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超獣GIGA 最終話#3

鷹海市沿岸部。

都市封鎖にゾンビ騒動。観光客が居なくなり、毎日のように賑わっていた魚市場も閑散としている。
そんな状況でも【喫茶北風】では賑やかなやり取りが絶えない。客足は減ったが、近所に住む常連客らはほぼ毎日店を訪れ、他愛ない世間話に花を咲かせている。そんな彼等の雑談に店主の村井翠も混じり、楽しい時間を過ごしていた。

客の冗談に大笑いする一方、心の底では甥のことを常に心配している。

宮之森学園で偶然再会した時には驚いたものだ。自分の目の前で怪物に変身し、ゾンビと戦っていたのだから。しかし、怪物に変身なろうが、左腕に妙な機械を取り付けていようが、中身は全く変わっていなかった。深くは聞いていないが、自分の甥は今、彼にしか出来ないことに励んでいる。

ゾンビのニュースが連日報道され、その度に胃がキリキリと痛んだ。ここ最近は一切の報道番組を避け、大好きなサスペンスドラマの再放送ばかり観ている。不安が大きくなると仕事にも支障が出る。
学園で別れたあの夜、翠は強く心に決めたのだ。愛する甥、メロの居場所を守り続ける。いつの日か、彼が帰って来るその日まで。

店に集まったのは3人の男女。いつものメンバーだ。翠が店主になってからは毎日のように足を運んでいる。いつしか翠も友人のように接するようになった。

「いやぁ、やっぱりここのお茶は美味いね。心がこう、パーってなるよ」
「まぁ、嬉しい! でも吉田さんはいっつもパーっとしてるじゃない」
「えぇ? そうかなぁ?」
元漁師の吉田が頭を掻く仕草をした。気さくな老人で、いつも翠や周りの客を笑わせる。

「そういえば、坊ちゃんは元気かい?」
吉田の古くからの友人、篠崎が尋ねた。
彼等はメロのことも幼い頃から知っている。配達途中に行方不明になった時も気にかけてくれた。

一応、メロの無事が確認されたことは知らせてある。ただし、大怪我を負って入院、現在はリハビリ中だと伝えている。まさか「怪物になってゾンビと戦っている」などと言えるはずがない。

「ほんっと、昔っから無茶ばかりするんだから。見舞いに行った時に怒っちゃったわよ」
当然これも嘘である。
「ははは、坊ちゃんらしいな」
「調子はどう? まだ退院出来ないの?」
近くで古着屋を経営している老婆、清水が聞いてくる。メロがまだ小さい頃から優しくしてくれた人物だ。甘やかしすぎるところは少々困ったが。
「うん」
一瞬、翠の表情が曇った。しかしすぐに笑みを浮かべ、
「もうじき戻るわ。必ず」と答えた。

そんな話をしていると、大慌てで店に駆け込んで来る男が1人。木下という大柄な男だ。彼も昼頃になると度々この店にやって来る。いつもなら子供のような笑顔で店のドアを開けるのだが、今日は血相を変えて走って来た。
「ちょっと、どうしたの急に?」
「む、虫、虫が」
「え? 虫?」
「虫が飛んできて、それで……」

その場にいた全員が黙り込んだ。
外から奇妙な音が聞こえてきたからだ。大量の虫が飛び交う羽音を連想した。
翠がドア横の窓から外を見ると、何やら黒い靄が動いているのを確認した。目を凝らすと、それが黒い虫の群れであるとわかった。
「ひぃっ、あの虫が来る!」
木下が床にうずくまった。この大男がここまで怯えているとは只事ではない。
「虫に、虫に襲われた奴らが、み、みんな……」
「木下さん、落ち着いて」

「落ち着いてられるかい! みんなゾンビみたいになっちまったんだよ!」

彼の話では、黒い虫の群れが突如町に現れ、外を出歩く市民の体に入り込んだという。耳や鼻、驚きのあまり開かれた口から虫が侵入すると、市民らはたちまち瞳の色を失って、ゾンビのように唸り出したそうだ。

常連客らは半信半疑だが、翠は危機を察して外に飛び出し、大急ぎで店のシャッターを下ろした。羽音が迫っているのが聞こえたが、振り向くことなくシャッターが締め切る前に店内に戻った。

「翠さん、何してんだい!?」
吉田が驚いて声を上げたが、直後にシャッターを叩くバチバチという音が響いて口を手で塞いだ。おそらくあの虫がぶつかっているのだが、音は非常に大きく、銃撃戦でも起きているのではと思うほどだった。ただの虫がこんな激しい音を立てられるとは思えない。

翠達4人が店の奥まで静かに後ずさる。音を立ててはならない。本能的にそう感じた。
「メロ……」
翠の脳に浮かんだことは2つ。客の安全を守ること。そして、きっと今も何処かで戦っているメロのことだった。



