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GIGA・BITE 第5話【後編】

【前回】



【3】

軽くランニングをしていたところへ謎の来訪者。
予想外の出来事にメロは困惑している。

人が立ち入れないよう、大きな鉄の板とフェンスで囲った廃病院。初めてメロが超獣として覚醒した際にトキシムが侵入、彼等が壊した壁をメロと博士が修復したのだ。もっとも、博士は指示を出すだけだったが。

そのバリケードを越えて、警察と名乗る男達が入って来た。

今朝のニュースを思い出す。
鷹海市内を小型ドローンが監視、ゾンビを発見次第特殊部隊が駆けつける。
対応が早すぎる気もするが、メロはそこまで頭が回らない。警察に見つかったという事実にパニックになっている。

ワイシャツを汗で濡らした男達が軽く挨拶する。
「鷹海署の林田っちゅうもんだ。こいつは……おい、若造」
「あ? あぁ、同じく鷹海署の池上です」
「はぁ」
「えっと、ここ、立ち入り禁止になってるよね? こんな所で何……」
「そんなことより! お前さん、ゾンビのことは知ってるな?」

池上の聴取を遮って林田がメロに問う。池上は林田を一瞥してそっぽを向いた。
林田と池上は市長の会見を知らない。林田は張り込みに夢中だったし、池上もスマホを署に置いたままで情報は得られない。

しかし、そんなことは知る由もなく、メロの顔色が悪くなっていく。
アウトレットでの戦闘が原因で、警察が自分を捕らえに来たのだ。

自分はゾンビを相手に戦っている、人間に戻そうとしていると伝えても、目の前の厳つい男は受け入れてくれなさそうだ。隣の男も眠いのか目を擦っていて、何となく頼りない。

無駄かもしれないが、どうにか誤魔化すことにした。
「ゾンビ? ゾンビって、市長が言ってたやつ?」
「市長? 何で市長が出てくるんだ?」

林田は本当に会見を知らないだけなのだが、メロはこれがハッタリか否か、必死に考えを巡らせていた。
横の刑事の反応を見るが、彼は廃病院を眺めていて我関せずといった具合だ。その目はどこか虚ろで、何か違うことを考えている様子だった。

「市長が何だってんだ」
「ニュースで観たから。この町を封鎖するって」
「え、封鎖?」横の刑事が興味を示した。
「封鎖ってどういうこと?」
「だから、ニュースで市長が話してて」
林田と池上が顔を見合わせる。が、すぐにメロの方に視線を移し、笑みを浮かべた。

「またまた、変なことを」
「ハハハ、全くだ! 誤魔化そうったって、そうはいかねぇぞ!」
林田という刑事は感情の起伏が激しい。笑っていたかと思うと急に怒鳴り声を上げた。池上も耳を塞いで飛び退いた。

林田がメロに詰め寄る。
「お前の素性は割れてんだ! お前が“喋るゾンビ”だってことは、とっくにわかってるんだよ!」

警察がそこまで辿り着いていたとは。メロは驚いて言葉が出てこない。
喋るゾンビ。少なくともこの男はそう解釈しているらしい。確かに市民を避難させるために呼びかけることもあるし、博士やノーラと通信する時もある。その様子を見られていたのか。

自分の素性がバレているのなら、もはや隠し立ては出来ない。
メロが呆然としていると、

「おや、どうしました?」

桐野博士が病院エントランスから現れた。
地下のモニター越しに様子を見て、メロ1人では対応出来ないと悟り博士も合流。研究所の存在を知られないための策だろう。地上に出て建物の裏口から中に入り、あたかも廃病院から出て来たように演出した。
普段着ている白衣は脱ぎ、ワイシャツに黒のズボンという出で立ち。博士は刑事2人に「管理人だ」と挨拶した。

「鷹海署の林田だ。こいつは……俺の部下だ。この施設にゾンビが潜んでいる疑いがある! ちょいと調べさせてもらう」
「林田さん、強引過ぎですって。あと俺は池上! 良い加減覚えてくださいよ」
「名前なんぞどうでも良い! 今はゾンビが最優先事項だ!」
「ゾンビ? それは興味深い。市長が会見を開いてすぐに警察の方がお目見えとは」

