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GIGA・BITE 第11話【後編】

【前回】



【4】

まだまだ暑い日が続く鷹海市。

昨今のゾンビ騒動で、外出する市民は少なくなった。
まもなく夕暮れ時。陽が沈みつつあるこの時刻も気温は下がらない。
屋外で過ごす者達、市民もゾンビも、肌の露出した服を着ている者がほとんど。

そんな中、生地の厚い真っ赤なコートを着たその人物は異質だった。
黒の長髪にサングラスで顔の上半分が隠れている。猫背気味で、背が高い人物。
笠原唐十郎が市街地を訪れるのは久々のことだった。

都市封鎖後、神楽から町の様子や敵の状況について聞いてはいたが、理想郷実現には課題が山積みだ。
仕事柄、仕方なく外出する者もいれば、ゾンビをものともしない恐れ知らずもいる。空になった酒瓶をバットのように振る仕草をしているが、本気で戦うつもりがあるのだろうか。
連中を掃除したいところだが、今は優先事項がある。彼の“家族”が待つ病院に向けて突き進む。

向かい側から数人の若者達が歩いてくる。似合わぬアロハシャツを着て、袖から見える焼けた肌にはタトゥーが見える。道行く人が彼等を避けていくが、笠原は道を譲る気はさらさら無い。歩調を緩めることなく真っ直ぐ進む。案の定、先頭の若者と肩がぶつかった。

「おい! 何処見てんだテメェ」
笠原を囲むように若者達が陣形を組む。笠原は謝るでもなく、言い返すでもなく、俯いた姿勢のまま立っている。
「耳ついてんのか!」
先頭を歩いていた若者が、自分の肩に手をかけた瞬間、笠原が素早く若者の首に手を回し、驚いて少し開かれた口に白い手をあてた。
仲間達が笠原を引き離そうとしたが、体が動かない。

手と口の隙間から、虫の羽音が聞こえてくる。1匹、2匹なんてものじゃない。大量の虫が不気味な音を掻き鳴らし、若者の体内に侵入する。若者の体が痙攣し、腕や顔の皮膚を何かが蠢いている。
「お前のような猿、我々の生きる世界に必要ない」
皮膚から無数の小さな棘が見え隠れする。その悍ましさに他の若者達が情けない悲鳴をあげて逃げ出した。

この程度か。お前達の繋がりというのは。

「お前も哀れだな。もう少し遊んでやっても良いが、待っている者がいるのでね」相手の息が尽きたのを確認し、笠原は遺体をその場に捨てた。目は内側から食われたのか空洞になり、そこから小さな黒い虫達がわらわらと這い出てくる。

「さらばだ、愛されぬ猿よ」
時間を無駄にしてしまった。
周囲の視線を気にすることなく、笠原は再び歩き出した。警察に通報する市民もいるようだが、残念ながら誰も来ない。今頃鷹海署の警官が、彼女のために動いている。

子供達だけに任せておけない。
その足で地面を踏み締め、笠原は真っ直ぐ歩き続けた。

◇◇◇

廃病棟から鷹海署までは時間がかかる。

メロと桐野博士は肉体を変化させ、独自のショートカットを利用することに決めた。強化された身体能力を駆使して、建物の上を跳び、目的地に向けて真っ直ぐ進むのだ。

ここで問題がひとつ。

監視役の越中隊長と室田隊員が追いつけない。顔を上げ、何とか走って追いつこうとしているが、人間が変異した怪物に追いつくのは至難の業だ。
博士はそんなことを気にせず先に進もうとしたが、メロは2人を気にかけ、途中で止まって彼等を待った。
「青年! 何やってる!」
「はぐれちゃうよ!」
「良いんだよ、撒いちまえば」
「そんなことして、後で“むきちょーえき”になっても知らないからな」
メロが聞いたことのある用語で博士に愚痴った。意味は詳しく知らない。

幹部らとの戦いに比べれば、投獄など恐ろしくない、覚悟は出来ている。そう思っていたはずだが、メロの言葉を聞いて何故か胸騒ぎがしだした。
博士は小さく唸ると、走ってくる2人の方に向かって網を射出した。大きな網は彼等を優しく包んだまま、博士の手に繋がれている。

「何の真似だ!?」
隊長が頭上の黒い怪人に呼びかける。
「ちょっとしたアトラクションだと思え」
言いながら博士が腕を強く引くと、網に包まれた2人の体が宙を舞った。博士が生成する糸はかなり頑丈で、簡単には千切れない。おまけに足裏や装備にしっかりと貼り付いており、網の隙間から落下するのを防止している。