病院のヘリポート。

倒れたまま動かないメロを見てアダムが高らかに笑う。
トキシムを人間に戻す能力を持ち、レイラだけでなく、笠原の力まで奪った。少なくともアダムの中では“奪った”と解釈している。

その憎き超獣が遂に死んだ。
融合炉からは今も青白い液体が流れ出る。防御反応という可能性もあるが、オリジナルも笠原のネストが得た情報を注ぎ込まれて拒否反応を示していた。抗うことは出来まい。そもそも闘技場の時と違って、システムの適合者はもう動くことも無かろう。超獣は完全に動きを止めた。

「所詮はガラクタ。呆気ない最期だったな。正直物足りなさはあるが」
「真中、お前!」
無謀にも、傷だらけの体で桐野博士は再び変異、ヘリポートへと駆け出した。
背中の脚はまだ生え揃っていない。己の足で半壊したタイルを蹴り、ジャンプしてヘリポートに上体を乗せる。
そのまま這ってよじ登るが、うつ伏せの状態の博士にアダムが近づき、その傷だらけの背中を踏みつけた。脚が千切れて剥き出しになった筋肉に体重がかけられ、博士は甲高い悲鳴をあげた。

「そうか、お前の司令塔はまだ回収していなかったな」
メロの胸を突き刺した鉤爪は、元を辿れば博士の群体に由来するもの。
司令塔を取り込んでいないためか、他の武器に比べて威力は低い。おまけに使い古した予備の腕輪で生成したため、形を維持出来ずにすぐ崩れてしまった。メロに致命傷を負わせることが出来たので、アダムとしてはそれで充分だった。

「お前の弱い司令塔も必要無い。すぐ感情に流される、お前の薄汚い力なんて、新世界には要らないんだよ」
「へぇ……そうかい。そりゃあ、嬉しいねぇ!」
痛みに耐えながら、博士は腕に力を入れて立ち上がってアダムの姿勢を崩した。踏まれたせいで脚の再生が更に遠退いたが、まだ戦える。拳を構えてアダムに立ち向かった。

「お前の創る世界なんざ、こっちから願い下げだ!」
「口だけは達者だな。その舌も虫に食い千切られれば良かったものを!」
アダムが手を伸ばすと、再び虫の群れが集まって博士の体に飛びつく。体の傷を硬い顎で切り開かれ、激痛のあまり博士の攻撃が止まる。その間にアダムは黄色いチャクラムを造り、円形の刃を振り回して相手を斬りつけた。

黒い怪人がよろめくと、地面に突き刺さった蛇腹剣を手に取り、小さな刃の連撃を浴びせる。前後からの攻撃に赤黒い血が飛び散った。博士は足に力を入れて踏ん張っているが、立っているだけでも奇跡に近い。
「しぶといな。さぞかし苦しいだろうに」
「へっ。心配して、くれるなんてな」
「いいや、無様だなと思ってね!」

《Scorpion, crafted》

チャクラムを緑色の大きな弓に変化させ、博士の胸に狙いを定める。弓の中央に緑の電流と黒い虫が集まり、禍々しい輝きを放つ矢を形作った。
足が動かない。こんなことで攻撃を凌げるとは思えないが、博士は両腕をクロスさせる他なかった。
「可哀想に! お前を守ってくれる味方なんて何処にも……」

『ここにいるよっ!』

背後からアダムが銃撃を受けた。後方には銀色のドローンが1機。近距離で羽音を聞いていたせいで、機体が接近していることに気づけなかったようだ。
ノーラが操作するドローンがアダムに突進し、そのまま博士に近づいた。機体には銃のほかに筒状の物が取り付けられている。武器でも何でもない、いつも博士が飲んでいるエナジードリンクだった。
「何の冗談だよ?」
『アタシからの差し入れ!』
「はぁ? 状況考えろ!」
『無いよりマシでしょ!? ほら、攻撃が来るよ!』

矢を作るのは失敗したが、弓は大きな刃を持つ近距離用の武器としても使える。薙刀の如く振り回しながらアダムが近づいてきた。エントランスでは撃墜されてしまったが、今度は上手く攻撃を回避し、ノーラが銃弾を撃ち込んだ。

博士はノーラの差し入れを頭の上から被った。体に宿った司令塔と群体にも分け与えるように。飲んだところで力が湧くわけではないが、“これは万能薬だ”と心の中で言い聞かせた。ノーラに負けじと、足を気合いで動かしてアダムに迫る。