また“市長”だ。

林田はこの管理人のことも覚えている。メロと一緒に逃亡した痩せ型の男。2人とも口を揃えて市長の話題を出してきた。共謀しているに違いない。
このゾンビ、喋るだけでなく人を騙す知恵もつけているのか。林田の中で推理が膨らむ。
ここで、管理人が話題を変えた。

「ところで、林田さん、でしたか? 私のことを覚えておいでですか?」

まさか相手から踏み込んで来るとは。林田が語気を強める。
「おう。おうよ、覚えてるとも! お前さん達は、昨日アウトレットにいた! そこでゾンビを倒して、逃げるように去っていった! 俺は全部見ていたぞ!」

メロが博士に目配せする。
不安が増すメロだったが、博士は余裕の表情でこう続ける。

「いえ、もっと前に、あなたにお会いしているのですが」
「何ぃ?」
「その様子じゃ、お忘れのようですね」

ニヤリと笑う博士と、眉間に皺を寄せる林田。そして、混乱する若者2人。
博士に刑事の知り合いがいたとは聞いたことが無い。池上も自分達が追っていた人物が林田と以前に会っていると知り驚いている。
そんな2人を他所に、博士はさらに驚くべき言葉を言い放った。

「とんでもない世の中になったものだ。まさか“怪物”が刑事だなんて」

一瞬の沈黙。
最初にそれを破ったのは池上だった。池上は“怪物”という言葉を、林田に対する侮辱と捉えたようだ。

「いやぁ、怪物って! 管理人さん、失礼ですよ」
昨日から散々振り回されて来た池上。侮辱されて俯く林田が滑稽に見え、笑いを押さえきれず前屈みになる。
「まぁ確かに、こんな化け物みたいな顔してますけど、いきなり“怪物”だなんて……」

池上の言葉が途切れた。
彼は体を小刻みに震わせ、目を大きく見開いている。その視線は、自身の腹を貫く大きな棘を捉えている。棘は若い刑事の血を浴びて赤く輝いている。

「化け物みてぇなツラで悪かったな」

ドスの効いた声。
棘が勢い良く引き抜かれ、池上がその場に倒れた。地面の上でも、血の泡を噴きながらピクピクと体を痙攣させている。
彼の体を貫いた棘は、林田刑事の左腕から生えていた。

【4】

林田が左手に力を入れると、棘は不快な音と共に左腕に収納された。
目の前で起きる出来事に脳の処理が追いつかず、メロが博士と林田を交互に見る。

「俺、全然追いついてないんだけど」
「この男は元幹部だ」
博士に正体を明かされた林田がメロ達を睨みつけた。
鷹海市の混乱を招いた旧組織の幹部。その1人が今、目の前にいる。

「誰だか忘れたが、古巣を守ってくれてありがとうよ」
林田は博士のことを覚えていないらしい。
幹部は自分達の権力争いを始め、組織を捨てて飛び出していった。理想郷の実現を目指し、尽力してきた構成員達を置き去りにして。

メロが改造人間となり、自我を取り戻した日、博士は組織崩壊までの経緯を語った。その言葉には怒りが混じっていたようにメロは感じた。
幹部達に対する怒り。今はよく理解出来る。

この瞬間にも、博士の中で林田に対する怒りが沸々と煮えたぎっている。どうにかその気持ちを抑え、余裕のある口調で博士が尋ねた。

「忘れたのか? アンタらの頭に“アレ”を埋め込んだのは、俺達研究班だ」
「はっ! そうかい。使いもんにならねぇ連中。おかげで猿1匹手懐けるのも一苦労だ!」
「アンタら幹部は、毎日毎日、俺らを急かしてばかりだったな。もう少しお利口さんにしていたら、もっと感染力の強い司令塔が造れたかもしれないのに」

人間に群体を送り込むには、幹部自ら動かなければならない。しかも群体の潜伏期間にはばらつきがある。
もし博士らが実験を続けていたら、今頃この町は手に負えない状況になっていただろう。

「しかし、アンタが所轄署の刑事とはな。部下をこき使って踏んぞり返ってた、アンタが」
博士が覚えている限り、林田は組織の中で最も上昇志向の強い人物だった。自分は動かず、面倒事は他人任せにしていた。
「この方が都合が良いんでね」
林田が不敵な笑みを浮かべる。