博士が走り出すと、2人を包む“乗り物”も風に乗って引っ張られる。乗り心地は最悪。高く舞い上がる度に室田隊員も、越中隊長さえも悲鳴をあげる。
「うるさい! 口閉じろ、舌切るぞ、舌!」
力尽くで網を引っ張り上げるその姿は、季節外れのサンタクロースに見えなくもない。

ビルを飛び越える際に網は最も高く舞う。上空から降下して地面にぶつかりそうになると、すかさずメロがキャッチして上に投げる。キャッチしたまま走れば良いのだろうが、メロはそこまで頭が回らない。
黒い鎧を纏えば、メロも糸を射出して補助出来るのだろうが、彼は白目を剥いた素体のまま突き進んでいく。メロも、融合炉のオリジナルも、考えていることはきっと同じ。

これから始まる激戦のため、力を温存したい。

警官達を黒い虫から解放し、彼等を操る秘書を止める。秘書は赤い瞳の派閥ではかなりの実力者と見られる。おまけに相手はヤケを起こしている様子。犠牲者を出すことなく彼等を止めるには、それなりの力が必要だ。

空が赤く染まる夕暮れ時。
博士が小さなビルの屋上で急に足を止めた。その反動で網が前方に飛びそうになるのを、メロが大慌てで掴んで受け止めた。網の中から「出してくれ」という小さな声を聞き、糸を千切って隊長らを外に出した。しばらくの間、彼等は立ち上がれずにいた。
「急にどうしたの?」
2人を介抱しながらメロが尋ねる。
「あれを見ろ」
博士が低い声で告げる。

立ち上がって視線の先を見ると、武装した一団が同じ歩調で歩いている姿を捉えた。
「どうした、何があった」
確認しようと、隊長がよろよろと立ち上がった。メロが彼の体を支えて下の景色を見せる。怪物に補助されていることも気にならない程、隊長はぐったりしていた。
しかし、目的地に向けて進軍する部隊を目の当たりにして血相を変えた。

「どうだ? あっという間に追いついただろ?」
「そ、そうだな」
「あれ、何か様子が変だ」
メロがあることに気づいた。

隊列を乱すことなく歩いていた部隊。ある場所に近づいたところで、先頭を行く兵士が動きを止め、後ろに続く仲間達もその横に並び出した。一定数並ぶとその後ろにまた横一列に並び、そのまた後ろにも等間隔に並び立ち……。

兵士達は長方形を描くように並び、前方に建つ巨大な施設の方を向いている。その施設とは、新鷹海総合病院。兵団を挟んだ建物の向かい側には、自我を失くしたメロと越中隊長らが交戦したあの広場。

「隊長、あの病院って」

室田隊員が病院を見て何かを思い出した。隊長も心当たりがあるらしい。
彼等特殊部隊班は、虫に乗っ取られた間の記憶が欠けているのみで、その前のことは昨日のことのよつに覚えている。

その、黒い虫に乗っ取られる直前。
秘書と市長が会議室に現れ、鷹海市が極秘でゾンビの調査を続けていたと話した。
その際、市と連携して調査を行なっていたのが、前方にそびえ立つ病院だと伝えられた。

トキシムの騒動が都市伝説止まりだった理由はそれか。

トキシムの調査というのも疑わしい。
赤い瞳の派閥が笠原院長の眷属であり、おまけに同志だった真中一哉が手を貸していることがわかった。真中や、ネストを宿したトキシムは特殊な装置を使う。実験や研究のために、今度はあの大きな病院が利用されていたとしたら。

「協力関係にあった奴が何故、あんなに沢山の兵士をよこしたのかは謎だがな」
「兎に角、今はあの人達を何とかしなきゃ」
「行けるか?」
博士が問うと、メロは大きく頷いた。それに呼応するように、左手首の腕輪が橙色の電流を帯びる。
隊長らが興味深そうに見つめている。超獣システムの動作を直接目の当たりにするのは初めてだ。
「離れた方が良いかも」
メロに言われて2人が距離を置く。
それを確認して、メロは腕輪上部を強く押し込んだ。

