夏から野菜づくりの勉強を始める。はじめての土、はじめての野菜、これまで想像もしなかったたくさんの経験と自然のふしぎを通じて、環境と状況の中にある自分を発見。自然の摂理に沿って生き、はたらき、出会い、食べる暮らしを目指し自給農に挑戦中。


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