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GIGA・BITE 第6話【後編】

【前回】



【4】

「あの化け物」
三影が手を組んで博士に話し始める。

「取り込んだ群体を自分の力に変える化け物。素晴らしい発明だ。俺の力もあいつに奪われちまった」
「あんたらの馬鹿げた戦争を終わらせるための存在だからな」
「おいおい! 馬鹿げたはねぇだろ。良いか? 現存する“人間”を生かしておけば、奴等は互いに殺し合い、いずれは滅んじまう」
三影はわざわざ両手の指2本を動かし、“人間”という言葉を強調した。
人間を“猿”と呼ぶ幹部の思想が見て取れる。

「世界の恒久的平和、そして理想郷を実現するための戦いだ。この前“殺された”馬鹿みたいな奴が主導権を握ってみろ、今と何ら変わらない」

馬鹿というのは林田のことだろう。
しかし、メロはトドメを刺していないし、報道でもゾンビ化した部下と相打ちになったとしか伝えられていない。三影は何故林田が“殺された”と断言出来るのだろう。

疑念を抱く博士の顔を見て、三影がクスクス笑った。
「そうか、お前さんはまだ知らないんだな」
「何の話だ?」

「ここ最近、幹部連中が次々に狙われていてね」

町の裏で起きていた事件に、博士は言葉を失った。
三影が知る限り、林田以外にも既に3人の幹部が命を奪われたらしい。警察側は何故か公表していないが、この探偵には見抜かれていた。

幹部達は互いに敵対し、姿を隠して戦っている。林田はさておき、他の幹部らも頭が回る。見つからない方が自然だ。自身の姿を消す能力を持つ三影だからこそ得られた情報なのだろう。

三影はダンスイベントの騒動で初めて超獣のことを知り、幹部達を襲っているのはメロではないかと疑ったらしい。ただ、彼の追跡調査によりその線は消えた。
この男曰く、メロはまだまだ甘い。幹部を圧倒することは出来ても、己の意思で命を奪うことは出来ないと踏んでいる。

「死んだ幹部に共通していたのは、頭に空いた穴」
「頭に? まさか狙いは」
「そうだ。頭ん中のコイツさ」
三影が右手を銃に見立ててこめかみに人差し指を当てた。

司令塔を狙った犯行。

警察を尾行、解剖された遺体を見て三影はその結論に至った。
潰して回っているのか、或いは司令塔を集めて何かを企てているのか。幹部を始末したとなればかなりの実力者だ。

宮之華学園では奇妙な虫も見つかっている。群体を運ぶためだけに造られたような存在。その虫に寄生された者は一時的にトキシム化するが、虫が体外に出ると、あっという間に元の人間に戻ってしまう。

博士も知らない事例。幹部の中に、司令塔と群体の新たな可能性を模索している者がいるのかもしれない。

「さて、本題に入ろう」
三影が話題転換の合図に手を叩いた。

「この町で、間違いなく大きな何かが動いている。いずれお前さん達も巻き込まれるだろう。そこでだ。俺とお前さんで、あの化け物をコントロールし、謎の敵と他の幹部を根絶やしにする! 化け物の共同所有だ」
スピーチのように歩きながら計画を語る三影を博士はただ見つめている。

「未熟な化け物だが、俺が奴を操作すれば怖いもの無し! 情報、戦術、そして敵を殺す覚悟。お前さん達に足りないものは俺がカバーしてやる」
「幹部共を倒した後は、あんたの時代が来るってわけか」
「もちろん悪いようにはしない。お前さんと化け物にもそれなりの地位を確約しよう。共に真の理想郷を作ろうじゃねぇか!」

『嘘』

黙っていたノーラがひと言。
心という概念がわからなくとも、表情や仕草から相手の心理をデータとして読み取ることは出来る。この男に協力する意思などない。都合良く利用して裏切る。それが彼女が導き出した答えだった。

