贈り物。愛する女性からの〜手帳の佇まい(18)
彼がその手帳を
奥さんから贈られたのは
16年前だった。
当時、僕は30歳だった彼と
日本橋や銀座でよく飲んだ。
「妻から先週の誕生日に貰ったんです」
と僕に見せてくれたのだ。
KNOX社、KNOXBRINのシステム手帳、
バイブルサイズ、15ミリ径、
カーフ革のダークブラウン。
日本製の手仕事、
柔らかな手触りが絶妙だった。
昨日、彼と5年ぶりに再開し、
食事をした。
彼はおもむろにKNOX手帳を
テーブルに置いた。
その瞬間、僕らの16年前が蘇った。
まだ新人だった彼と、
やさぐれて、荒々だったぼくと。
今や彼のその手帳は
焦げ茶色の革が程良くしんなりとし、
光沢にも熟成の風情がある。
彼は16年のシステム手帳歴で
一度も他の商品を使っておらず
このKNOX一筋。
他に目移りしたこともないという。
奥さんが聞いたらどんなに喜ぶだろう。
そして特筆すべきは手書きのリフィル。
彼はこの手帳を
スケジュール管理にのみ使用。
100円ショップで
横線の入ったリフィルを買い、
1ページに1週間分の日付と曜日を
自分で書いているのだ。
朴訥な4月21,22日などの文字が並ぶ。
今どき珍しいこの手作り文具が瑞々しく、
僕は心を大きく揺さぶられた。
そして圧巻は、
その手帳の内側ポケットに
16年前当時の商品説明書が
未だに差し込まれていること。
一度も読み返してはいないというが
これを後生大事に保管しながら
持ち歩いているとは。
彼はさほど物に執着しない。
このアイテムはこのブランドでないと、
というのがない人なのだ。
そして素朴、純粋、静かなる夫。
そんな彼を長年愛する妻。
この夫婦は歳月と共に熟成されている。
その手帳の本革のように。
彼のKNOXには
奥さんの想いが宿る。
仕事のときですら
彼と時間を共にし、
彼を見守っている。
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