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最後の大学入試センター試験。その後に問われるものとは・・・

ことしで最後となる大学入試センター試験が今月18日と19日に行われました。私の姪も受験しましたが、どんな結果だったかな・・・。

大学入試センター試験は来年から「大学入学共通テスト」になります。この「共通テスト」、もともとは大学入試改革の流れで出てきました。目的は「1点刻みの入試問題ではなく、知識を活用し、自ら判断する力を測る」というもの。

そこで国語と数学で記述式問題を導入しようとしましたが、文部科学大臣の「身の丈」発言以降、「民間試験」と共に正確な採点が難しいことが表面化し、大変な議論が巻き起こりました。結果として「共通テスト」では「民間試験」と「記述式」の導入は見送られ、マークシート方式の試験として実施されることになりました。文部科学省は「思考力や表現力が問えるような問題を工夫する」としています。

一連の混乱を見て、「知識を活用し、自ら判断する力」を大規模な試験で測ることの難しさを痛感します。ことしの「センター試験」では55万人が志願しているといいます。この規模で「正確さ」「公平さ」を担保しつつ、思考力まで測るという設計に無理があるのでは・・・。

この役割は2次試験に任せ、各大学が重視したい思考力のあり方を公開した上で高校生にチャンスを与えるべきではないかと思いますが、いかがでしょうか?いまの高校2年生は何が問われるのか分からない試験に恐怖を抱いているのではないかと心配になります。

「自ら判断する」ということについて、印象に残っているジャズのエピソードがあります。ピアニスト、辛島文雄さんが生前に語っていたもので、

プロデューサーとして活躍した望月由美さんがweb記事にまとめています。

https://jazztokyo.org/column/a-view-with-notes/post-13382/

辛島さんは1980年から6年間、渡米して巨匠エルヴィン・ジョーンズ(ds)のグループで活動しています。世界のトップ・ジャズマンが率いるグループの正式メンバーになったことで、非常に注目されていたのを覚えています。そこでの経験を語った記事の一部を引用してみましょう。

日本にいた頃は、ブルースはウイントン・ケリー、ハンコック、ラテンはチック・コリア、モードはマッコイ、バラードはエヴァンス風に弾くのが僕にとってのジャズだったんですよ。で、エルヴィンのところでも同じように演奏していたらエルヴィンはいい顔してくれないんですよ。ユア・サウンド・グッドといってはくれるんだけどいい顔はしてくれない。こちらが分かっていないんだから当然なんだけどね。で、僕はこのバンドは合わないんだと、やめようと思い始めたんですよ。そんな時にエルヴィンがアメリカの親善大使みたいな立場でギリシャに行き、アテネの国立劇場で2日間演奏したんです。僕は辞めようという気分の頂点にきていて、もう最後だから好き勝手に弾くって決めて、頭の中を真っ白にしてどうせ首になるんだからやりたい放題やって帰ろう、ある意味で開き直ったというか。ステージで自分の好きなように弾きまくって、で、これでクビだクビだって思って清々して楽屋にもどったら(リーダーのエルヴィンとサイドマンは楽屋が別なんだけど)エルヴィンがわざわざ僕の楽屋まで訪ねて来てくれて、僕をハグして、「おまえ、今までどうして今日みたいに弾かなかったんだ」っていうんです。エルヴィンのこの一言で勇気をもらい、そこから自分探しの旅が始りましたね。だから30代は出直しでした。

ここには「自ら判断する」力を養うことについて、重要な示唆があるように思います。何かを身につける過程において、最初は先人が切り開いてくれたものを吸収し「真似る」ことから始めるものです。

辛島さんも最初は様々な「先人の財産」を吸収し、力をつけていったのでしょう。しかし、師匠であるエルヴィンはそこに「辛島さんならではのもの」を見いだせなかった。そして、辛島さんが開き直って「自分の表現」を発露した時に、その過程も含めて褒めたたえたのではないでしょうか。