『アンタの魂胆は見え見えだし、アンタの言う理想郷も全っ然面白くない! 協力なんかしないもんね!』
「何だコイツ」
「俺が作った人工知能だ」

ノーラの初期型は旧組織が活動していた時期に造られた。三影もその存在は覚えていたが、まさかここまで饒舌なAIに育っていたとは思いもしなかった。研究所に潜入した時も、博士が協力者と話しているとばかり思っていた。

「ちょいと変な方向に進化しちまってね」
『おい、変って何だよ!』
「ただし、俺もコイツの意見に賛成だ。あんたの話には何の魅力も感じない」

博士が笑みを浮かべて三影に言い放つ。これは偽りの笑顔。その目には三影に対する敵意が宿っている。
林田と対峙して怒りを抑えられなくなったばかり。今度こそはと必死に平静を装っている。自分の意思がノイズにならないように。

「ほう、AIも作り手に似るんだな」
『一緒にするな!』
「全くよぉ。良い話を持ってきてやったのに!」

自分の思い通りにならない博士らに憤り、遂に三影が牙を剥く。
彼は手の甲から細長い棘を伸ばして博士目掛けて突き出した。博士が瞬時に攻撃を避ける。
顔を上げると、三影の姿が消えている。博士の周囲を移動する音だけが聞こえる。
相手の居場所を特定しようと博士が耳をそば立てていると、

『後ろ!』

ノーラの指示を受けて横に転がる。背後からの攻撃に失敗した三影が舌打ちした。
姿が見えないだけで、霧のように姿が消えたわけではない。三影の体温を検知して場所を特定したのだ。
「ちっ、面倒な連中だ!」
三影が顔の前で腕をクロスさせた後、素早く広げる。それと同時に彼の肉体が怪物のように変異した。

愛用のハットと同じように、広いツバのある頭部。等間隔で赤い目のような突起が幾つも並び、頭部背面からは長細い鞭が結んだ髪のように垂れ下がる。その形状はエイを思わせる。バイザーに似た単眼は桃色に光っている。

青い表皮を服のように纏い、右肩には小さなマントのようにヒレが生えている。剥き出しの緑がかった皮膚には赤い裂傷。博士はそれを見て、エイの腹側にある鰓の切れ込みを思い出した。

司令塔の移植手術によって変化した三影の姿。瞳の色を見て、ダンスイベントに乱入した観客のトキシムらもこの男の差し金だったと博士は理解した。

「最後にもう一度聞く。俺と手を組む気は無いんだな?」
「何度も言わせるな」
異形の怪物を前にしても博士は動じない。
「あんたと組む気は1ミリも無い」
「そうか。だったら死ね!」
怒りを剥き出しにした三影が博士の真正面から向かって来た。

【5】

同じ頃。

廃病院から離れた住宅街。
警察隊と5体のトキシムの睨み合いが続く。敵だと判断したのか、どの個体も瞳に桃色の光が宿っている。
頭に銃弾を打ち込んでも、少し怯むだけで再び立ち上がる。
ゾンビの弱点は頭部ではないのか。フィクションから学んだ知識だけで未知の怪物に立ち向かう警官もいた。

その様子を見ていた市民らも、警察隊が劣勢になっているのを見て1人、また1人と現場から逃げ出す。
いよいよトキシムが攻撃を仕掛ける。1体が飛びかかる仕草を見せた。

目を瞑る警官。しかし、敵はまだ襲ってこない。
恐るおそる目を開けると、相手が1体ずつ後方に吹き飛ばされていくのが見えた。見えない何かに跳ね飛ばされているかのように。

トキシム達も何が起きたかわからず周囲に向かって吠えるが、その間も見えない何かの攻撃を受けて怯んでいる。
警官の1人が上司に連絡。ありのままの状況を伝えるが、こんなものをどう信じろと言うのか。本部にいる上司も困惑している。

その陰で、姿を消したメロがトキシムを攻撃していた。倒すためではなく、民間人から遠ざけるために。
透過能力は長時間持続するようで、警官達から姿を隠すのと同時に、5体の凶暴化したトキシムを翻弄して戦うことが出来る。

