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超獣GIGA 最終話#2

金の腕輪が作り出した銅色の球体。大人用のバランスボールくらいの大きさで、所々灰色の縞模様が入っており、その色合いは蜂の巣を彷彿させる。

球体から虫の羽音に似た低い音が鳴り出し、メロ達の鼓膜を震わせた。音に合わせて地面が振動している。何事かと警戒していると、屋上のタイルや外壁の一部、ヘリポートを囲む柵が破裂音と共に浮かび上がった。

宙に浮く瓦礫は空中でひとりでに砕け、細かい塵となって球体の表面に吸着し、その一部となる。球体は絶えず病院を上から壊し続け、その瓦礫を吸収してしまう。心なしか羽音が大きくなっているような気がする。

「さっさと始めようか」
アダムが球体に伸ばす手に力を込めると、球体がゆっくりと回転を始めた。次の瞬間、球体の表面に幾つもの穴が開いて黒い靄が噴き出した。靄は徐々に大きく広がり、やがて羽音と共に町中に分散していく。
黒い虫の群れ。桐野博士が危惧していた事態だ。
虫が飛び立つ間も、球体は周囲の塵を内部に取り込んで次の部隊を作り出す。

「どうだ笠原! あんたよりも強いネストを作ってやったぞ」
天を仰いでアダムが勝ち誇ったように振る舞う。
当初は司令塔を全て奪い、あらゆる特性を持つ最強の群体を体内で生成。それを笠原が作る空っぽの虫に取り込ませて、鷹海市全域に拡散する予定だった。二階と戦った際、メロの粒子を虫達に運ばせたように。

アダムの意思を具現化したような、命を持たぬネスト。血肉の代わりに無機物を素材とするため、笠原のようにその身を犠牲にする必要もない。それに彼等がいる場所は市内で最も大きな病院だ。外壁、広い床、鉄骨。素材なら充分揃っている。

「間もなく僕の群体が猿共に投与される。このペースじゃ一気に世界を塗り替えるのは不可能だが、小さな町を支配するには充分だ」
「させるか!」
博士が網を放って虫の捕縛を試みる。蜘蛛の糸さながら粘着力のある網は、一度は虫の集団を捕らえるものの、簡単に噛み切られてしまう。

「無駄だよ桐野。お前如きに僕は止められない!」
アダムが手を博士の方に向けると、それを合図に虫が細長い隊列を組み、蛇のように宙をうねって博士を襲った。虫の集合体は地面を削りながら博士を追いつめ、彼の体を覆ってその肉に齧り付く。メロと合流して共にアダムと戦うつもりだったが、これではヘリポートに近づけない。

博士が苦戦している間に、メロがアダムに突進した。既に黒い靄が市街地へと向かって行った。虫に入り込まれた市民がいてもおかしくない。
中途半端な形態で果敢に攻めたものの、やはり大して力が出ない。人型のトキシムを無力化するのがやっと、と言ったところだ。
無謀とわかっていても戦うしかない。懸命に殴打と蹴りを繰り出すが、アダムには全く当たらない。顔面目掛けて突き出されたメロの拳は、アダムの左手に簡単に捕まってしまった。

超獣に対する彼の怒りは未だ収まっていない。掴んだ手を強く捻ってメロの体を引き寄せた。赤いバイザーの下で瞳の無い目が光る。
「もちろんお前のことも忘れちゃいないさ。この場で殺してやる!」
空いているもう一方の手でメロの顔面を何度も殴り、続けて腹を強く蹴り上げる。メロは為す術なく地面を転がる。正方形に区切られた小さな戦場。球体の引力で外壁や屋根も剥がされて足場も悪い。

強風にも煽られ転げ落ちそうになるも、手足を広げて地面に張り付きなんとか堪えた。うつ伏せの状態から立ちあがろうとすると、アダムが赤い剣を携えて追撃。蜂の巣はそのままに、瓦礫から別の武器を作ったらしい。鞭のようにしなる刃がメロの体を斬りつけた。

今のメロは群体特有の力を使うことが出来ない。人間より向上した身体機能と、自己再生能力を備えただけの怪物。通常のトキシムとほぼ同じだ。自分の方が有利だとわかっていながら、アダムはメロを痛めつけるためだけに、持てる力を存分に引き出して襲いかかる。戦いというよりも虐めに等しい。

