合点承知之助(memo)

[第五話 兄弟簪]

「これにて一件落着」

漢前之新はそう言うと、泣きじゃくっている女、多恵にこう付け加えた「多恵よ、幸せになるがよい」


店は目抜き通りにあった。女物の着物、櫛、簪などを扱う店である。そこは主人である太郎兵衛と長男で跡継ぎである朔太郎によって切り盛りされていた。

次男である惣一郎は根っからの遊び人として有名であったが、亡き母に似、顔立ちは整い、冷たいところのある兄と似ず、小さいころよりやさしい子として母に育てられており、店で働くものたちにとっての一服の清涼剤のようなものであった。

そしてもうひとつ。この店で有名なのがお多恵。身寄りのないところを太郎兵衛が引き取った体である下女なのだが、何よりの器量よし、ちまたでは有名であった。

「多恵、こんなにも手にあかぎれがあるではないか、薬を塗ってあげよう。おいで」惣一郎は誰にでも優しい。多恵も店のものたちもそれを知っている。世間で美男美女の恋人同士とささやかれてもおかまいなし。店のものでも女たちなどは「多恵にやさしくするぐらいなら私たちにもっとやさしくあるべきだ」と揶揄するものたちがいたが、それが多恵の心労になるということぐらいが悪い点であり、多恵はいつものように頬を赤らめながら「はい、すみません」と答えるのだ。

ある日のこと、数少ない娯楽、祭りが近づいてきたときのことである。朔太郎が多恵を呼び出した。すると、おもむろに一本の簪を多恵に渡しこう言った「多恵は器量もよい、妹を思うような気持ちであるからして遠慮はするな。祭りも近い。誰か想い人と出掛けるとよい。」

多恵は幸せからは縁遠かった。なまじ器量がいいから人から避けられる。そうした朔太郎の行為の意味もわからず、朔太郎の見せる背中に父の背中を見た。だが朔太郎には許嫁がいる。多恵は簪を大事に引き出しにしまうとそんな自分に少し微笑んだ。私は天涯孤独なのに、と。



惣一郎は叫んだ

「兄者!!あなたには言わなければならないことがあるはずだ!!」

おしらす。多恵の引き出しが他の女中に見られ、こんな高価な簪を下女が持つのは盗んだに違いないと引っ立てられたのである。

朔太郎はその時、何も語らなかった。

だが惣一郎に叫ばれた時、朔太郎はやれやれと言うおもむきでこう叫んだ。

「惣一郎!!お前にこそ何か語るべきことがあるのではないか!!」

惣一郎は考えた。必死に考えた。そんな高価な簪、人知れず扱えるのは朔太郎でしかない。必死に考えた後、こう述べた。何をすべきかわかったのだ。

「犯人はわたくしであります。多恵に簪をあげました。黙っていたのは多恵の本心を知るのが怖かったからであります。嘘ではありません。」

多恵はハッとした顔をし、朔太郎の顔を見る。朔太郎は頷いている。

多恵は泣いた。酷く泣いた。「朔太郎さま、惣一郎さま、多恵は幸せでございます」

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