武器の細長い棘を収納し、拳と足で戦うメロ。A級相手に武器を使う必要はない。
殴打と蹴りを入れ、ガードが崩れたトキシムに狙いを定め《GIGA・BITE》を発動。掌底を腹に叩き込む。
警官らに襲い掛かろうとする個体がいれば、すかさず接近して突き飛ばす。飛んできた味方が直撃し、バランスを崩した2体目にも掌底を打つ。

警察隊はただ呆然とその様子を見ている。まだ残っていた市民も物陰から奇妙なを現象を観察している。
メロの活躍により3体のトキシムが活動停止。残る個体を無力化するべく身構える。

しかし、順調に無力化出来ていたところで、ノイズが再びメロを襲った。
今度は曖昧な声ではない。アウトレットで聞いた男性の声が一際強くはっきりと聞こえる。しかも、それに続いて博士の声まで。口論している声がノイズとなって響き出した。

それと同時に、姿を消す能力も途切れてしまい、フードを被った戦士の姿が露わになった。突然現れたメロに警察隊が注目、混乱している。観客らも仕舞っていたスマホを取り出そうとカバンをまさぐっている。

「くそっ、こんな時に!」

戦士が喋ったのを聞いて現場が更に混乱。警官の1人はこの戦士を特殊部隊員と思い込み、上司に連絡を入れる。警戒し、銃を構えて様子を窺う警官もいる。
トキシム達も敵の正体が見えた途端雄叫びを上げた。彼等もノイズの影響を受けているのか、先程よりも息が荒々しくなっている。

頭を手で押さえ、トキシムと警察隊に交互に目をやるメロ。すると突然、左手首の腕輪が青い電流を帯びた。林田との戦闘で身につけた力。超獣システムは意思の力で作動する。メロの無意識下の意思を反映した輝きなのだろうか。
迷っている暇は無い。腕輪上部を押し込んで赤い鎧を身に纏う。

《BITE!Centipede!Under control……》

武装を変えるや否や、メロは素早い身のこなしで2体を撹乱。1体の背後に周り、右手を覆う棘の先端を突き刺した。あまり深い傷を負わせたくない。なるべく浅く棘を刺し、電撃を流し込む。
1体が気を失うと、間髪入れずにもう1体の左肩付近に同じように棘を刺した。電流に痙攣した後、最後の個体もその場にがくりと倒れた。

トキシムの無力化は完了。警察隊に背を向けて急いでその場から逃げようとしたが、メロは立ち止まって後ろを向いた。

「あのさ」

驚いた警官達が銃に手をかける。しかし、その中の責任者だろうか、先頭に立つ中年の刑事が片手で部下を制した。

無謀なことだとわかっている。信じてもらえないかもしれない。しかし、メロはそうせずにはいられなかった。

「ゾンビは違う目の相手同士で戦う。普通は人間を襲わないけど、敵だと判断したら襲って来る。ゾンビを見つけた時は、なるべく驚かせないようにして」
メロなりの言葉で、トキシムの習性を伝えた。彼等を無駄に凶暴化させないために。

「何故知っている?」
先頭の警官が尋ねると、少し間をあけてメロが答えた。
「ゾンビとは長く戦ってる。殺すんじゃなく、助けるために」
その言葉を最後に、目にも止まらぬ速さで真紅の戦士がその場から去って行った。

複数の警官が倒れたトキシムに駆け寄る。
「今のはいったい?」
「わからん。だが、嘘を言っているようには聞こえなかった」
先頭の警官は、メロが消えて行った方向をずっと見つめている。

そんな警察隊の後ろ。

フード付きのパーカーを着た、大学生くらいの青年が、メロとトキシムらの戦いを物陰からずっと見つめていた。
手元のスマホをいじり、自分が撮影した写真を見る。警官を威嚇するゾンビ達の写真。その中にはメロの姿を捉えたものも。ほとんどの写真はブレているが、メロの姿をしっかり写したものも幾つかある。

「これだ……」

何かを思いつくと、青年はフードを目深にかぶり、辺りをキョロキョロ見回して早足で退散した。

◇◇◇

地下研究所。

青い怪物の鋭い棘が博士に迫る。
「終わりだぁっ!」
博士の眉間目掛けて棘を突き出した三影。
しかし、その攻撃は何かに防がれてしまった。弾力のある物体にぶつかったような感触が、棘を通じて右手に走る。