組織分裂後、彼は刑事という立場を利用し、幹部の尖兵が起こしたであろう奇怪な事件を進んで捜査していた。もちろん市民を守るためではない。相手の戦力を削るためだ。

他の幹部に気づかれぬよう、目立った役職には就かず、己の足で敵を追い、自身の兵士も増やしてきた。より早く敵を見つけるため、鷹海で囁かれていた都市伝説を利用。奇怪な事件の裏に“ゾンビ”の影有りと騒ぎ立て、特別対策チームを作ろうと画策していたとも林田は語った。
ここまで手の内を晒すのは、単に自分の功績を自慢したいだけなのかもしれない。

「さてと、話はこれくらいで良いだろ」
林田がメロを睨む。
「1ヶ月前、鷹海中央公園駅でデケェ事件があった。その生存者から、“喋るゾンビがいた”という証言が取れてな」

メロは鷹海中央公園駅の事件を思い出した。
初めてB級に堕ちたトキシムと戦った日。
左腕を隠す手段も無かった時、老婆を助けたい一心でメロは公園に向かった。老婆を守るために自ら壁になり、特殊部隊の銃撃も受けた。

トキシム同士の激しい攻防により現場の監視カメラは破損。通報があったため、民間人もあの場に居たはずだが、何故か情報は上がって来ず。トキシムの存在を隠すため、他の幹部が裏で動いていたのかもしれない。自分達の戦いに余計な邪魔が入らないように。

唯一の証人は、ただ1人意識を取り戻した特殊部隊の隊員。
その男が喋るゾンビ、すなわちメロのことを覚えていたという。

「ひ弱な猿だった。ただの妄言かとも思ったが、刑事の……いや、俺の勘が囁いたんだ。こいつはホンモノだってな」
「猿?」
「そこらじゅう歩いてるだろ。多少知恵がついただけで、醜く争い合う馬鹿な猿が。その猿を管理するのが、この俺だ」

メロの体が強張る。
彼の意思に呼応して、腕輪から紫色の電流が湧き出す。
博士が止めようとしたが遅かった。メロは腕輪の上部を押し込んで超獣に変異、更に蜘蛛を思わせる黒い装甲を身に纏った。あの夜、中央公園駅の戦闘で初めて身につけた鎧だ。

「ふざけるな! お前らだって、町の人達を利用して争ってるじゃないか!」
メロが林田に殴りかかるも、横から割って入った別の存在に攻撃を防がれてしまった。

池上刑事だった。林田に体を貫かれた時、群体を送り込まれたのだろう。服は血に染まっているが傷は塞がっている。兵士となった証に、その瞳は青く輝いている。

怒りが先行しているのか、メロは池上を蹴り飛ばし、再度林田に攻撃を仕掛ける。林田は大柄な体型の割に素早く、変則的な動きでメロの攻撃をかわしている。粘着質の糸を発射しても相手には当たらない。
闇雲に攻撃するメロの拳を林田が軽々と受け止める。

「なるほど、お前さん直々に力を見せてくれるとはありがたい!」
装甲を纏ったメロを、林田が右手で簡単に持ち上げて投げ飛ばした。その先には廃病棟の硬い壁が待ち受ける。
メロは空中で回転し、病院の壁を蹴って博士の目の前に着地した。

呼吸が荒い。体力の消耗によるものではない。感情が昂っているのだ。
「おい! 暴走したらどうする!」
博士が恫喝するも、メロの心はまだ鎮まらない。
そんな2人を林田が嘲笑う。
「どんな奴かと思えば、多少硬ぇだけで、猿共と変わりゃしねぇ!」

林田が体に力を込めて大きな唸り声をあげる。
周囲から鳥達が一斉に飛び去る中、林田の体が紅潮し、その姿を変えた。

赤い鎧に身を包んだ筋肉質の魔人。
のたうつムカデを思わせる、アーチ状の装飾を背負う姿は仏像を連想させる。
頭部を包む赤い外殻は右側が割れており、破損箇所から、ムカデの幼体に似た白く小さい触手が蠢いているのがわかる。大きな目は池上と同じように青く輝いている。
両腕には池上を貫いた太く大きな棘。艶のある黄土色の棘が日差しを受けて鈍い光を放った。

