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それでも漁と、人と、向き合い続けるワッデン海の漁師~オランダレポート➁~

この記事は、スローフードユース東京のメンバー・森田早紀が担当しました。4年間のオランダ留学を終えて1年が経ち、改めてオランダの農業や食事情を見に行こうと2023年夏、3週間の旅に行ってきました。今回の旅ではBarbaraさんと再会しお話することができ、とても嬉しかったです。他にもオランダの農業や食について興味のある方は、ぜひこちらのnoteもご覧ください。
https://note.com/seedsoilsoul3982

漁業は白黒の世界じゃないし、人生だって白黒じゃない。
怒りをにじませた声で、オランダの漁師さん は語りました。

TS31 “Internos” という名の船に乗って活動するご夫婦、Barbara(バーバラ)さんとJan(ヤン)さん。ワッデン海で牡蛎や、ヨーロッパスズキやメルルーサなどの魚を捕りつつ、週末にはLawersoog(ラゥアーズオーグ)というオランダ北部の沿岸部の町で、’t Ailand(エット・アィランド) という漁師直営レストランを開いています。また、Janさんは金曜日にはユトレヒト、土曜日はアムステルダムに赴き、オーガニックマルシェに出店しています。彼らを含むワッデン海の漁師さんたちは、スローフードの味の箱船の中でも、特に消滅の危機に瀕している、”味を守る最後の砦”「プレシディオ」に登録されています。その理由の大部分は本記事でも深堀りするように、厳しくなり続ける規制と先行きの不透明感、そしてそれに伴う担い手の減少です。

レストラン ‘t Ailand内には、イタリアで行われるテッラマードレで使われた看板も飾ってありました

スローフードとは?
「Good, Clean, Fairな食べ物をすべての人が享受できるように」をスローガンとした、私たちの食とそれを取り巻くシステムをより良いものにするための世界的な草の根運動。
スローフードとは | 日本スローフード協会 (slowfood-nippon.jp)
#スローフィッシュ | 日本スローフード協会 (slowfood-nippon.jp)

味の箱船とは?
このままでは消えてしまうかもしれない、各地方の伝統的かつ固有な在来品種や加工食品、伝統漁法による魚介類などを世界共通のガイドラインで選定し、様々な支援策によって、その生産や消費を守り、地域における食の多様性を守ろうという取り組み。
味の箱船 | 日本スローフード協会 (slowfood-nippon.jp)
プレシディオ | 日本スローフード協会 (slowfood-nippon.jp)

今回は、オランダの漁業事情についてBarbaraさんにお話を伺いました。


業界が一掃された


オランダの漁業は全体的な先行き不透明感に包まれています。
主な原因は、まず一つ、EU(ヨーロッパ連合)が北海における底引き網漁を禁止しようとしていること。環境保護団体の要求もあり、年々漁業に対する環境規制は厳しくなっています。
また、オランダ北部の海では洋上風力発電の施設が建てられています。エネルギー発電のために面積をつかう分、自然保護区も作って自然を保護するのですが、結果的に漁業できる場所が大幅に減ることになります。追い打ちをかけるように燃料代も大幅に上がり、漁をする意味が無くなるくらいになってしまいました。
ここ一年で、漁業用の良い船の半分くらいが解体されたと思います。ゆうに100年くらい使える良い船なのに、役割を失い、解体されて金属くずとして売られるのです。そして、漁をする船が減り、水揚げ量が少なすぎるため、オークションが閉鎖された港もあります。
これは小規模漁師にとっては大打撃です。
活発な港であれば、共同で買い付けて安く資材を手に入れたり、製氷機や保管庫のコストを分担したりできる訳ですが。自社で製氷機や保管庫を買うような余裕が無い小規模漁師さんたちは、こうして廃業に追い込まれていきます。

先行き不透明のため新規参入者はほぼいないが、Barbaraさんたちは積極的に若いボランティアも受け入れる

自然環境は保護されるかもしれないが、文化が壊され、人の心も壊れてゆく


環境保護団体からの圧力、政府の規制は漁師たちを追い詰めていますが、漁師たちも実はかなりの努力をしてきているのです。
例えば小さい魚が逃げられるような穴の大きい網を使ったり、水中カメラをセットして魚の生態を観察し、ターゲットの魚以外があまり掛からないような漁の仕方を模索したり。
オランダの漁師のほとんどが家族経営や自営で、海の資源や環境を大切にしようという想いがとても強いのです。
自然保護団体は、そんな漁師さんの心を全く気にしていないように私には見えます。白黒で漁業を批判しているように感じますが、漁業は白黒の世界じゃないし、人生だって白黒ではないのです。

ワッデン海の牡蛎礁で小さな道具と手を使って取った牡蛎を積んで港へ帰る。漁に出るときは大抵、船上で2泊から3泊する

オランダ北部の沿岸部ではエビ漁(ヨーロッパエビジャコというエビの一種で、成体の体長は30 - 50mm程度)が昔から盛んで、経済や雇用を支えるだけでなく、地域の人びとの心を作ってきました。
オランダ北部のあるでは、毎年、町で一番かわいい女性を決めるイベントがあるのですが、優勝者は「エビ女王」(※筆者注 ミセスジャパン、のような感じです)と呼ばれます。Broodje Garnalenというエビの乗ったパンも名物ですが、このような文化なんてどうでもいいと思われているように感じるのです。

さらに、Lauwersoogはエビが水揚げの大半を占める漁港なので、エビを捕れなくなったらこの漁港は命を失うでしょう。私たちも製氷機などを自分たちで買わなければいけなくなり、そうなったら経営がどうなるのかもわかりません。

自分のソーシャルバブルではもちろんその論が正しいけれど


もしもエビ漁が本当に環境に悪影響を及ぼしているのだとしたら、「エビ漁が悪い」というのではなく、なぜそうなっているのか、どうしたら変えられるのか、を話し合うべきなのではないでしょうか。
私たちはそれぞれソーシャルバブルの中に居て、そのソーシャルバブルの中では「うちらの論は正しくて、他のソーシャルバブルの論は間違っている」と語られます。しかし、大きな変化を必要としている今、考えの違う人に対してそのように閉ざしていたら、人類は滅びるでしょう。まあ、それでも良いのかもしれませんが。
もし自分が拒否反応を起こすような人や業界やアイディアがあるなら、一度飛び込んでみる価値はあるでしょう。根っから悪い人なんて、そんなにいませんから。

...
始終、怒りを表しながら喋っていたBarbaraさんですが、そこには人に対する愛が垣間見えました。来年漁を続けられるのかすらわからない、そんな厳しい状況の中でも漁を続けているのは、人と海を繋ぎたいという強い想いがあるからです。ワッデン海の自然について、漁の歴史や技術、漁師さんの想いについて、直接触れて知って感じてほしい。だから漁師直営レストランの経営やマルシェ出店をしてお客さんに直接海の産物とストーリーを届けるし、ボランティアや研究者を受け入れて一緒に船に乗り、仕事も食事も共にします。

筆者自身、Barbaraさん・Janさんと知り合ったのは一週間のボランティア体験(WWOOF)を通してでした。壮大なワッデン海に身一つで臨み、天気や潮の満ち引き、魚の行動などを読んで漁をする。過酷な仕事ではありましたが、やり方次第で漁が生態系を支えることだってできる、そんなことを学び、BarbaraさんとJanさんの熱い想いを感じた一週間でした。

魚は一匹一匹、手で網から外します。氷の入った保存コンテナに入れる前にパシャリ


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