三影と博士の間に、蜘蛛の巣状の壁が出来ている。棘の先端はその壁に貼り付いていた。
強引に引き剥がすと、2人の間を遮っていた壁が布の如く崩れ落ちる。
それと同時に、奥に立っていた異形の存在がその姿を現した。

その身に纏う黒い鎧には、紫色の縞模様があしらわれている。
肩の装甲から伸びる強靭な腕を覆うのは、蜘蛛の巣を模した薄紫の帯。
背中からは蜘蛛の脚に似た太く大きな4対の棘。1対は肩を覆い、もう3対は翼のように広げられている。
左右4つずつ、計8つの眼は紫色に光り輝き、頭部を囲うように8本の角が生えている。その姿はさながら国王だ。

「安心しろ」
漆黒の怪物が博士の声で喋る。
「壁も床も、いつ暴れてもいいように補強してある」
目の前の怪物が博士であるとわかるや、三影が相手を挑発した。

「へぇ、そうかい。未熟な化け物1匹のために、ご立派なこった」
「いや、あいつのためじゃない」
三影の眼前まで一気に詰め寄ると、その胸目掛けて拳を強く突き出した。あまりの衝撃に三影が怯んだ。

「俺のためだ」
羽の無い翼が蠢き、変異した博士が三影に迫った。

【6】

博士が三影に突撃し、モニタールームのドアを突き破って押し出した。更に相手を廊下の奥まで軽々と投げ飛ばす。
硬い床に叩きつけられ、起きあがろうとする三影に対し、博士は次の一撃を食らわせる。突き破って派手に外れたドアを三影目掛けて投げ飛ばした。

三影は“ドアだったもの”が直撃するギリギリのところで回避し、姿を消して博士に迫る。怒りのままに足を強く踏みしめているのか、短い間隔で大きな足音だけが近づいてくる。

棘が届く距離で姿を現し、勢い良く右手を突き出す。首を横に逸らして棘をかわすと、今度は博士がその右手を掴み、壁に押し付けた。

手を動かそうとする三影だったが、腕が動かせない。
息を切らして右手を見ると、大きな蜘蛛の巣が壁と手を固定している。棘が糸に絡まって動かなくなってしまった。
手を引いて巣から逃れようともがく三影の首を掴み、博士が相手の顔面を何度も殴る。殴る度に、博士の拳に力が籠る。

「良い気になってんじゃねぇぞ!」
力尽くで棘を手の甲に収め、強引に右手を引き抜くと、博士の首元を両手で掴み、頭突きを浴びせる。だが、三影も頭突きの反動を受けて思わず頭を押さえた。
「無茶するな、雑魚のくせに」
肩で息をしながら博士が挑発する。

三影は再度棘を引き出し、疲弊した博士に突き刺そうとする。博士は両手で攻撃を押さえる。左手で相手の拳を、右手で手首を強く握っている。左手で押さえた時に擦り切れたのか、親指と人差し指の間がキリキリ痛んだ。

「雑魚だぁ? 引きこもりの分際で舐めた口叩きやがって!」
棘の先端は博士の目の前で止まっている。三影もトドメを刺そうとじりじりと距離を詰め、博士がそれに対抗して両手の力を強める。少しでも手の力を抜けば左目が貫かれてしまう。
博士の体力が削がれていることを悟り、ここぞとばかりに三影が全身に力を込める。

だが博士も負けていない。彼は腕を掴んでいる手を離し、素早く棘の中間を握ると、力を入れて棘をへし折った。この棘も体の一部なのだろう、三影が大きな悲鳴を上げて右手を押さえた。

その隙を逃さず、博士が手から射出した糸で三影の体を拘束。続けて相手の胸に拳を叩き込む。剛腕の威力は凄まじく、三影が長い廊下の、非常階段とは逆方向に吹き飛ばされた。