「下の連中は?」
大きな刃を腕で押さえ、博士がノーラに尋ねた。
『みんな洗脳されてる』
「……そうか」
「喋ってる暇は無いぞ、桐野!」
弓を瞬時に紺色の槍と盾に変化させ、攻撃のパターンを変える。蜘蛛の脚が1本再生したため、槍をその脚で払い除けた。

『ねぇ、メロ君は!?』
「聞くなっ!」
自分の口から言いたくなかった。
乱れる気持ちを抑えこみ、目の前の敵に網を飛ばす。アダムは網を避けつつ姿を消した。

音も無く、少しずつ距離を詰めるアダムだったが、ドローンの銃撃を受けて姿を現した。ノーラが飛ばしてきたこの銀の機体には、熱源を探知する機能が搭載されている。研究所に侵入した幹部同様、アダムは体を透過させただけだ。ドローンに搭載されたカメラは静かに近づく熱反応をしっかり捉えていた。

弾は硬い盾に防がれてしまったが、相手の位置を特定出来たのは大きい。
博士がアダムに突進しつつ、横目でメロを見やる。
自分の群体を融合炉に投与すれば、オリジナルに力を与えて再生出来るのでは。すぐにでも行動に移したいが、アダムの猛攻がそれを許さない。ドローン1機に時間稼ぎをさせるのも無茶だ。

考えを巡らせていると頬に一瞬痛みが走り、水滴が皮膚を伝って線を描く感触が。
アダムが武器を再び赤い剣に持ち替え、博士を斬りつけたのだ。
「何処を見てるんだ、桐野?」
どうにか隙を作らなければ。
自分の体に鞭打ち、博士がアダムに向かっていった。



気がつくと、メロは賑やかな場所に立ち尽くしていた。

この場所には憶えがある。鷹海中央公園。メロの人生を大きく変えた場所。
不思議なことに、周囲にはトキシムが1体もいない。楽しそうに喋るカップルや外国人ツアー客、バードウォッチングをするコミュニティ。“鷹海のゾンビ”とは無縁の幸せな雰囲気に包まれていた。

辺りを見回していると、ある観光客にメロの視線が釘付けになった。
小さな少年を真ん中に手を繋ぐ男女。少年に笑顔で語りかけるのは、

「父さん、母さん……」

紛れもなく、メロの両親だった。頭に焼き付いた2人の顔と全く同じだ。
だとすると、真ん中にいるあの少年は、幼い頃のメロ自身か。

これは現実の光景ではない。自分の記憶を再現した過去の映像だ。そのことに気づいてメロは総毛立った。間もなくあの家族の身に起きる事態を知っているから。
賑やかな公園に悲鳴とタイヤの擦れる音が響き渡る。逃げ惑う観光客。その後ろから迫る暴走車。

「駄目だ! 2人とも逃げて!」
メロが大声で呼びかけながら家族のもとに駆け出す。しかし、これは記憶。メロの声は届かない。
目の前で、両親が幼いメロを横に押しやり、そして車が2人を……。

その瞬間、目の前の景色に変化が起きた。車も両親も、その場にいた観光客達が一斉に姿を消したのだ。
ただ1人、幼い頃のメロを除いて。
これは単なる記憶の再現ではないのか?

幼い自分が、人のいなくなった広い道の上にうずくまった。小さな背中を見ているうち、メロの中でひとつの考えが浮かんだ。過去の自分に歩み寄り、そっと声をかける。

「お前、オリジナルか?」

メロの問いかけに、少年が顔をゆっくり上げて振り返った。青ざめた顔。目には光が灯っていない。異質な雰囲気ではなく、その表情には悲壮感が漂っていた。

「オリジナルって、どういう意味なの?」
少年が質問を返してきた。
「どういうって、うーん、そうだなぁ、唯一無二! みたいな?」
納得していない様子だ。少年はメロを見上げたまま固まっている。

「ごめん、俺も上手く説明出来ない」
「人間にもわからないことがあるんだね」
「なぁ、これはどういう状況? 俺にこれを見せたのもお前なのか?」
「見せたくて見せたんじゃない」

抑揚の無い声で少年は続ける。姿勢も両腕で膝を抱えたまま動かない。
「ボクの中の“コレ”に近かったのが、君の“これ”だった」
「コレって?」
「さっき覚えたばかりなんだ。ええっと、そうだ、ひとりぼっち」
メロの言葉を借りてオリジナルが発した言葉だ。やはり目の前の少年は、オリジナルがヒトの姿を借りて現れたものなのだ。

少年は視線を前に戻して再び俯いた。
「ボクの周りにはもう、誰もいない。ずっと見たかった世界も、とっても苦しいものだった」
メロの脳内に流れ込んできた映像や声を、オリジナルもキャッチしていたのだろう。それも、宿主のメロよりもずっと強く。

