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【連載小説】妖と結婚したら加虐者だった話7【妖の加虐者】

前回のお話はこちら!

百鬼さんが鬼退治に行ってから、三日の時がたった。
私を気遣ってか、一目さんはいつも通りを装ってくれている。
それどころか、前以上に百鬼さんが帰ってこないことへの不安を埋めるためか、話しかけてくれている。

「魅音様、おひとりでお食事をするのが寂しければ、私と食べませんか」

夕餉のお味噌汁をよそっていると、一目さんがダイニングに入ってきてそういった。

「あ、お気持ちは嬉しいんですけど、一人前しか作ってなくて」
「いえ、自分の分は作ってきました」

そう言って、一目さんはお弁当箱をかかげた。
暖かいものもあった方がいいだろうと、唯一多めに作っていたお味噌汁を一目さんの分もよそって、食卓に置く。

百鬼さんの部屋で話した後に、一目さんは百鬼さんが死亡した場合は報告が入ると言っていた。
まだ、その報告は来ていないらしい。

正直、一目さんが私に話しかける度に、その報告が入るのではないかと心が落ち着かない。
こうして同じ食卓を囲むことさえも、百鬼さんの死亡を切り出すためなのではないかと、食事の味がわからず、喉を通らなくなる。

だがしかし、折角のご厚意を無下にはできない。
それどころか、仕事もしておらず、養ってもらっている状態だ。
百鬼さんが居ない今、お荷物もお荷物なのだ。
滅多なことは言えない。

一目さんは、食卓の百鬼さんが座る場所に腰かけると、重箱を開けた。
料理の腕はたしかで、艶やかな煮物やお米、焼き魚やお浸しが詰め込まれている。
百鬼さんは、ずっとこれを食べてきたのだろう。

「若旦那の事が、気になりますか」

一目さんがお味噌汁に口を付けながら言った。

「はい、勿論」

仕事を辞めて、この家に居るとどうしても暇がある。
そのたびに、百鬼さんの事を考えてしまう。悪い方に。
その考えに思考が支配されそうになる度に、家中を掃除して回った。

今日のお昼も、一目さんがやらなくてもいいと言っていたのにも関わらず、広い廊下にひたすら雑巾をかけていた。

一目さんはこれ以上、止めるに止められないといった様子で、何か部屋にこもって別の事をやっていた様子だった。

家を出ていないと、特にする話は無い。
百鬼さんも、話しかけてはくれるものの、もともと寡黙な人である。

すぐに静かな食卓へと変わり果て、気まずい沈黙が二人の間をかけたその時だった。

玄関から、大きな引き戸を開ける音が鳴った。
そして、すぐにわらわらと妖達の声と、廊下を歩く音が、家中に鳴り響いた。

「帰りました! 若旦那が、帰られました!」

若い妖の声が、ダイニングに響き渡る。
その声を聞いた途端、私と一目さんは玄関へと駆け出した。

「百鬼さん!」

大きな声で呼びかけながら、玄関へ向かう。

そこには、傷だらけで、呼吸は粗く、今にも倒れそうな百鬼さんが、若い妖に担がれている姿があった。

「えらい、遅くなって……しもたねぇ……」

百鬼さんは息も絶え絶えに言った。

「一目、おおきに。見ての通りやから、治療の道具の準備してくれへん?」
「はい、承知いたしました」

一目さんはすぐさま、救急箱を取りに走り出す。

私は、百鬼さんを支えようと、手を伸ばした。

「触らんといて」

百鬼さんの冷たい声が響いた。
瞳孔の開いた、ぎらつく獣の瞳の奥が、冷たくゆらいでいる。
拒絶されてうろたえた手が、空を切ったまま、何も掴まず私の腰元へと戻っていった。