着地のタイミングを窺うが、博士はその猶予も与えず、翼のように生えた蜘蛛の足を器用に動かし、あっという間に宙を舞う三影に追いついた。廊下は狭い。補強されたガラス張りの壁には幾つもの穴が空いている。

蜘蛛の足を壁に突き刺したまま詰め寄り、三影の腹に両手を強く打ち付けた。落下する三影を今度は自身の足で蹴り、廊下の先、突き当たりの壁に三影の体が大きな音を立ててぶつかった。

一拍のテンポで強化ガラスに穴が空く音が響き渡り、三影がどうにか起き上がった頃には、博士は彼の眼前まで迫っていた。
首根っこを左手で掴んで三影を持ち上げると、壁にその体を押し付け、二手に分かれた廊下の右側に駆け出す。背中の皮膚が擦れ、三影が低い唸り声を上げてもがいている。
壁が途切れ、博士がボロボロになった青い怪人を雑に放り投げる。

2人がたどり着いたのは巨大な正方形のスペース。さながらボクシングのリングのようだ。
「へ〜ぇ、粋な計らいだねぇ」
「お前、まだそんな軽口が叩けるのか」
そう言う博士も、普段動かさない体を酷使して息を切らしていた。

三影がフラフラと立ち上がり、右手を構える。再生能力によって棘が生え変わり、相手を殺す準備は整っている。
数秒の沈黙の後、怪物達が広いスペースの中央でぶつかり合った。

三影は右手を高く振り上げるとその姿を消し、行方を探る博士の右側から現れて突進した。よろめいた博士に棘を突き刺そうと走り寄る。しかし、素早く繰り出された蜘蛛の網にぶつかってバランスを崩し、顔面に強烈なフックを食らう。

三影も負けじと瞬時に姿を消し、四つん這いの状態で博士の足下に出現。彼の足首を棘で切りつけた。棘には極小の刃が並んでいるらしく、切りつけられた足首に痺れるような痛みが走った。
立ち上がって再び姿を消す。今度は物音を立てずに移動しており、博士も敵を見つけ出そうとゆっくりと全体を見回している。

博士の背面を取ると、床を蹴って飛び上がり、脳天目掛けて棘を突き出す。しかし、攻撃が当たる直前、三影は突如横に吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。
何事かと上体を起こすと、一機のドローンが博士の横でホバリングしている。

『ざまぁみろ、バーカ!』
ドローンからノーラの声。彼女が熱源を探し出し、銃弾を撃ち込んだのだ。

三影の対角線上にドローンを保管する棚がある。飛行音で気づかれないよう、その棚から相手を狙撃したのだ。距離や角度を計算して撃ち出したが、的中する確率はおおよそ6割。失敗して博士が被弾する可能性もあった。

「おい! 邪魔するな」
『アタシもやる! 博士ばっかりズルい』
「何だズルいって! あいつは俺が潰す!」
『わかんねぇ奴だなー。またキレ散らかして暴れるつもり?』

ノーラの声が少し低くなった。
博士は変異してから攻撃の手を止めず、三影を本気で殺しにかかっていた。これでは先日と同じ、また怒りに飲まれて暴走してしまう。

彼女の言葉を聞いて博士もハッとした。
感情に飲まれた自分を責め続けていた癖に、同じ過ちを繰り返そうとしていた。

三影は体制を整えると、棘を手で擦る仕草をして身構えた。
「おいおい、さっきまでの威勢は何処に行ったぁ?」
足を広げると、姿を消しながら三影が勢い良く駆け出す。
右、左、再び右。相手が姿を現すと瞬く間に消える。博士はじっと立ったままだ。

ノーラが狙撃の準備をすると博士がそれを制した。文句を言おうとしたが、博士が手で送ったサインを見てノーラは言葉を飲み込んだ。

「ぼーっとしてんじゃねぇぞぉっ!」

博士の真正面に、右手を引いた姿勢で姿を現した三影。そのまま手を突き出したのと同時に、博士が左に体をずらし、滑り込んで来る三影の棘に糸を射出した。糸は棘を包み込むとそのまま右手まで伸び、強く締め付ける。