《BITE!Fungus!Under control......》

笠を被った青紫色の装備を展開、マスク越しにメロの瞳が橙色に輝いた。
いつも通りの機械音声。メロも博士も、何となく寂しかった。

「俺はこいつらと一緒に降りる。青年、頼めるか?」
先に1人で敵陣に突っ込めということだろう。
今更何をかしこまっているのだと、メロは笑った。
「俺、超獣なんだろ? 心配すんなって!」
勢い良くビルから飛び降りる。その途中、メロの姿は見えなくなった。幻覚ガスを放出したのだろう。
「博士……だったか? あれは何なんだ?」
「自我を失った奴等を助ける唯一の希望だ。さ、俺達も行くぞ。……覚悟は出来てるよな?」
隊長と室田が同時に唾を飲み込んだ。

◇◇◇

日が沈み、辺りが段々と暗くなる。

新鷹海総合病院は、都市開発に伴い建設された、町の中では最も大きな病院だ。夜になると敷地の地面に設置された複数のライトが点灯、巨大な建造物が照らし出される。
ここには外科手術の名医がおり、彼女を求めて訪れる患者は後を絶たない。鷹海市から遠く離れた地方からわざわざやって来るほどだ。

その外科医の名は、二階恭子。

鷹海の地下で暗躍していた【桃源郷の騎士団】の元幹部であり、笠原総合病院にも勤務していた人物。

院長の伝手もあり、しばらくの間は同盟関係を結んでいた。旧組織の残党が考えていたシステムを元に、アダムが設計した【Snatcher】という装置もここで造られた。異なる性質の群体を装備に変換する装置。

ネストは我々だけが持つ特殊な群体。逆を言うと、ネスト以外に特殊な力を持っていない。だからこそ、有事の際に自分達で戦うための力が欲しかった。
アダムは特殊な体質故に、その力を存分に発揮出来るが、我々は違う。装置を介して得た群体はネストの作用で“殺菌”され、改めて群体を摂取しなければ装置を使えない。
だが、奴1人殺すだけなら、一時的に力を行使出来れば充分だ。

我々の活動に大きく貢献してくれたが所詮は幹部。いずれは対立する可能性もあると思っていたが、まさか人質を取ってお母様を殺めようとは。姑息な怪物め。

私の前に並び立つ兵士達。あの化け物に奪われた兵隊には劣るが、これだけ集めれば、城を守るケダモノくらいは殺せるだろう。
こんな時にまた1人、兵士がふらつきだした。いや、他にも数人。戦地に赴くまでに、既に10人捨てる羽目になった。更に減らすのは困りものだが、アダムが合流することを考えれば、大した痛手ではない。幹部の操る個体と同じ、所謂ゾンビ程度の兵士など不要。
足手纏いになるくらいなら、今、この場で……。

……何?

どういうことだ? 兵士共が次々に倒れていく。ここに来るまでに、私の力が消耗したということか。
駄目だ、駄目だ! お母様がいらっしゃるまでには、奴の首を……。

「何とか間に合った」

声だけが聞こえる。吐息混じりの、若い男の声。
声に続き、倒れた兵士達の向こうに、見覚えのある鎧を纏った戦士が姿を現した。私の兵団を無力化し、アダムをも退けたあの化け物。
「貴様」
「何のつもりか知らないけど、この人達をお前の好きにはさせない」
あぁ……あぁ、腹立たしい。
早く奴を、裏切り者を殺さなければならないのに!

背後に気配有り。
黒い蜘蛛の怪物、その後ろから2つの人影。あの服装、私が教育した特殊部隊か。虫を防ぐつもりか、口に白いマスクを着けている。
「呼吸はどうだ?」
「悪くはない。デザインも……まぁ、嫌いじゃない」
「なら良かった。で、こいつか? 虫を操ってた野郎は」
「ええ、間違いない。この男よ」
「お前達も裏切ったのか」
「裏切った? 我々は政府の命を受けここに来た。お前の部下になった覚えはない!」
全く、どいつもこいつも……。
私の両目から何かが溢れる。白いコンクリートの上にポタポタと落ちるそれは、血涙。

「アダム! いるんだろう?」

私の呼びかけに応えるように、アダムが蜘蛛の怪物共の前に舞い降りた。
「また会ったな桐野」
「真中、お前も来てたのか」
以前の同胞を睨みながらアダムが立ち上がる。そして指示を出す前に、私の方を振り向いてその瞳の色を変えた。
言われなくてもわかる、そう言いたげだな。