「魅音、自分の部屋に布団引けるやろ。しばらくそこで寝といて。寝室、入ってきたらあかん」

百鬼さんはそういい捨てると、準備が終わって戻ってきた一目さんの肩を借りると、寝室へと向かっていった。
その後ろ姿を、私は何もすることができないまま見送った。



手持ち無沙汰に、ダイニングに戻り食事の続きを取る。
冷めきったお味噌汁が、しょっぱく感じる。
生きて帰ってきてくれたのは嬉しい。だがしかし、人が変わったかのような百鬼さんを受け入れられないままでいた。

扉が開いて、一目さんが入ってきた。
何も話しかけず、反応もできない。今は誰とも話したくない。

「若旦那は眠られました」

一目さんが呟いた。
ちらりと見ると、百鬼さんが出したであろう血で服の裾が汚れている。

「命の危険に瀕したとき、生き物は子孫を残そうとします。若旦那がああいったのは、本能であなた様を傷つけないためだと思います」

そう言い残して、彼は自室へと戻っていった。
百鬼さんは、妖の本能を自制している。
全ては、私のため……?
気付いた途端、腹のそこから湧き出てくる、自分へのくやしさがあった。

このままではおんぶにだっこ。
気を使われるばかりで百鬼さんの負担になるばかりだ。
何が夫婦だ。そんなもの、夫婦じゃない。
辛い時、苦しい時、支えあえるのが伴侶のはずだ。

私はあわてて食事をかきこむと、食器を水につけるだけして、寝室へと向かった。

部屋に乗り込むと、鍵はかかっていなかった。
一目さんが気を使ってくれたのだろう。
寝息を立てながら、時折呻く百鬼さんの姿が見える。

私は起こさないように近寄ると、そっと額に手を置いた。

「百鬼さん……」

綺麗に包帯が撒かれた肉体は、ところどころ下のガーゼで吸い込みきれなかった血がにじんでいる。
一刻も早く帰ろうとして、まだ血が乾かぬうちに戻って来てくれたのだろう。
いくら妖が人の身体より丈夫だからと言って、きっと治るまでにかなりの時間はかかるだろう。
百鬼さんが怒っても、世話をしよう。

そう思って額から手を離した瞬間に、手首を強い力で掴まれた。

「入ってこんといてって、言ったはずやけど」

開いた瞼のその隙間から、月夜に照らされた赤い瞳が、鋭く私を睨みつけた。

「お世話をします。私が、百鬼さんの」
「一目に任せる。魅音はこんといて」
「嫌です」

百鬼さんに負けじと、冷静に強い声色で説得を試みる。
彼は眉間にしわを寄せたが、私の頑なな姿勢を察したのか、口を開いた。

「……襲ってまうよ。このままやと」

百鬼さんの手が、少しだけ震えている。
今にも暴走しそうな本能と戦っているかのように、私の手首を強く強く掴む。

「どうぞ」

私の言葉に、百鬼さんは目を見開いた。

「どういう事か、わかっとるん?」
「わかっています。妖の本能による加虐。それを行われるんでしょう?」
「痛い事、すんねんで」

百鬼さんは私の手を離すと、布団をかけなおして背を向けた。
今すぐ出ていけと言わんばかりに。

私は一度立って、百鬼さんの眼前に座りなおした。
私の姿を、目に焼き付けるように。

「わかっています。それでも受け入れると言っているんです。私はあなたの妻なので。もう、腹をくくりました」

私がそう言い終わるか、終わらないかの途端に、世界がぐるりとひっくり返った。

強い力で、布団へと押し倒されたのだ。

視界に広がる木製の天井と、百鬼さん。

嬉しそうに舌なめずりをする、ぎらついた眼光の”妖”
濃い血の色を漂わせながら、今にも喰ってしまうと言わんばかりの、鋭い歯が唾液に濡れて反射している。

「いいんやね」
「二語はありません」

百鬼さんの瞳の色が変わったその途端。
酷い痛みが首筋に走った。

「ああっ……!!」

思わず絶叫の雄たけびが部屋に響いた。
噛みつかれた首筋が熱を持って痛む。
それでもお構いなしに、百鬼さんは少し位置をずらして、噛みついた。

「っ……!」

歯を食いしばって耐える。
きっと青あざができるだろう。それでも、百鬼さんが負った傷よりは全然可愛いものだ。

百鬼さんは私の服を荒々しく引き裂くと、下へ下へと顔を寄せていく。
全てを食らうように、体中に噛み痕を残しながら。

「うっ……ううっ……!」

うめき声が口からこぼれ出て、涙が頬を濡らす。
痛い。突き刺す犬歯の鋭い痛みが、体中を支配する。
口が離れても、また顔を近づけられるだけで、噛まれる恐怖で身体に力がこもった。