単に攻撃を防いだわけではない。三影は糸を通じて博士の右手と繋がったまま。
博士が生成するこの糸は簡単には千切れない。自身の手から伸びる糸を強く握ると、繋がれたままの三影を振り回した。
壁や床に何度も打ち付けられ、平衡感覚を失う。度重なる攻撃で棘が折れそうになるが、糸は右手をしっかり捕らえており、解くことが出来ずにいる。

相手の抵抗する力が弱まったのを確認すると、博士が糸を引いて三影の体を自分に寄せた。と同時に、2人が戦っているスペースを赤い光が包んだ。

ここは駐車場の下に造られた、ドローンの離着陸場。ノーラが天井の扉を開け、そこに夕陽が差し込んだのだ。

「失せろ、雑魚が」
ヨーヨーの如く、弱った三影を目の前まで引き寄せると、博士は糸を千切り、すかさず三影に強烈なアッパーを撃ち込んだ。

三影の体が宙を舞う。空高く飛んだのを確認してノーラが天井を閉める。重力に引っ張られた青い怪物はそのまま硬いアスファルトにぶつかり、元の人間の姿に戻った。

一度ピクっと体を動かすと、三影は息を荒げて立ち上がった。
もう一度地下へ。力を振り絞って右手から棘を伸ばし、地面に突き刺す。その直後、数機のドローンが病棟から飛び出し、三影の周りをホバリングした。
林田がやって来てから、博士がドローンを何機か地上に移しておいたのだ。別の幹部やその兵隊が敷地に侵入することを想定して。

『さっさとお帰りくださ〜い』
ノーラがドローン越しに挑発。
体を変異させようにも、体力を消耗しすぎて戦うことも出来ない。

「命拾いしたな、屑共! 必ず、必ず舞い戻る! そしてあの化け物もろとも、ぶっ潰してやる!」
悪態をついて三影が霧のように姿を消した。

真下では人間の姿に戻った博士が彼を嘲笑っていた。
体勢を立て直すべく、三影は病院の敷地から出て行った。

それとほぼ同時に、新たに作った裏口からメロがよろよろと帰ってきた。
今日1日で彼も相当体を酷使した。地下に行く前に、病院裏口前で倒れてしまった。それを察知したノーラがドローンを操作。担架を作ってメロを救助した。

メンテナンスルームに運ばれてきたメロを博士が出迎える。カプセルに寝かせると蓋を閉じた。
「よし」
眠りにつくメロから少し離れ、博士が体に力を込める。その目は紫色に輝いている。

「久々に力を使ったんだ。ついでに、と思ってな」

博士とメロ以外、誰もいない空間。そこで博士が何者かに声をかける。
戦い疲れておかしくなったのではとノーラが焦ったが、そんな彼女をよそに博士は続ける。
「いるんだろ? 出てきてくれよ」
少し声を張って博士が呼びかける。すると、

“相変わらず失礼なヤツ”

博士の頭に女性の声が響いてきた。
気配を感じて振り返ると、光に縁取られた女性が立っていた。白衣を着て、長髪を後ろで結んでいる。度々メロとコンタクトを取っている女性だ。

「私は“ついでに”呼ばれたわけね」
女性の声が、今度は博士の正面から聞こえてくる。
「青年にちょっかい出してるのは、お前だったのか……レイラ」
レイラと呼ばれた女性は表情ひとつ変えずに博士の問いに答えた。

「ちょっかいは出してない」
「その姿はどうした?」
「綺麗になったでしょ」
「冗談を言ってる暇はない」
「要件は何?」

博士とレイラは知り合いだった。
メロを暴走させてしまったあの日、博士もメロが言っていた“女性”を目撃した。

メロの話を聞く限りでは、左腕を隠す幻覚ガスの副作用だと思っていたが、彼女の姿を目にして博士は考えを変えた。
彼女は幹部が飛び出して行った後、博士らと共に研究所に残った同志の1人。だが、博士の記憶では、レイラは移植した司令塔が適合せず、文字通り“消滅”したはず。