《Snatch》

アダムの胸部に向けて、Snatcherから爪を伸ばし、その群体を拝借する。彼の服に小さなシミができ、徐々に大きくなっていく。
驚くようなものではない。あの程度の傷ならすぐに塞がる。
「先に行け、アダム。私も後で向かう」
「だと良いな」
そう言い残し、アダムは先に城へ突入した。倒れた兵隊を飛び越え、超獣を一瞥して。

“だと良いな”、か。私が死ぬとでも思っているのか? 舐めるな。
お前も本当はすぐにでも超獣を殺したいのだろう。こいつだけは生け取りにしてやる。戦いの後、お前がトドメを刺せるようにな。
「とっとと終わらせる。遊んでいる暇は無いのでね」
「青年、まだやれるな?」
「勿論!」
「私の邪魔をしたこと、あの世で後悔するが良い!」
力強く、装置のボタンを押した。
Snatcherの格子状のディスプレイが変化し、黒い画面にエイを模したマークが浮かび上がった。

【5】

《Ray, adapted》

黄金の腕輪を左手首に装着して変異した神楽は、悪魔のような姿に成り果てた。
赤い瞳の眷属特有の、口元から覗く単眼と蜂に似た鎧。その上からエイを思わせる頭巾やマントを纏っている。

泳ぐエイをそのまま被せたようなシルエットの頭は道化師のようにも見える。頭巾の後方から細長い尾が生えていて、悪魔の尻尾を彷彿させた。
右腕にはエイがそのまま貼り付いたような袖口、その先端から棘の生えた鞭が伸びる。左手首は巨大な蜂の巣が覆い、核となる腕輪を隠している。

蜂の巣は右肩や首元、胸部も守っているが、そこからあの虫が飛んでくることはない。血の涙を流すほどだ、敵は今、虫を放つ余裕が無いらしい。

日が完全に沈み、辺りが暗がりに包まれたのを合図に、怪物達の戦いが幕を開けた。
その隙に越中隊長と室田隊員が、倒れた警官達を介抱する。2人の口を覆う白いマスクは、博士が糸を射出して作った物。頑丈で、それでいて蜘蛛の巣のように小さな穴も空いており、空気がしっかりと肺に送り込まれる。

神楽が最初に攻撃を仕掛けたのは博士。右手の鞭をしならせ、その棘で相手の皮膚を削る。背後からメロが迫るが、気配を察知したのか、神楽は突如姿を消した。
瞬時に姿を消す能力。研究所を襲った幹部・三影と同じ力だ。
見えなくなった相手を探していると、神楽はメロの眼前に姿を現し、強烈な回し蹴りを食らわせた。

メロも負けじと両手で印を結び、神楽を囲むように分身を出現させた。それを見て神楽は鼻で笑い、再び姿を消してしまった。
本体と同じく、周囲をキョロキョロと見回すメロの分身達。そんな彼等を、見えない怪物が1体ずつ消滅させる。消滅した分身は煙幕を発生させるが、敵の姿は見えない。

「ここだ」

本体の背後から神楽の声。振り返ったメロの顔面に、神楽が左拳を打ち込んだ。あまりの痛みに思わず顔を押さえ、その場に膝をついた。
1体目の分身を倒しつつ円陣を突破。影で位置を特定されてしまうため、地面に埋め込まれたライトから離れ、暗闇から鞭で他の分身を攻撃。本体を見極めて忍び寄ったのだ。

メロに攻撃を浴びせて再び姿を消し、今度は博士に近づいて鞭をその首に巻きつけた。棘が食い込み、じわじわと博士を痛めつける。
「アダムめ、なかなか良いモノをくれるじゃないか」
昼頃の廃病棟襲撃で、アダムはメロの新たな力の餌食となった。その能力はドローンの映像から神楽も確認済み。レイラが彼に託した群体に対抗し得る力をアダムが託したということだろう。

「アダムだぁ……? 真中のヤツ、いつからそんなふざけた名前を」
首に走る痛みに耐えて博士が言葉を発する。
「人類の定義を書き換え、生まれ変わった世界の管理者となる男だからな」
「なるほど、あいつも……俺のことは笑えねぇな!」
博士は鞭を両手で掴んで力一杯引きちぎった。突き刺さった棘を力任せに引き抜き、鞭の残骸を投げ捨てた。
「無駄に格好付けやがって! あいつのネーミングセンスも小学生レベルじゃねぇか!」