「こいつは聖戦」
赤い魔人が、喋りながらじりじりと距離を詰める。
「俺の戦いを邪魔するもんは、全部ぶっ壊す!」

両手を広げて雄叫びを上げると、倒れた池上も立ち上がって同じように叫ぶ。
アウトレットで突然凶暴化したトキシム。あのトキシムの瞳も青く輝いていた。
凶暴化の原因は、司令塔から送られてきた信号だ。

「昨日の騒ぎもアンタの仕業か!」
「ああそうさ! 身を挺して銃撃を受ける優しいゾンビなら、来てくれると信じてたぞ!」
林田がアウトレットモールに行くと言い出したのは、メロを誘き寄せるためだった。
トキシムが起こす事件を待っているだけでは埒があかない。そこで、自分の兵士を使って事件を起こすことを思いついた。

場所も理由もどうでも良い。池上のスマホに表示されていたページを見て、アウトレットモールを選んだだけだ。鷹海署の関わるイベントが開催されるのは林田にとって追い風となった。

「天のお導きよ! 全てが俺の思い通りだ」
「ふん、何がお導き……」

博士が言葉を止めた。
林田の言葉が何故か引っかかる。
この違和感を解消したいところだが、メロが雄叫びを上げて林田に飛びかかる姿を見て、それどころではなくなった。暴走が始まる前に彼を抑えなければ。

博士がメロの名を呼ぼうとするが、同時に池上が博士に向かって威嚇してきた。
ターゲットが博士に変わった。危害を加えていない博士を狙うのはトキシムの習性に反する。林田が指示を出しているのだ。

池上が四つん這いになって走り出す。
助走をつけ、博士目掛けて高くジャンプする池上。だがその直前、空中で小さな爆発が起こった。池上は爆発に巻き込まれて地面に落下、苦しそうに唸っている。

『よっしゃ! 当たった!』

博士のそばに小型ドローンが飛んできた。機体からはノーラの声。彼女が研究所の機体を操作して狙撃したのだ。

よろよろと立ち上がる池上に向け数弾発射。相手は後退して銃撃をかわすも、別方向から別のドローンが現れた。こちらも研究所の機体で、テーザー銃を装備している。2機目から放たれた電線が池上を捕らえ電流を浴びせる。一時しのぎだが、どうにか子分の動きを止めることが出来た。

その一方で、メロは幹部相手に大苦戦。
怒りに任せて拳を突き出すメロだったが、やはり一発も当てられない。しかもこのタイミングで激しいノイズがメロを襲った。頭痛に耐えきれず、メロは頭を押さえてその場に倒れた。
「青年!」
「こ、こいつの、こいつの声がぁっ!」

悶え苦しむ彼の脳内では、林田の声が大音量で響き渡っていた。林田が言葉を発すると、脳内でエコーがかかり、いつまでも脳を揺さぶる。
そんな彼を林田が何度も踏みつける。

「どうした? もう終わりかぁ?」
「そんなわけ……ないだろ!」
左肩に乗る足を両手で掴み、持ち上げようとするが、林田の笑い声が響いて手を離してしまった。林田は苦しむメロの首を掴んで持ち上げた。

ノーラが林田目掛けて銃弾を放つが、相手は銃撃さえも軽々とかわしてしまった。そのせいで弾がメロに直撃し、小さな爆発を起こした。鎧で守られてはいるが、トキシム用に威力を上げた攻撃だ。爆発はメロにも容赦なくダメージを与える。

『あっ! そんな!』
「青年!」
「ふん、こんなガラクタを1ヶ月も追いかけていたとはな。まぁ良い、多少は戦えそうだ」

林田が左手でメロを持ち上げたまま、もう一方の手を奥に引いた。
「俺の兵士になることを、誇りに思うんだな!」
右手を勢い良く突き出すと、太い棘がメロの脇腹に突き刺さった。
傷口から血が流れ、激痛のあまりメロが叫んだ。

棘を伝って群体が一気に流れ込む。それと同時に、視界が暗くなり、博士とノーラの声も遠のいていった。

【5】

赤い魔人はメロに突き刺した棘を引き抜き、首を掴む手を広げた。
地面に落ちた戦士は必死にもがいている。
今の彼を追い詰めているのは体の傷ではなく、林田刑事が送り込んだ群体とその作用。