聞きたいことは山ほどあるが、博士がまず最初に聞きたかったのは、超獣システムのことだった。
「俺が設計し直した超獣システムには欠陥がある」
「ダサいネーミング?」
「おい、真面目に聞けよ」
「お断りよ」
レイラは顔を背けて続けた。

「あなたは弱い。あなたが手掛けた時点であのシステムは破綻したようなもの。感情に飲まれやすくて、想定外の事態に冷静さを失う。あの子の保護者として最低レベル。0点あげるのも勿体無いくらい」
「言い過ぎだろ」
ノーラが何度も博士に呼びかけるが、それを無視して2人は会話を続ける。ノーラには、レイラの声は聞こえていないようだ。博士が1人で喋っているように見えている。

「確かに青年と会ってから1ヶ月程度しか経ってない。でも俺はあいつのことを……」
「違う。私が言ってるのは坊やじゃない。坊やは寧ろ上手くやってくれてる」
「言っていることがわからんのだが」
「坊やの映像を探して確認することね。システムの欠陥、だっけ? そんなものは無い。あるとすれば、それはあなた自身」
博士に対してレイラが冷たく言い放つ。
博士の方は、彼女の言っていることを理解するのに精一杯だった。

少しして、レイラの体を縁取る光が強まった。光は無数の粒となって分散していく。そろそろ時間のようだ。
「あなたと話す気分じゃない」
「ま、待て! 最後にもう1つ」
博士は最後の最後に、別の疑問を投げかけた。

アウトレットモールの事件。メロが初めてレイラの声を聞き、その場所を知らされたのは事件が起きた前日。
「林田に計画なんざ立てられやしない。確かあいつも、天の導きとか言っていた。お前、心当たりは無いか?」

レイラの体は既に上半身まで消え掛かっている。
体が分散する中、レイラは溜息をついて最後の質問に答えた。それはたったひと言、謎解きのヒントのような言葉だった。

「私は“特別”なの」

そう言い残して、レイラは完全に消え去った。
博士の疑問は何ひとつ解決しなかった。アウトレットの件はさておき、超獣システムの改善点について、レイラは博士自身が欠陥だと言い放った。
博士も自分の未熟さを痛感している。しかし、今のまま超獣システムを作動させるのは不安が残る。

レイラが消えた場所を見つめる博士。
彼女が頼みの綱だった。
超獣システムの発案者、そして何より、あの小さな生命体を生み出した研究班のリーダーである、彼女が。

◇◇◇

傷ついた体はだいぶ回復してきた。
三影はデートスポットとなっている高い丘の上に立っていた。夜は誰もおらず静かだ。
町全体を見渡せる最高の場所。そこでただ1人、博士への復讐を誓い月を睨みつけていた。

「あの野郎。低能の分際で俺をコケにしやがって!」
丘を囲む鉄の柵を蹴り付ける。
怒りは収まらず、長い棘を何度も手の甲から出し入れしている。ズルズルという耳障りな音が周囲に響く。

三影はメロのこともまだ諦めていなかった。超獣システムはやはり魅力的だ。
一時的に博士らと手を組む作戦は失敗に終わった。だが、手なら他にもある。
学園の事件の直後、メロが女性と話をしていたのを三影は見逃さなかった。

「あの女を餌に化け物を誘き寄せる。所詮はただのガキ、弱みに漬け込めば必ず……?」
三影が口を大きく開けて固まった。全身がピクピクと痙攣しており、その体を、真っ赤な刃が貫通している。

刃を突き刺したまま、コツコツと足音を立てて、正体不明の敵が歩み寄る。振り返ろうにも体がピンと張り詰めて首を動かせない。
次に三影が感じ取ったのは、後頭部に冷たく硬い物体が当てられた感触。

この瞬間、彼は全てを察した。

体が痺れて姿を消すことも出来ない。そもそも消したとしても、深々と刺さったこの刃からは逃れられない。

幹部の1人である三影を恐怖の感情が襲う。目を瞑りたくても瞑れない。
三影の耳に、短い機械音声が聞こえてきた。

《Snatch》



【次回】

【第6話怪人イメージ】


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