鞭を縮ませて再生させる間に、博士が神楽に突進、バランスを崩したところで敵の足に向けて糸を放つ。しかし、神楽は再び姿を眩ました。糸が地面に貼り付いたのを見るに、攻撃は外れたらしい。

糸を切って辺りを見回している間に、神楽が博士の背後から迫った。
「後ろ!」
メロの叫び声で気づき、博士が後ろを向く。
棘の生えた鞭を振ろうとした途端、神楽は真後ろから攻撃を受けた。大した痛みはないが、彼の怒りを増大させるには充分だった。

単眼を真っ赤に光らせて振り返った先には、拳銃を構える室田隊員。警官が所持していた物を借りたようだ。
早歩きで向かってくる悪魔に更に銃弾を撃ち込むが、貫通した穴はすぐに塞がってしまう。銃弾を打ち尽くし、焦る隊員。そんな相手との距離を詰め、左手を伸ばして首を掴もうとする神楽。

「お返しだっ!」

突如、神楽の横からメロが現れ、相手の体に真っ直ぐに蹴りを入れた。頭に血がのぼり、冷静さを欠いた神楽は攻撃をかわせず、地面を滑るように後退した。
「大丈夫?」
メロの呼びかけに室田隊員が強く頷き、神楽を睨みつける。

「猿の分際で舐めた真似を!」
神楽は暗闇の中で再び姿を消した。
「博士!」
メロの掛け声に博士が頷き、倒れた警官達に向けて網を放つ。室田と越中も巻き込み、白い大きなバリアが彼等を包んだ。
「ちょっと、何するのよ!」
「隠れてろ! そこにいればヤツは……」
2人に声をかける博士に、姿を消した神楽が連続で攻撃を浴びせる。メロが博士に駆け寄り、背中合わせになって敵を探す。
「博士、どうする?」
「どうするったって、俺、コレ嫌いなんだよな」
「嫌いって何だよ!?」

暗闇のそこかしこで音がする。更に地面に設置されたライトも1つ、また1つと壊されていく。あの鞭による攻撃か。
神楽の陣地が広がり、攻撃がメロと博士にも向かう。鋭い棘によるものか、鎧や皮膚に細い傷がつく。

光源が失われる中、メロの腕輪に変化が起きた。バチバチと音を立てて電流を帯び始めた。何色かわからない。周囲の闇と同化した色の電流だ。
「何だこの音は?」
「オリジナルの意思かも」
戦いの最中、メロの意思とは関係無く発生する電流。彼のように戦えず、喋ることも出来ないオリジナルが、言葉の代わりに融合炉の中から伝えるメッセージだ。

メロは腕輪に頷いて、上部を強く押した。
「博士、ちょっと離れて?」
「は? ……あっ、馬鹿! お前!」

《BITE!Slow loris!Under control......》

鋼鉄の鎧を身につけるや否や、右肩のバルブが急速に回転、メロの鎧から液体が流れ出る。火傷を恐れた博士は慌てて糸を伸ばしてその場から離れた。
やや傾斜があるのか、液体はメロを起点に、弧を描くように広がっていく。メロ本人も地面に両手をつき、そこから液体を追加で放出する。
勢いに乗って更に水溜まりが広がり、暗闇に隠れていた神楽が悶えながら姿を現した。彼の足下も浸食され、液体の作用で皮膚を焼かれたらしい。暗闇でもわかるほど湯気が立ち込める。

「貴様ぁっ! よくも、よくもぉっ!」
「見つけた。このまま決める!」
相手を見据えたまま、オリジナルへの感謝の印に、腕輪を軽く撫でた。
バルブが回転を止め、液体に乗ってメロがスライディング、苦しみのあまり跪く神楽に低位置からの回し蹴りを当てた。

群体の活動を阻害する作用により、神楽は姿を消すことが出来ない。それどころか、液体に体を焼かれて弱っている。蜂の巣も溶けてしまい、隠されていた金の装飾が露出している。
しかし、それでもなお、神楽は力を振り絞って立ち上がり、メロに向けて鞭を振るう。
「ここで死ぬわけにはいかない! 邪魔するな、超獣!」
「簡単に人の命を奪うあんたに、好き勝手させるわけないだろ!」
すかさず腕輪を2回押し込む。

《Slow loris!GIGA・BITE!》

神楽の胸部に手を当てると、バルブが再び激しく回転し、凄まじい勢いでメロの手から液体が放出された。水圧に耐えきれず吹き飛ばされた神楽は、人間の姿に戻って地べたに這いつくばった。
相手が戦えない状態になったとわかり、メロは腕輪を操作して元の姿に戻った。博士も腕に力を入れて網を引っ張り、警官らを守るバリアを解いた。