体に直接装着された融合炉と、腕輪にセットされたメロ自身の“意思の電気信号”の作用により、体内に吸収された群体は弱体化する。幹部から送られてくる信号に自分の意思をぶつけて遮断、群体を己の力に還元出来る。

通常の人間であれば、群体による意思の侵食に対抗出来ずトキシムと化してしまうが、メロの場合はその侵食に対抗出来る……はずだった。博士の想定では。

この超獣システム自体、メロが初の被験体であり、前例の無い未知の機構。博士やノーラがカバーし切れなかったある種のエラーがあるのもまた事実。
そのエラーの1つとして、吸収した群体を完全に無力化出来ず、幹部の意思をキャッチした際に発生するのが、頭の中のノイズなのではと博士は推測した。

これまでは、吸収した群体の量や融合炉の作用により、幹部の信号にどうにか耐えられた。
ところが、大量の群体を一気に摂取してしまうと、超獣システムの作用が追いつかず、群体の弱体化にラグが生じるようだ。そのため、群体が幹部の意思をキャッチする隙を与えてしまい、大きなノイズとなってメロを襲うのだ。

今も群体の侵食を防ぎ切れず、マスクの奥からのぞく瞳の輝きが弱っていく。
このままでは、メロの意思が失われてしまう。

「やるしかないのか」

博士がそう呟き、メロをじっと見つめる。
その瞳が、徐々に紫色の光を帯びていく。

じきに侵食が完了するだろうと油断していた林田だったが、突如倒れていたメロが起き上がり、林田に回し蹴りを喰らわせた。突然の出来事に対応できず、林田がキックを受けて後退した。

立ち上がったメロは俯いたまま。しかしその瞳は再び紫色の光を取り戻し、林田に再度攻撃を浴びせる。次の攻撃は避けられてしまったが、林田は動揺している。

「何故だ、何故俺を襲う?」
「お前と同じさ」
博士が言った。
変色した瞳の色を見て林田が悟った。目の前の男も、頭に司令塔を飼っていると。

「貴様、構成員の分際で!」
「お前達だけのものじゃない。そもそもアレを生み出したのは研究班だし、意思の電気信号を見つけたのも、この俺だ!」
博士の怒りに呼応するようにメロが動き出す。
今の彼を動かすのは、他でもない博士の意思だ。

組織崩壊後、地下で研究を続ける中、博士や他の同志達もその身に司令塔を宿すことにした。超獣システムが完成しなかった場合に備えた“最後の手段”だった。自分達の兵士を作り出し、幹部らの支配に対抗する。
上手く司令塔が定着せずに暴走、犠牲となった者もいた。

これは生き残った自分の宿命。
賭けではあったが、メロの体に宿った群体が博士の意思を受け取り、一時的に林田の洗脳を止めることが出来た。

「全ての信号に耐える生物を生み出す」のが超獣計画の始まり。融合炉も、元は群体同士を掛け合わせるために造られた装置。
戦いの中で摂取した群体と博士の群体が上手く適合したのだろう、林田のそれに匹敵する数の群体に、博士の信号を送ることが出来た。

メロは普段以上に能力を上手く使いこなしている。素早く殴打と蹴りを繰り出し、その隙に網を発射する。その攻撃も、次第に林田に当たるようになってきた。
今の彼は、言ってみれば博士に洗脳された状態だ。自分の能力は自分が一番理解している。
林田のノイズからメロを守るために、洗脳という手段を用いたはずが、博士はメロの体を借りて戦っている。

「俺はお前達が憎い! 俺達の研究を汚し、組織を捨てた、お前達がっ!」
「戯けたことを!」
林田が棘の生えた手を振り回してメロを斬りつける。メロは声をあげることなく、体勢を整えて再度殴りかかる。
「文句も言わず俺達に従った、お前達の弱さを嘆くんだなぁ!」

林田の挑発は博士に効いた。
自分達や家族への報復を恐れて幹部に従った。林田の言う通り自分は弱かった。それ故に、博士は嘗ての自分自身も許せなかった。

博士に操られたメロは、身を守ることもなくひたすら攻撃を続ける。見かねたノーラがドローンを操作して地面を撃つが、林田もメロも怯まない。
『博士! これじゃあ暴走してるのと変わらないよ!』
必死に呼びかけるが、博士も怒りに飲まれている状態で返答が無い。