激しい攻撃に防戦一方になる。そんな中、赤い刃を手で防ぎつつ、メロは融合炉に目を向ける。炉の中から微かに青白い光が漏れていたのだ。光はゆっくりと点滅している。オリジナルもどうにか踏ん張っているようだ。しかしその光からは、「戦う」という強い意思ではない、真逆のものが感じられた。

会話が出来るわけではないが、オリジナルから伝わってくるものに名前をつけることは出来る。今オリジナルが抱いているのは「不安」や「恐れ」、いや、もっと重い感情だ。

「ふん。自分ではなく、そんな微生物の心配をする余裕があるとはな」
「うるさい! コイツも必死に戦ってるんだ、仲間を……助ける、ために」
“仲間”という言葉を口にした途端、メロは胸を抉られるような重い気持ちに襲われた。
耳鳴りがする。頭が真っ白になって、背筋が冷たくなっていく。自分1人が大勢に囲まれているような感覚。

「ひとりぼっち」

メロの口をついて出たのはそんなひと言だった。
オリジナルがメロの声を借りて発した言葉。メロが抱いた不気味な感覚も、小さな生命体の気持ちを反映したものだろう。
「そうか」
納得したようにアダムが呟いた。
彼は鷹海に潜んでいた幹部達から全ての司令塔を奪った。いずれも宿主の意思に汚染されていたが、最後に回収した笠原のネストは違う。人間に初めて寄生した群体であり、その宿主が意思決定を委ねたことで、オリジナル自身の「知りたい」という意思をキャッチした唯一の個体だ。

仲間達は既に集結した。アダムの体内で、ネストという“もうひとつのオリジナル”のもとに。

残されたのは、ずっと容器の中にいた自分だけ。だから自分は、「ひとりぼっち」。
メロに伝わってきた一際強い不快感は、孤独による絶望感だったのだ。
「もはや融合炉のソイツに価値は無い。僕の中で、あの生命体は完全に再現されたのだからな」
アダムが手を広げてメロに向けた。それを察知し、博士を襲っていた虫達がメロに群がった。血を流し、傷だらけになった博士がメロに呼びかけるが、その叫びは羽音に掻き消されてしまった。

「世界を知りたいんだったな。どうせ死ぬんだ、最期に教えてやるよ」

虫を追い払うのに必死なメロだったが、そのうち1匹が融合炉の内部に侵入。その直後、メロの胸に激痛が走った。融合炉の縁を押さえてその場に膝をつく。ぼんやりと灯っていた青白い光が突然強くなった。光は不規則に点滅を続けており、輝きが強くなるとメロの肉体も強い痛みに襲われる。
胸の痛みだけではない。頭の中で、大勢の人間の声や激しい物音が鳴り響いている。幹部の意思を拾った時と同じくノイズが発生したのだが、今までのノイズとは質が違う。

ノイズが徐々にはっきりしたものとなる。それに合わせて、メロの脳内で沢山の映像が次々に再生された。幹部らのものとは異なる、若者達の罵声。男女の言い争い。汚い言葉を吐く子供達と、静かに泣く少年。トラックが通行人を轢いて逃げていく、そのタイヤが地面を擦る音……。

鮮明になる音や映像は、メロ達の戦いから大きくかけ離れたもの。登場人物に怪物は含まれていない。獣じみた声も聞こえない。にも関わらず、今までのどのノイズよりも激しく、頭を焼くような痛みを伴うものだった。

両手で頭を押さえて苦しむメロから虫達が離れ、入れ替わりにアダムがゆっくりと歩み寄った。虫は博士の拷問を再開、羽音に混じって男性の唸り声がアダムの耳に届く。

「お前、何を……何をしたんだ」
「融合炉の引きこもりに教えてやったんだよ、この世界のことを」
「せ、かい?」
激しい体の痛みと不快感のせいで顔を上げることも出来ない。どれだけ酸素を取り入れようにも空気が肺に届かず、呼吸はより激しさを増すばかり。
「笠原が自分のネストに見せた、この世界の記録を直接送ってやったのさ。ソイツのお望み通りにな」
融合炉の中から黒い虫が這い出し、メロの体の下で塵に戻った。虫に群体を注入されたことで、ネストが得た世界の情報がオリジナルに渡ったのだ。笠原の体を通して知った、偏った世界の情報が。

