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GIGA・BITE 第7話【前編】

【前回】



【1】

鷹海市のはずれ、工場跡地。

小さなトラックが寂れた廃墟に到着した。
年季の入った車体から鳴るうるさい排気音を聞いて、廃墟から数人の男達が出てきた。2〜30代で、タンクトップや半袖のシャツ、薄手のズボンといったラフな出で立ち。皆一様に大柄で、鍛え上げられた筋肉を袖から覗かせる。

男達の奥から、ふくよかな男性が現れ、トラックをまじまじと見つめる。
黒のタンクトップに迷彩柄のズボン。両肩にはいくつものタトゥー。男性に向かって周囲の男達が揃って頭を下げた。
男が見つめる荷台はガタガタと揺れ、中から低い唸り声が聞こえてくる。

「運べ」

男性が指示を出すと、トラックの助手席から小柄な青年が降り、駆け足で荷台のドアを開けに向かう。フードを目深に被った痩せ型の青年は、この集団の中では浮いて見える。

青年がバックドアを開けると同時に、待ち構えていた男達が荷台に乗り込む。
荷台の中には、顔を麻袋で隠された人物が3人、体を拘束された状態で座らされていた。
運ばれてきた1人に対し、男の部下が2人ずつついて荷台から下ろす。麻袋の下から人間とは思えない悲鳴が聞こえる。

鷹海のゾンビ。

兼ねてより囁かれてきた都市伝説。
市長が会見を行い、単なる都市伝説ではなくなってしまった。しかし、鷹海のゾンビが実在するということを、一部の者達はずっと前から知っていた。
指示を出しているふくよかな男性、向井むかい昭伸あきのぶは裏社会に生きる男だった。

ある日向井は、道端でぶつかって来た若者を暴行して逮捕された。こんなことは日常茶飯事だった。

しかし、いつもと違うことがひとつ。

取り調べを担当した刑事が、妙なことばかり聞いてくるのだ。
若者は白目を向いていたか。ボーっとしていたか。唸り声を上げなかったか。

自分が殴った若者の特徴に一致していたため、向井は素直に答えた。
刑事は満足げな顔で頷いていた。
不思議なことばかり聞かれるので、何を探っているのか聞いたところ、刑事は得意気に答えた。自分は“ゾンビ”を追っている、と。

向井に負けない、大柄で鬼のような顔をした刑事だった。トレンチコートを着たその姿は、刑事ドラマからそのまま出てきたかのようだった。
続けて刑事は更に奇妙な質問を2つしてきた。

暴行を加えている間、目が光らなかったか。
それは何色だったか。

確かに向井が顔面を何度も殴打していた時、不意に若者の目が緑色に光った気がした。そんなことは気にせず、やり返そうとしてきた若者の手をへし折り、地面に捩じ伏せて何度も殴った。

話を聞いた刑事は「猿でも再起不能に出来るのか」と呟いていた。あまりに不思議な時間だったからよく覚えている。
その後、何故かわからないが、向井は釈放された。
あの刑事は「参考になった」と嬉しそうにしていたし、聞いてもいないのにゾンビの話を得意気にしていた。

釈放された向井は、刑事の言っていたことが気になって、部下を使ってゾンビを探しはじめた。
すると、町中であの若者にそっくりな者達が見つかった。白目を向いた亡者のような市民達。それでいて、映画のように他人に手を出すことは無い。
インターネットでは“鷹海のゾンビ”なる都市伝説が噂されており、そこで語られる特徴とも一致していた。

ただひとつ、噂では語られていない特徴があった。

部下と共にゾンビを探していた時、向井はゾンビ同士の乱闘を目撃する。
人間離れした動き。その瞳がそれぞれ黄色と青色に光っていたのを見ている。
あの刑事が尋ねたことの真意がわかった。

同時に身震いした。自分は偶然あの若者を捩じ伏せられただけで、もし攻撃の手を緩めていたら、強烈な反撃を喰らっていたのではないかと。

ゾンビ達は互いに力尽きてその場に倒れた。少しすると黒い服に身を包んだ集団が現れ、ゾンビ達を何処かへ連れて行った。ゾンビの存在が都市伝説止まりである理由を何となく察した。