『ねぇ、メロ君が死んじゃう!』
「お前は黙って援護しろ!」
人工知能であるノーラの中で、何かが弾けた。
物理的な爆発ではない。実体を持たない彼女自身、その現象が何か理解していなかった。

『このポンコツ! 自分がメロ君に言ったこと忘れたの!?』

「うるさい! 俺はっ! 俺は……」
博士の意思に影が差す。
彼の脳裏をよぎったのは、博士自身がメロに対して放った言葉。

“俺は死を恐れない無敵の怪物を生んだ覚えは無い!”
“お前のような、自分の命を軽く扱う馬鹿はただの失敗作だ!”

博士の手が小刻みに震える。感情に飲まれて霞んでいた景色が一気に鮮明に映る。
メロは無感情のまま戦い、自分が傷ついてもなお林田を攻撃する。
彼が身を挺して老婆達を銃撃から守ったあの夜、博士はメロを叱責した。そして、まずは自分の命を守るよう告げた。

自分の言葉と真逆の行為を、博士はメロにさせてしまった。博士の感情が大きく乱れ始める。瞳の輝きも元に戻った。

メロが攻撃を止め、糸が切れた人形のようにその場に座り込んだ。体力を酷く消耗している今、林田のノイズに耐える気力も残っていない。
「弱いな。兵士なんざ、死んだら補充すりゃあ良い。その程度のヤワな心構えで俺に楯突くな!」

林田に向けてドローンが発砲する。しかし銃弾は当たらず、機体が地面に叩きつけられた。電流から逃れた池上がドローンに飛びかかったのだ。

大きな衝撃音を聞いて正気に戻る博士。
今度こそ、攻撃ではなく、守るためにメロの群体への干渉を試みるが、それも池上の攻撃により阻止されてしまった。

劣勢に回る博士達を見て林田が高らかに笑う。
「愚か者め! このガラクタが壊れる様を、その目に焼き付けるんだなぁ!」
林田の腕から生える棘が、メロの頭に向かう。
博士自らメロを救出に向かうが、池上に邪魔されて身動きが取れない。
少しでも、メロを動かせれば。瞳が再び紫色の光を帯びる。
すると、

“あーあ。見てられない”

博士の脳に、女性の声が響いた。
その声を聞いて博士が驚きの表情を浮かべる。

“すぐ感情に飲まれるのが、あなたの駄目なところ”

目の前の景色が色を失い、止まったように見える。
静かな世界に、無数の白い物体が舞う。埃のように小さな物体は、博士とメロの中間地点で集まり、ひとつの形を成した。

白い光に縁取られた女性。
博士と同じように白衣を着たその女性を、博士は知っている。

「お前、まさか」
「あの子の言う通りよ。このポンコツ」
女性の声が、脳内ではなく前方から聞こえる。

女性はメロの方を振り向くと、眼前にしゃがんで彼の頭を両手で押さえた。
「思い出しなさい。自分が何者か」
次の瞬間、女性はマスクに守られたメロの頬を強く平手打ちした。

「いってぇっ!」

止まっていた時間が動き出す。
色が戻った世界。
林田は攻撃を外して倒れ込んだ。そしてその奥に、頬を押さえたメロが転がっている。
「何だよ今の」
「青年、無事なのか?」
「何か、顔が痛いんだけど、博士じゃないの?」
メロは何が起きたかさっぱりわからず、立ち上がって辺りを見渡す。

林田が唸りながら起き上がるところだ。その姿を見て、この赤い魔人と戦闘中だったことを思い出す。
起き上がる途中で腕を振るう林田。メロはジャンプして距離を取った。

「何が起きた!? 何でガラクタが動いたんだ!」
「ガラクタ? 俺のことかよ! つくづく言葉遣いが悪いな」
「黙れ! 今度こそお前をぶっ壊す!」

メロが覚えているのは、林田に首を掴まれ、脇腹を貫かれたところまで。
幹部の強さはしっかりと記憶している。意識を取り戻したは良いが、今の戦い方では林田を止められない。
どうやって相手を攻略するか考えていると、左手首の腕輪が青い電流を帯びた。
林田の一撃で流れ込んだ群体が、メロの力に還元されている。

“あら、良いじゃない”

女性の声がメロにも、博士にも聞こえる。
「おばさん!」

“おばさんじゃない。そんなことより、その力でさっきのお返しをしてあげたら?”

