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6ミニッツダイアリー朝イチの質問「私がいま感謝しているのは・・・」

昨年ゴールデンウィーク明けから毎日書いてる6ミニッツダイアリー、今日で322日目。
  
毎朝起き抜けに
「私がいま感謝しているのは…」という問いかけがきます。

最初は、低血圧のため頭が働かず、えー、朝から?なにか感謝できることってあるのかな?そんな?と戸惑っていたけど、
やっぱりよくよく考えると

①朝起きることができた。勇樹(写真家の名前)さんがいる。
②仕事がある。仲間がいる。
③ご先祖さまに感謝。とほかみえみため(祝詞)

ということしかなくて
何もしてなくても「今ここに在る(存在している)」ことこそが全てのスタートだ、としか思い当たらない。
  
起きることができた(生きている)、大事な人も生きている、仕事があることも、仲間がいることも、有り難く素晴らしいことで、
これはなぜそんなことができているかというと、自分が生まれたからそんなことを享受できているんだろう。

両親が出会ってなければ私は生まれておらず、そして両親が生まれてなければ私は存在しなかったわけで、というところまでいくと、自分の先祖がいたから自分がいるのだというのは理解できる、というかそれしか証明できる確実なことはないはずで、それは果てしなく自分では思い及ばない自然の摂理とかそんな大いなるものに導かれていることを思うと、なにか神聖な言葉を唱えたくなる。祈りに近い氣持ち。
 
そんなことを50歳になってすぐから、もう320日も朝から祈って感謝できるようになったんだな、と思うとなんだか習慣ってすごい。
  
誰かからの押し付けや、怪しいナントカからの受け売りとかじゃなく、自分の中から本当に出てきた言葉で氣づきがあったのが自然で無理がなく腹落ちしててよい。
 
みなさんが神棚で毎日行っていることを私はこうやって書くことでなにか大いなるものと対話しているような氣持ちをもって毎日過ごしている。

それだけでも、このダイアリーと出会ってよかったなと思うので、思わず一緒に仲間になりませんか?とお誘いしてしまう次第です。

ヒカル

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