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知らない本、いつか読みたい本に出会える愉しさ

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SlowNewsを愉しんでくださっているユーザーは、どんな使い方をしているのでしょうか。東洋経済新報社で、東洋経済オンラインや週刊東洋経済の編集長を歴任した山田俊浩・会社四季報センター長に聞いてみました。第一線で活躍する経済ジャーナリストは、いろんなジャンルのノンフィクションを同時に読み進めているといいます。その秘訣とは。

トップの写真は、メディアのドン、渡邉恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役主筆に切り込む山田氏(撮影:尾形文繁、2019年6月)

江夏の21球

SlowNewsの会員になって最初に読んだのは、『江夏の21球』(KADOKAWA・2017年)でした。山際淳司さんの不朽の名作ですが、恥ずかしながらしっかりと読んでいませんでした。冒頭から山際さんの文章に引き込まれ、名作と言われるノンフィクションの力を感じました。

1979年、広島と近鉄が対戦した日本シリーズは3勝3敗で第7戦にもつれ込んだ。広島の守護神だった江夏豊投手は、4-3の1点リードで迎えた9回裏のマウンドに上がる。その時、投げた21球を通してプロ野球の醍醐味がドラマチックに書き上げられています。

無死満塁の絶体絶命のピンチを迎えながら無得点に抑えて広島は初めて日本一を手にするわけですが、緻密な戦略や心理戦の背後にある人間ドラマは、いま読んでも全く色あせていません。

この作品が世に出た当時はノンフィクション全盛期。その時代の作品の奥深さに感動させられました。

様々なジャンルのノンフィクションが読めるSlowNewsは、新刊本ばかりを追っていると忘れがちな、不朽の名作の存在に気づかせてくれます。

意外な本との「再会」

しかも、サブスクの会員になってしまえば、あとは気軽。アマゾンのKindleのような電子書籍の場合にはサンプルをダウンロードするだけでも、それなりに時間と手間が掛かるので、そこに高いハードルがある。でも、SlowNewsにはダウンロードというハードルがない。スマホでもタブレットでもパソコンでも、ウェブブラウザから気軽に読めるので、気楽に読み始めることができる。

意外な本との「再会」もあります。『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社・2019年)は、アメリカのメディアの歴史と問題が体系的に書かれている良質な作品です。が、これは出版当時、飛ばし読みをしただけで、本棚に置かれたままでした。今回、SlowNewsで読んでみると、抜群におもしろいことを再発見。おかげで、紙の本でじっくり読むことができました。

Kindleなどの電子書籍との違いということでは、紙の形式にこだわっていないこと。1ページが長く設定され、縦スクロールでするっと読み進めることができるのも大きな特徴だと思います。1冊の新書が全体で30ページほどに区切られているので、それほど時間を掛けずに読めるような感じがする。

早坂隆さんの『永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」』は重厚な歴史作品ですが、SlowNewsでは27ぺージ。これであれば、読み切ることができそう。入り口での抵抗感がありません。

読書時間が増える

SlowNewsの挑戦が画期的なのは、ウェブ上に「ノンフィクションの塊」を作り上げようとしていること。古今東西のノンフィクションを掲載していくことで、「知の集積地」のひとつとして定着する可能性がある。ここでしか読めない独自コンテンツを充実させようという試みも面白いですよね。ちょっと褒めすぎかもしれませんが、「ノンフィクションテキストメディアのNetflix」のような存在になるかもしれない。

個人的には、20年前の作品から最近の作品まで、切り分けることなく、一つのウェブページ上に同価値で表示されているのが楽しい。書店に例えるならば、売れ筋の新刊本に偏ることなく、過去の名作もたくさん揃えている書店のイメージです。

昭和史」「宗教」「人物伝・回顧録」「野球」「泣けるノンフィクション」などのタグもこだわりの書店っぽい。このタグを手繰っていけば、自分の関心に従った作品を容易に探せるようになっているので、時間軸を超えて知的好奇心を満たすことができます。

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これまで知らなかった、あるいはいつか読みたいと思いながら忘れていた本に簡単に出合える。レビューやコメントのような書き込み機能がないことで、シンプルかつ機能的なサイトになっている。アマゾンのようなレビューを売りとし、その内容が大きな影響を与えるサイトとは異なる価値を提供していると思います。

読書時間を増やす効果もある。紙の書籍は、家のリビング、ベッド、トイレなどで読むけれども、何冊も持ち歩くことは難しい。でも、SlowNewsはスマホで読めるので、電車での移動時間にも読書を楽しめる。個人的には、夜中にのんびり湯船につかりながら、防水スマホで読むことが多いですね。

今後の料金設定次第では、ノンフィクションの読み手が若い世代にも増えていくのではないでしょうか。結果として、書籍に触れる人が増えることに期待したいところです。

便利な「閲覧履歴」の使い方

私はタブレットやスマホでKindleのアプリも愛用しているのですが、最初から最後まできれいに読むのではなく、ライブラリーに買い込んでおいて、並行して読み進めていくスタイルです。そして、これぞと思った本については、紙の書籍も購入してじっくり線を引きながら読んでいます。そんな読み方をしているビジネスパーソンは多いと思います。

そうした中でSlowNewsならでは利点はどこにあるのか。それは閲覧履歴が残り、再訪したときには続きから表示されることだと思っています。

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この閲覧履歴を使えば、別端末からであっても続きから読めるので便利。Kindleも続きから読むことはできるけれども、アプリを立ち上げるのが意外と面倒なんですよね。

とにかく気になる作品を目にしたら、手当たり次第にクリックしてななめ読みをしていくのがおすすめ。サブスクだから、値段を気にする必要はないわけです。

経営者はなぜノンフィクションを読むのか

仕事柄、経営者に会ったり取材したりすることが多いのですが、優秀な経営者は、ドキュメンタリー系のノンフィクションをたくさん読み込んでいるように思います。好奇心を研ぎ澄ませて、世の中で何が起こっているか、社会がどのように動いているかを知ることは、経営判断にも直結するからでしょう。

しかも企業経営や経営者の評伝に関する本だけでなく、幅広いノンフィクションを読んでいるように思います。アナロジー(類推)や想像力を働かせれば、なんでも経営のヒントになるんですよね。

一冊の本を通して読書を楽しむ小説と違い、ノンフィクションの多くは章ごとや節ごとに話がまとまっている作品が多いだから気になったところをつまみ食いしたっていいわけです。そして気になる本については紙の本を買ってじっくり読めばいい。ノンフィクションの多読は、知的な情報を蓄積するために必要なことだし、SlowNewsはそのための強力なツールになることでしょう。

私がSlowNewsに最も共感し期待しているのは、SlowNewsが書き手を育成するエコシステムを構想していること。育成は「賞金を渡して終わり」といったものではありません。根付かせるためには時間も手間も掛かるはずですが、着実に進めていってほしいと思います。


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やまだ・としひろ
早稲田大学卒。東洋経済新報社に入り、IT分野を中心に記者として活躍。ニュース編集長、東洋経済オンライン編集長、週刊東洋経済編集長を経て、2020年10月から会社四季報センター長、編集局次長。著書に『孫正義の将来』(東洋経済新報社)。趣味はオーボエ(都民交響楽団所属)