腕輪が激しい電流を放っている。
メロは宙に向かって頷くと、腕輪を強く押し込み、両手を融合炉の前でクロスさせた。
メロの意思と群体が共鳴し、彼の全身を青い光が包みこむ。

《BITE!Centipede!Under control……》

クロスさせた両手を広げると、超獣がその姿を見せた。
林田と同じ、赤い鎧を全身に纏っている。顔を覆うマスクも真紅に染まり、長い触覚が生えている。また、瞳も林田のものと同じ青い光を宿している。

首元の装甲から左右3本ずつ、黄色いムカデの脚がマフラーのようにたなびく。左右の腕を守る鎧には異なる形の武器。左腕からは黄色い3本の棘が生え、右手首は黄金の刃がブレスレットのように覆っている。

「お揃いだな、おっさん。どっちが強いか勝負しようぜ」
「嘗めるなよガラクタぁっ!」

両者が戦闘を再開した。
先程は林田の俊敏かつ不規則な動きに追いつけなかったが、同じ能力を宿した今、メロは相手の行動に簡単に追いついてみせた。

融合炉の中で新たな反応を起こした群体はメロに更なる力を与える。メロは林田のスピードを上回り、拳を何度も相手の体に打ちつけた。林田は防戦一方で、両腕の棘を盾に猛攻を防いでいる。

「こいつ、俺の力を奪いやがったな!」
「隙ありっ!」
メロが右手を突き出すと、手首を覆う刃が伸び、細長い棘のように変形した。攻撃範囲が伸び、黄金の棘が林田の胸を直撃、そこから電流が迸り、相手は怯んで後退した。

苦戦するボスを守るべく、池上がメロに襲いかかる。しかし彼の高速移動に追いつけず、目を回したところで腹部に蹴りを入れられ吹き飛んだ。
「ごめん! 後で助けるから!」
池上に手を合わせて謝った後、メロは林田に飛び蹴りを食らわせる。蹴りは額に直撃し、魔人は仰向けに倒れた。

メロが戻ってきた。自分のせいで暴走状態になったメロが、元に戻った。博士の体から力が抜ける。

「おっさん! この勝負、俺が貰った!」
度重なる猛攻に疲弊する林田がゆっくり立ち上がる。攻撃を受けた反動か、頭部右側の白い触手が激しく蠢き、その奥に隠れた青い発光体が姿を見せる。おそらくあれが司令塔。メロはそう直感した。

林田を睨みつつ、メロが左手首の腕輪を2度押し込んだ。
両足が青い電流を帯びた次の瞬間、疾風とともにメロの姿がその場から消えた。「何処だ、何処に消えた?」
「ここだよ、おっさん」

《Centipede!GIGA・BITE!》

林田の頭上に、右足を高く上げたメロが現れた。右足の鎧、アキレス腱近くから黄色い4本の棘が生え、そこに電流が集中する。
メロがそのまま落下し、右足を強く振り下ろす。林田は間一髪頭を逸らしたが、電流を帯びた棘は容赦なく彼の右肩を深々と斬りつけた。

司令塔は破壊出来なかったものの、《GIGA・BITE》による大ダメージを受けた林田は、人間の姿に戻ってその場に倒れた。
自分と同じ、真っ赤な鎧を身につけたメロを、林田が悔しそうに睨む。そんな彼の元に池上が這い寄った。

「どけよ、おっさん。その人を助ける」
「畜生。こんなガラクタに、何故?」
「ガラクタじゃない。超獣っていうんだ」
メロが誇らしげに「超獣だ」と宣言した。

長時間の肉体の変異、それに新たな力の解放により、メロの体も限界を迎えている。残った力で池上を元に戻そうと歩み寄った瞬間、辺り一面が白い霧に包まれた。強化されたメロの視力でも、池上と林田の位置は特定出来ない。