胸の鎧から漏れる青白い光が地面に反射していたが、その輝きも徐々に弱まってきた。アダムがメロを足蹴にして融合炉を上に向かせた。オリジナルが弱っていることを確認すると、
「何が超獣だ」
博士の方を向いて冷たく言い放った。
「この程度の刺激で死ぬなんて猿より弱いじゃないか。有り合わせの物で拵えた生物兵器なんて、僕には遠く及ばない」

黒い靄が晴れ、体中から血を流す蜘蛛の怪人が姿を現す。背中の脚も無数の顎に噛み砕かれてしまった。網による防御も虚しく、とうとう博士は人間の姿に戻って倒れた。まだ意識はあるようで、地面に這いつくばってアダムを睨みつけている。
「何だその目は。戦う気力も無い癖に」

「まだだ」

背後から荒い息の混じった声がした。振り返ると、メロが身を捩らせ、痛みに耐えながら上体を起こすところだった。凄まじいノイズのせいで見えるもの全てが二重に見える。そんな中、よろよろと立ち上がり、どうにか焦点を合わせて拳を構えた。
「まだ死んでねぇよ。俺も、オリジナルも!」
力を振り絞り、敵の顔面に拳を叩き込む。超獣システム自体は確実に弱体化しており、アダムが上体を反らしてパンチを回避した。
かわされることはわかっている。メロは続けざまに拳を打ち込むが、1発も当てることが出来ずにいる。
「無様だなぁ! 僕に傷ひとつ付けられないなんて!」
回避し続けるのにも飽きたのだろう、メロが傷だらけの右手を突き出すと、左手でその手首を掴んだ。相手の身に蹴りを入れようとアダムが脚を構えた、その瞬間。

「この時を待ってた」
「何?」

拘束されている右手に、自分の左手首を近づけ、腕輪の上部を2回押した。
【GIGA・BITE】が発動し、僅かながら身体中に青白い電流を帯びる。その状態で、メロはアダムの腕輪に手をかけた。
素体のままアダムを倒すのは至難の業。しかし、彼の目論見を阻止する手立てはある。蜂の巣を作り出した腕輪を壊してしまえばいい。

メロは闇雲に拳を突き出していたのではない。このタイミングを待っていたのだ。アダムがその手で攻撃を受け止める瞬間を。黄金の腕輪が、自分の手の届く所に来るタイミングを。

「言っただろ、お前の好きにはさせないって!」
電流がアダムの手に回り、金の腕輪を包み込む。猿の顔のような模様が浮き上がったディスプレイが乱れだす。それに合わせて、空中で回転する球体も揺れ始めた。
「よせ、やめるんだ!」
「やめてたまるかぁっ!」
ありったけの力を込めて電流を流し込む。アダムの計画さえ中断出来ればいい。市民を虫達から守れれば、今はそれだけで充分だ。
しかし。
「やめろ、やめるんだ! このままじゃ僕の計画が……なんてね」
「えっ?」

《Spider, crafted》

左手首からではない、別の場所から機械音声がした。
声に気を取られていると、左胸に鋭い痛みが。ゆっくり視線を向けると、黒い鉤爪が融合炉に深々と突き刺さっている。
腕輪を掴むメロの手が離れ、彼はその場に仰向けに倒れた。その直後、鉤爪は砂のように崩れて無くなった。
システムの中枢を攻撃されたことで、その姿も人間に戻ってしまった。
声を上げることも出来ず、目を瞬かせるメロに、アダムは右手に持つ“それ”を見せつけた。

もうひとつの腕輪。

アダムが笠原のネストを奪うべく、特殊部隊を蹴散らしてその身に近づいた時、密かに回収していたものだ。
屋上に着いた直後、予備の腕輪に自分の群体を吸わせ、いざという時のために忍ばせていた。尤も、当初の予定では使うつもりは無かったのだが。
「お前にも知恵があるとは思わなかったよ。それだけは褒めてやる」
「青年! 駄目だ、目を瞑るな!」
博士の声が、メロには籠って聞こえる。

融合炉にはヒビが入り、隙間から青白い液体が流れ出る。
意識が遠のき、その目がゆっくり閉じていく。

「おやすみ、超獣」

博士の叫びを子守唄に、メロは深い眠りについた。



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