神楽は上体を起こすと、警官らに何度も手を伸ばし、虫を放とうとする。しかし、虫は出てこない。力を無力化されたのだ。そんな彼にメロが歩み寄った。

「何で病院を襲ったんだよ?」
神楽は虫を放つのを諦め、手をだらりと下げ、怒りの形相でメロを見上げた。
「彼女を守らねば」
「彼女?」
「和泉文香」
聞き覚えの無い名前だ。
困惑するメロを見て神楽が怒鳴った。

「お前が無力化した少女だ!」

「俺が?」
神楽の言葉を聞いて、メロが記憶を呼び起こした。宮之華学園ダンス部の生徒がトキシム化し、それを無力化した事件のことを。
少女のトキシムなど、後にも先にもあの生徒しかいない。
「せめて、獣として死なせるため、アダムは彼女をBに堕とした。それをお前が、元に戻した。アダムに出来なかったことをな」

ダンス部の事件で、メロは初めて赤目の派閥と対峙した。
少女に操られていたであろう生徒達の体から虫が這い出し、彼等がすぐさま意識を取り戻したために、メロは和泉文香を研究所に連れ帰ることが出来なかった。
そして、昏睡状態の彼女が搬送されたのが、
「この病院だった」
「あの子が? でも、守るってどういうこと?」

「ここに幹部がいるんだな?」

博士が人間の姿に戻り会話に混ざった。
鷹海市が“調査”のために裏で協力していたのが新鷹海総合病院。その当時から、目の前に跪くこの男が裏で動いていたのだろう。
虫を使って良いように事を運んでいたのか? いや、それなら即席の兵団を作って一緒に向かうような真似はしない。神楽自身の言葉から、この病院にいる幹部から少女を助けたいのでは、と博士は推理した。

「そうだ。二階恭子。あんたなら知ってるだろ、桐野博士」
「二階? あぁ、なるほど。良い就職先だな」
大きな病院を見上げて博士が言った。
二階の医師としての腕前も彼は覚えている。組織から足を洗って、そのまま外科医として成功していただろうに。彼女も支配者の座を狙っているのかと博士は呆れた。
「私の兵団が、奴の手下どもを蹴散らし、私とアダムで二階を始末する手筈だった。それなのに、お前が、お前が兵士を!」
「手下って、まさか」
事態を察したメロの体から血の気が引いていく。
「そうさ」
声を震わせるメロを嘲笑い、神楽がゆっくり立ち上がる。
「二階が群体を感染させるのは、自分の患者だ」
メロと博士が病院に目を向ける。

「奴の素材は簡単に集まる……素材の方から、二階を求めてやって来るんだからな」

◇◇◇

ガラス張りの正面玄関に突進して内部に潜入したアダム。

突入した先は半円状の広大なエントランス。
エントランス以外の電気は点いていない。その光が、獲物を照らすスポットライトのように感じられる。
前方に受付があり、両サイド、そしてフロアの左右に通路が伸びる。この広間は天井が高く、顔を上げると2F〜4Fの廊下が見える。

アダムが目の当たりにしたのは、各フロアの廊下に設置された柵にもたれかかり、病棟内をよろよろと歩き回るトキシムの群れだった。彼等はアダムを見つけると、一斉に瞳を緑色に輝かせ、彼に向かって吠えた。

《Cobra, crafted》

黄色い円形の武器、チャクラムを構え、アダムはトキシムの群れ目掛けてそれを投げた。ブーメランの如く投げられた巨大な刃が、凶暴化した患者達を斬りつけた。

和泉文香を救う。だがアダムがここに来た理由はもうひとつある。
これまでアダムは幹部らの司令塔を奪い、自分の頭に移植してきた。神楽に与えた群体も、奪い取った司令塔の力で作ったものだ。
他人の司令塔を使えば、別派閥のトキシムも操れるが、目の前のトキシム達を指揮する司令塔はまだ所持していない。この病院の何処かにいる幹部の頭の中だ。

「二階。あんたの司令塔を貰い受ける」

手元に帰ってきたチャクラムを、今度は赤い蛇腹剣に変化させる。
刃を伸ばし、アダムはトキシムの群れに襲いかかった。


【次回】

【第11話怪人イメージ】


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