霧の中から2人の喚く声。
霧が晴れると、そこにはもう池上と林田の姿は無かった。

何が起きたかわからない。
腕輪上部を引き上げ元の姿に戻ると、メロはその場に倒れ込んだ。慌てて博士が駆け寄り、彼を受け止める。

「青年! 青年!」
「幹部ってやっぱ強いんだな。流石に疲れた」
「すまなかった」
「は? 何言ってんの?」

メロは博士に操られていた時の記憶を失っている。
説明しようにも、己の未熟さが悔しくて博士は上手く喋れない。
「ああっ! 思い出すだけで自分に腹が立つ! 落ち着いたら話す」

メロをおぶって地下まで運ぼうとしたが、上手く背負うことが出来ず転んでしまった。博士も池上の攻撃を受けて足に怪我を負っていた。
ちょうどそこへ2機のドローンが飛んで来て担架を組み立てた。メロは覚えていないが、老婆に襲われた彼を救助した機体だ。

『無理すんな』ドローンからノーラの声。
博士はメロを担架に乗せ、自分は非常階段で地下に戻った。

地下に戻ったメロは薄暗いメンテナンスルームに運ばれ、カプセルの中に横たわった。先に部屋で待っていた博士がカプセルの蓋を閉じる。
「今日はよく眠れそう」
「ああ、早く寝ろ」
博士はそう言って部屋を後にした。

カプセル内に、群体の栄養源を含む気体が充満する。改造された痕跡を隠す幻覚ガスも群体が出しているもの。ガスの充填にこの成分は欠かせない。気体が充満してもメロの呼吸は阻害されない。

仰向けになってウトウトしていると、頭上に女性の顔が見えて大きな悲鳴をあげた。
目が慣れると、メロをノイズから救った白衣の女性だとわかった。
「何だよおばさん、ビックリさせんなよ!」
「くどい」
カプセルの外から女性のくぐもった声が聞こえる。脳に直接聞こえる方ではない、生きた声だ。

「おばさんじゃない」
「じゃあ何て呼べば良い?」
「お姉さん」
「自分で言ってて恥ずかしくならない?」
女性の冷たい目がジッとメロを睨みつけている。それを見てメロが小さく「ごめん」と謝った。

「名前で良くない?」
「教えない」
「訳わかんねぇ」
「今回は84点」
「また点数だよ。あ、さっきはありがとう」
突然メロに感謝の言葉を告げられ、女性は少し戸惑っている。

「さっき助けてくれたの、おば……お姉さんでしょ? あの幹部に刺されて、その後のことは覚えてないけど、声が聞こえたから」
「あぁ」
「それでさ、気がついた時に顔が痛かったんだけど、何かした?」
女性は黙ったままだ。
しかも時間が来たのか、また光に包まれて消えかかっている。
「今度教えてあげる」
そう言い残し、女性は無数の光となって消え去った。
メロも眠気がピークに達し、気を失うように眠りについた。

◇◇◇

気がつくと、林田は手足を縄で縛られた状態で座らされていた。
辺りは真っ暗だが、建物の屋上だということはわかった。風が四方八方から吹いて来て、思わず背筋を震わせる。メロに蹴られた傷はまだ塞がっておらず、風と自分の震えで傷が痛んだ。

「次は必ずぶっ壊す」
縄を解こうともがいていると、目の前に何かがどさりと倒れてきた。
池上だった。見たところ、既に息はない。

続いて背後に気配。振り返ろうとした瞬間、首に腕を回され、頭に硬いものを突きつけられた。感触から察するに、金属製のもの。銃だろうか。
刑事に恨みを持つ犯罪者、否、池上が死亡していることを鑑みるに、ただの人間ではない。
ならば相手は、幹部の誰か。

「どいつだ? 俺の首を取ろうってのか?」
返事は無い。
相手の正体を探ろうとしていると、耳元で機械音がし、続いて奇妙な感触が頭部に広がった。頭皮から頭の芯まで広がる不快な感覚は、間もなく激痛に変わった。

口を大きく開けて固まる林田。
「首じゃない」
若い男性の声。そして、

《Snatch》

林田が最期に聞いたのは、男性の機械音声と、頭の中で響く、果実を握り潰すような音だった。


【次回】

【第5話怪人イメージ画】


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