この時、向井の中で新しいビジネスのアイデアが浮かんだ。
ゾンビ同士を戦わせ、観客に賭けさせる。

馬鹿な刑事が自慢気に話してくれたおかげで少しはゾンビの扱いも覚えた。
町でゾンビらしき人物を見つけたら、顔を見られぬように近づいて制圧、すぐに顔を隠す。ゾンビ1体に対して複数人で捕獲にあたる。

幸いにも麻薬が通じるようで、彼等は反抗する力を失う。部下の咄嗟の判断から、ゾンビが自分達と同じように生きた存在だと学んだ。
ただし、生きていようがゾンビに人権など無い。新時代の剣奴となってもらう。

人目につかない廃工場を見つけ、地下を掘って闘技場を建設。
元々のビジネスで知り合った、限られた客にだけその話を持ちかけ、ある夜に最初の武闘会を開催した。
武器こそ使えないが、それでも激しい戦いに観客は熱狂。深い傷を負っても少し休ませれば回復する。

扱い方を間違えて噛まれた部下が、数日後にゾンビの仲間入りをしていたのには驚いたが、新しい剣奴も獲得出来ることを知り、向井は本格的にこのビジネスに力を入れるようになった。

初めての武闘会からもうすぐ1年。
回復が間に合わずにゾンビが息絶えたり、凶暴化した彼等を沈静化するのに時間がかかったりと、様々なトラブルもあった。開催頻度は少ないものの太客も獲得出来、今日までビジネスを続けることが出来た。

新しいゾンビが、地下に増設した収容所に運ばれていく。
その様子を見ていると、荷台を開けた青年が近づいて来た。
借金を返済出来ない者を新しいスタッフとして雇うこともある。この青年も金を借りていて、返済が難しいという理由で数ヶ月前に向井のもとに派遣された。

「向井さん、お話があります。その、借金の件で」

珍しい。いつも弱気で、黙って言うことを聞くだけ。青年の方から向井に提案してくるとは。
青年は自身のスマートフォンを取り出すと、数枚の写真を向井に見せた。
ゾンビ達が威嚇する写真。そして、ブレてはいるが、ゾンビとは違う、武装した何かが写る写真。

「何だこいつは」
「この前、町で見かけた、怪物です」
「怪物?」
「姿を突然変えたり、ゾンビを、あっという間に鎮圧したり。しかも、喋るんです」

向井の知る限り、この青年は嘘を言えない。それ故に、彼がこんな珍妙な話を持ってきたことに少々驚いていた。
「初めて見つけてから、仕事の合間に、毎日毎日、町中探して」
途切れ途切れになるこの喋り方が向井はいけ好かなかったが、それでも青年の話を聞き続けた。
「それで、一昨日、やっと見つけたんです」
青年が画面をスワイプして最新の画像を見せた。

そこには疲れ切った顔をした若者の姿が。何より目を引くのはその左腕。まるで改造人間だ。
「いつも逃げちゃうんですけど、やっと撮れたんです。一昨日は、ゾンビが沢山、町で暴れてたから」
「ほう。それで、この写真と金と、どういう関係があるんだ?」

ひと呼吸置いて、青年が続けた。

「この怪物を連れて来たら、足、洗わせてください」

【2】

5体のトキシムを相手に戦闘を繰り広げ、疲れ切ったメロは研究所に戻るや力尽きて気絶。目を覚ましたのは騒動の翌日、正午のことだった。
起床したメロが目にしたのは、ガラス張りの壁に空いた幾つもの穴、壁のシミ、そして廊下に転がったドア……らしき物の残骸。
扉が無くなったモニタールームにメロが飛び込んで来た。

「博士! 壁に穴空いてんだけど!」
「あー、涼しいだろうと思って」
「ドアも無いんだけど!」
「あー、風通し良くしようと思って」

身体共に疲れ切っていた博士は、メロの質問に適当に答えた。
幹部との戦いが激化してから、メロと博士はまともに話をしていない。トキシムの出現が相次いでいることも理由の1つだが、最近の博士はずっと考え事をしていて、モニターかタブレットの画面といつもにらめっこしている。