「痛いよなあ」

体中に噛み痕を残して、もう噛まれていないところなんて無いんじゃないかと思う頃合いに、百鬼さんが言った。

そしてどこからともなく、細い棒のまとまった何かを取り出した。

「これ、何かわかる?」
「わか……りません」

恐怖で震える声を無理矢理灰から押し出して、返事をすると、百鬼さんはニタリと赤い舌で唇を舐めて言った。

「竹鞭、って言うんよ」

百鬼さんの手に握られた竹鞭が、私の身体をなぞる。
弱い脇腹を擽るように降りて、痛みに集中していた身体がびくびくと跳ねた。

「四つん這い」

吐き捨てるように百鬼さんが言った。
おずおずと身体を起こし、両手を布団の上につく。
既に脱がされている服のせいで、あられもない場所を百鬼さんの近くに、自分の意志で明け渡すようで、羞恥で腰が引けた。

見ないでほしい、見えないでほしい。

「おしり、こっちに突き出して」

私の気持ちなんて知りもしないかのように、百鬼さんは指示を出した。
恥ずかしさで迷っているうちに、バチンとおしりに痛みが走った。

「いっ……!」

電撃のように走る痛みに、身体が前へと逃げた。

「早よして」

百鬼さんの冷たい声が怖くて、おしりをぐっと突き出した。

「ええ子やね」

そういいながらも、おしりには竹鞭の鋭い感覚が撃ち込まれた。

「ひぐっ!」

情けない声が漏れだした。
噛むときとはまた違う、強い殴打の痛み。
今にも逃げ出したいほどの痛みをぐっとこらえ、シーツを掴んで耐える。

力をこめすぎた指先が、白くなっている。
後ろから、また竹鞭を振りかぶる気配がした。

「ああっ……!」

衝撃が尻たぶの肉に広がって、全身を駆け巡る。
熱を持ったその場所が、必死に逃げろと告げている。
にじんだ視界が、薄暗い部屋で何か気をそらせるものはないかと必死に眼球を動かして探している。

「もう一回」
「ああっ!」

先程打たれた場所と逆のところに打たれた竹鞭。
もう両方のおしりの肉は、どちらも痛みで限界だった。

「かわいいなあ」

百鬼さんはそうつぶやいた。
ジンジンと熱が広がって、火傷しそうな程熱い。

「あらら……。痛いはずなんにねえ」

百鬼さんの指先が、私の秘部のぬるつきをすくいあげるように、下から上へと這わされた。

「んっあァ……」
「痛いはずなんに、こんなに濡らして」

ぬるぬるとその場所の感触を楽しむかのように擦られ、思わず腰が前後に揺れる。

痛いはずなのに、どうして。

「次はもっと痛いの、させてもらおうかな」

歯ァ、食いしばりぃ。
間延びしたような京都弁の百鬼さんの声が、後ろから覆うように身体を包み込まれたまま、耳に吹き込まれた。

そして身体が離れた瞬間、大きく振りかぶる腕が視界の隅にちらついた。

痛みが。
強い、痛みが来る。
強い妖の、強い一撃。それが、来る。

もう断片的にしか働かない頭が、逃げろとアラートを鳴らす。
もうだめだ。もう耐えられないと心が言っている。

今にも逃げ出したい。でももう、身体は恐怖で動かない。
私はぐっと目をつむり、衝撃に耐えるために強くシーツを握りこんだ。

そして竹鞭が、私のおしりへと振り落とされた――。




writer:マゾ猫

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