「自ら判断する力」を測るには、判断する側にもそれなりの見識と経験が必要となる。このエピソードはそんなことを示しています。

今回は辛島さんが積み上げたものが表れた作品を聴いてみましょう。「オープン・ザ・ゲイト」です。

1996年に収録されたこの作品は、ピアノ・トリオを核としながら曲によって編成が異なります。ギターとのデュオであったり、ソプラノ・サックスとのカルテット、2サックスにギターを加えたセクステットであったりと様々。

普通なら散漫な印象になるところですが、演奏からは自信を持って「自分の考えるジャズ」を提示している辛島さんの姿が見えてきて、サウンドの統一感があります。録音当時40代後半だった辛島さんが探していた円熟と斬新さが交錯する「コンテンポラリー・ジャズ」と言っていいでしょう。

1996年8月27~29日、東京・音響ハウスでの録音。

辛島文雄(p) 渡辺香津美(g) 本多俊之(ss) 峰厚介(ts)
荒巻茂生(b) 本田珠也(ds)

①I Feel A Wind
辛島さんのオリジナル。渡辺香津美さんとピアノ・トリオによるカルテット編成で、メロディのアレンジを聴くと、あたかもフュージョンのような軽快さがあります。この曲が冒頭にあるのは「新しい感覚のサウンドで彩りたい」という辛島さんの意欲のためではないでしょうか。まず渡辺さんのソロ。エレクトリックで奏でられるソロはロック的なアプローチがありながら、多弁になり過ぎないのが特徴です。うねるような独特のフレーズでかなり弾いているのですが、うまくスペースを作ってピアノの切れのいいコードと見事に対話しています。続く辛島さんのソロは非常に躍動的。やや前のめり気味に音をつないでいきながら、高音部から低音部までをダイナミックに繰り出してグルーブを生み出すのがさすがです。押しつけがましさがなく、余裕がありながら密度の濃い演奏です。

③Open The Gate
2サックスにギター、それにピアノトリオによるセクステット。このアルバムの中ではモーダルで、タイトル通り新しいゲートが開きそうな予感がする現代的な曲です。ソプラノとテナー・サックス、それにギターによって押し寄せてくるような勢いでメロディが提示されます。そのままアップテンポで峰さんのテナー・ソロ。彼らしい落ち着きがありながらジョー・ヘンダーソン的な現代感覚のある演奏です。続いて本多さんのソプラノ・サックス。こちらはかなり攻撃的なソロで、途切れることなくフレーズを繰り出し、熱く迫って来ます。その後の渡辺さんのソロはエフェクトをきかせたギターで、うねりにうねって緊張感を高めていきます。ここで辛島さんのピアノ・ソロ。いったん音数を減らしてクール・ダウンさせてから次第にスケールを広げていくプレイ。音楽全体を計算しつつ、熱のこもった演奏です。最後はバンド全体の一体感を保ったままメロディに戻って高揚感のうちに終わります。

⑧Blue In Green
マイルス・デイヴィスとビル・エヴァンスが共作したと言われる作品。テナー・サックスとピアノ・トリオからなるカルテット編成で、テナーで内省的なメロディが提示された後、そのままソロへ。この曲としてはかなり熱のこもった、ある意味泥臭いソロです。峰さんのグイグイと押しながら、どこか「つぶやき」を織り交ぜて沈み込むようなソロがバンド全体に火をつけています。カルテット全員の内側から放出されるようなエネルギーを感じる独特の演奏です。続く辛島さんのソロは最初、この流れをスロー・テンポでいったん受け止めながら、次第にメロディを引用しつつ力強さを込めていきます。ややハービー・ハンコック(p)的にも聴こえるアプローチですが、リリカルさに流れない力強さに辛島さんらしさがあります。メンバーの一体感が醸し出す凄みを感じさせてくれるトラックです。

辛島さんほどの才能があったとしても「自分で判断する」ことは決して簡単なことではなく、エルヴィンという「師匠」を必要としました。30代から出直したという辛島さんのケースは困難と希望の両方を見せてくれているようです。

大学入試も簡単に受験テクニックに落とし込まれるようなうわべの「思考力」を問うことになってはいけない。来年から「共通テスト」に変更され、そこで問うべき内容が定まっていないということは、未来を担う若者たちに対して非常に失礼なのではないでしょうか。

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