見出し画像

義務教育から子供たちが得られる大事なものとは Vol.14


前回は学校教育は時代に合ってないし、
そこで教鞭に立つ教師たちの労働環境は地獄だと。
だから、親たちがしっかりとわが子のために
何が必要なのか、それを考えて実行してほしいな~ 的な話を書きました。


学校の勉強がすべてならば 
東大に出た人たちは全員成功すべきだけど、現実はそうではないわけだよね。

こうやって書くと、
偏差値否定とか学歴否定だと勘違いされちゃうかもしれないけど、そうではない。
こういう俺だけど、重要視はしてないものの
うちの会社を受ける学生さんの学歴はついつい見てしまうのも事実だ。



画像3


学校の勉強は 何に役に立つのか?
偏差値が高いと どうなるのか?


これらの 功について 書きたいと思う。

大人になると ほとんど覚えてきた学問は 
仕事とも 生活とも 程遠く役に立たないものばかりだ。
なんなら 覚えちゃいないし、
水平 リーベ 僕の船 ??
なんじゃそりゃって モノが多分にあるw

俺たちは 進学という名のもとに 塾に行ったり 家庭教師をつけて
お金と時間を使って 必死に 受験という関門を乗り越えようとしてきたわけだ。
あれって 俺たちの人生にとって 何だったのか?
それを通過して 何を得たのか?

学校の先生ってなんで あんなに 勉強をつまらなくさせちゃうんだろうって 若いころは思ってたけど、教育制度があんな地獄じゃ、もはや先生たちを責められない。 
盗んだバイクで走りだす俺からしたら偏差値の高い人たちって
楽しくもない勉強なのに、ずっとコツコツ続けないと成績に反映されないのに 
何が楽しくて あんなに 頑張ってやり続けることができるんだろうか。

早ければ 小学校受験なんかしちゃって
中学、高校、大学と まぁ~ 10数年にわたり 続けてるわけだよ。
よもや 変態たちなんじゃないかと思う。

画像2

頑張った成果が自信と”勝ち癖”や”優越したプライド”に

”点数は はっきりと明暗を分ける分かりやすい評価”だ。
頑張ってきた分、他の人たちよりも 高得点になる。
それが分かるからまた 頑張ろうと思うし 自分たちの自信に反映される。

さらに 受験を通じて 志望校に受かるもんなら 勝ちの喜びを覚え
それが ”繰り返されれば 勝ち癖”となる。
勝ち癖はやがて ”優越した自分のプライド”に変わっていく。

別にやり続けることも、自信がついていくことも、勝ち癖が付くことも 
スポーツとかで出来ることなんだけどね。
ただ唯一違うのは 
スポーツで鍛え上げたものは 体力とか 筋力とかであって
力仕事なら 本領を発揮するかもしれないけど、そんなもんだよね。
お勉強というのは 使ってる領域が 脳みそだから、 
あとで 仕事に転用するのは 体育会系のそれと比べ 
はるかに容易なんだと思う。


画像3

20年仕事をやって来た俺の肌感...仕事が出来る傾向のある人とは?

学歴と年収は比例しているデータもあるうえで、
言うのも申し訳ないけど 20年ほど仕事をやってきた肌感としては
確かに高学歴の人のほうが 仕事ができる傾向にある
と思っている。
自頭がいいという事ではなくて、言ったことや納期や納品レベルなど 
仕事をする品質が一定レベル以上にあることがほとんど
だ。 

一言で言うならば 「ちゃんと仕事をしてくる人ばかり」 だと言える。
高学歴の彼らは 長い受験経験から、
長期的に”努力を続ければ結果が出ること”を知っている。
ちょっとやって結果が出ないと 諦めちゃう人と の差は 
結果的に ”仕事のできる出来ないの明暗を分けている”ように思う。 

低学歴の俺の場合は たまたま 
やり続けないといけないことが多かったから 
”諦めが悪い習慣を獲得したのかも”しれない。
(それでもたいして仕事は出来るとは言えない・・・涙)

日本語が喋れないのに日本人学校へ転向したとか、
親父が会社をつぶしたがために 学費や生活費を稼がないといけないとか、
新社会人で就職した会社が完全成果主義だから、成果出せないと無給だとかね。  

成功する人たちの共通点「グリット」の本質をその子に合った形で応用

それでも 高学歴の人たちに叶わないって思うのは 
「やりぬく力」が圧倒的に備わっていることだ。
やり続ける事には時間の概念はない、続けたければ 
死ぬまでやればいいだけのことだけど、
やりぬくって言うのは いつまでに って言う期限がある。
受験の日が決まっているのと同じで、その日までに仕上げてくるからだ。

もはや
学校の勉強というよりも 受験戦争を通じて 子供たちは
やり続ける力、自信、勝ち癖からのプライド、やりぬく力を 獲得していると言える。


近年、成功する人たちの共通な力として 「グリット」って言う言葉が出てきたけど まさに これらの力の総称なんじゃないかと勝手に思うこの頃だ。

親御さんたちは この本質を分かっていれば
子供たちが 受験というプロセスでなくても 
違う形で「グリット」を獲得させれるのかもしれないね。