幼い子供の姿をとったことで、オリジナルの負担を痛感した。殺伐とした幹部達の意思を、この小さな体で受け止めていたと思うと、拒否反応としてノイズが発生するのも納得がいく。

「みんなが正しいんだ。世界を変える。そっちが正しいんだよ。だから他のみんなも、ボクから離れていっちゃったんだ」
「それは違う! あれは、その、アイツが操ってるだけで」
「もういいよ。世界なんか知らなきゃよかった。みんなみたいに強くないし、変えようとは思わない。でも、動きたくない。このまま居なくなりたい」

きっと、怖いのだろうとメロは思った。両親を失った後、自分も同じような気持ちを抱いていた。大切な存在が急に居なくなった時の恐怖は今も覚えている。
メロは天を見上げた。

経緯は全く違うが、叔母に引き取られてから暫くの間、メロも心を閉ざしていた。
あの時、叔母も同じように考え込んでいたのかもしれない。どうすれば心を通わせられるのか。どうすれば、心を救うことが出来るのか。

しばし沈黙が続く。オリジナルもメロも、ひと言も話さない。
散々悩んだ末、メロは少年の横に腰かけ、その肩に手を置いた。少年が目を丸くしてメロの方を向いた。

「取り敢えず、俺はここにいる」

考えた末、メロは何も思いつかなかった。
だから、今自分が出来る声かけをした。ひとりぼっちではない証明として横に腰掛けた。

「お前が見たもの、俺にも見えてたよ。声も聞こえた。うるさかったよなぁ。あんなの、一気に飲み込めるわけないよな」
「ごめん」
「なんで謝るんだよ?」
「ボクのせいで君も痛い目にあったんだ」
少年の声が小さくなる。メロは背中を優しく叩き、話を続けた。

「俺達が見たもの。何て言うか、あれも本物だ。今も嫌なことが沢山起きてる」
「そっか」
「でも、それが世界の全部じゃない。一部なんだ。世界には他にも色んな面があるって言うか。ごめん、説明下手で」
叔母のように上手く伝えられない。だが、オリジナルは興味を示しているようで、黙ってメロを見つめている。何となく、その目にほんの小さな光が灯ったような気がした。

「俺を通してお前が見たり、感じたものも、本物だ。お前は間違ってない。そもそも、正しいとか間違ってるとか、そんなものは無いと思う」
「そうなの?」
「うん。誰か1人の見方だけが正解ってことは、無いと思うんだ。人それぞれ見方は違ってて。お前だって、そう考えたから仲間を増やしたんだろ?」
少年に語りながら、メロはレイラから聞いた話を思い出した。少年は少し考えて返答した。

「ボクは君達の言葉をまだよく知らない。あの時ボクが考えていたことを言葉にしたら、きっと、そうなるのかもしれない」
「そ、そっか。……あのさ、これ、叔母さんが言ってたんだけどさ。命の形って無限にあるんだって。形も、中身も全然違うけど、それでもみんな生きてるんだって」

不意に叔母の言葉を思い出した。超獣としての姿を見られた日、メロが別れ際に尋ねた、心の何処かでずっと気になっていたこと。
「そう考えたらさ、世界の形も無限にあるってことじゃん? それってすげーよな!」
叔母の言葉と自分の考えが偶然にも上手く噛み合い、メロはワクワクして思わず立ち上がった。彼のテンションが不思議で、少年は呆然としている。

「もう一度、世界を見に行かないか?」
メロが少年に笑顔を向けた。
「え?」
「まぁ、その前に、止めなきゃいけない奴がいるんだけど。アイツは人を洗脳して、考えを1つにまとめようとしてる。そうなったら世界が狭くなっちゃうだろ?」
メロの言葉を聞き、少年は恐るおそる立ち上がった。まだ不安は残っているようだ。こうして並ぶと、やはり当時の自分は小さい。メロはもう1度しゃがんで目線を合わせた。

「お前の仲間も、今はアイツに乗っ取られて、見えてる世界を狭められてる」
「ボク、何すればいい?」
「言っただろ、世界の見方に不正解は無い。仲間が今見ている景色を受け止めて、その上でお前が、その視点を更に広げてやればいいんだ。否定するんじゃなくて」
「出来るかなぁ?」
少年の声は震えている。
自分自身を励ますというのも不思議だったが、メロは彼の頭に手を優しく乗せた。
「何だよ、怖いのかよ。俺よりずーっと頭の良い生き物の癖に」
「それは、そうだけど」
「そこは否定しろよ! へへ、何か博士みたいになっちゃった」

改めて、メロは強い眼差しを少年に向けた。
「俺も一緒だ。怖がらなくて良い。俺にも力を貸してくれ」
「……わかった」
周囲の景色が歪みはじめる。
少年の体が青白い光となり、メロを優しく包み込んだ。



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