博士の対応を見て呆れたノーラが代わりに答えた。
『あのね、メロ君がいない間に幹部が乗り込んで来たの』
メロにも事情を伝えた方が良い。
幹部はメロを狙って乗り込んで来た。メロを消すためではなく、利用するために。

『メロ君はすぐ無茶するけど、これからは……マジで、マジで気をつけてもらわないと』
ノーラの声が段々と低くなっていく。メロは言いようのない恐怖に駆られた。

幹部が乗り込んで来た話を聞いて、メロはあることを思い出した。
トキシムと戦っている最中にノイズが彼を襲い、明確な声となって聞こえてきたのだ。
「力を使って、姿を見せないようにしてたんですけど、多分声のせいで力が解けちゃって」
『えっ、バレたってこと!?』
警察隊に姿を見られたとなると、なかなかに厄介なことだが、この時の博士にはそれを咎める余力が無かった。

「ごめんなさい! 怒らないで!」
『う〜ん、今回はあいつのせいだから仕方無いけど……』
大型モニターに向かってメロが頭を下げた。
「まー、次気をつけろ」
『ちょっ、適当すぎ!』
「あ、そう言えばさ」
今度は博士に向き直る。何故自分にはタメ口なのか相変わらず引っかかるが、疲れが先行して言葉が出てこない。

「何か、幹部の声と一緒に博士の声っぽいのも聞こえたんだけど、俺の勘違いかなぁ?」

メロが聞いたのは、幹部と博士の口論。
博士の声がノイズに混じることが珍しく、忘れっぽいメロも覚えていた。

博士は黙ったまま、充血した目でメロを見つめている。
この青年にはまだ教えていない。自分が幹部と同じ力を有していることを。
三影との戦闘で力を行使したことで、博士の声までノイズに乗ってしまったのだろう。

「博士?」
メロが心配そうに呼びかける。
この一瞬で博士の脳は勢い良く回転していた。どう誤魔化すか考えていた。
「あぁ、すまん。これは推測だが、アイツの感覚がそのままお前にも伝わったのかもな」
「なるほどなぁ」言いながらメロが納得したように数回頷いた。

どうにか誤魔化せたことに安心する博士だったが、余計に頭を働かせたためか強い頭痛に襲われた。
「博士。休んだ方が良いって」
「いや、駄目だ。一刻も早く……」
「何があんのか知らないけど、本当にゾンビになっちゃうって!」
メロの目に映る博士は凶暴化する前のトキシムそっくりだった。

メロの助言もあって、博士はここ1週間ずっと廃病院の病室で過ごしていた。休むようにメロから言われたが、場所を変えても彼は研究に没頭していた。

今日もベッドの上で、壁にもたれた状態でタブレットにダウンロードした映像を何度もチェックしている。
その横では相変わらず老婆が眠っている。

午前10時に起床、起きるや否やタブレットを開き、これまでの映像を確認しながらひたすら頭を回転させる。食事もせずにずっと同じことを繰り返し、気づけば夕方になっていた。

メロはトキシムの出現情報をノーラから聞いて飛び出したきり、こちらに戻って来ていない。もしかすると連戦になっているのかもしれない。
ここ数日トキシムの出現が相次ぎ、夜間だけでなく昼間も彼等の相手をする羽目になった。おかげでメロは研究所でのほとんどの時間をカプセルの中で過ごしている。

しかし、少しずつ彼の身体能力も向上しているのか、回復までのスパンが短くなっている。
それだけでなく、メロの戦いぶりも上達してきた。
騒ぎを聞きつけるとすぐに急行する無謀さには相変わらずヒヤヒヤさせられるが、それでも確実にトキシムを無力化出来ている。

現在はノーラが腕輪を介してメロと連絡を取り、彼のコンディションもチェックしている。彼女にサポートを任せて、博士は超獣システム安定化のため試行錯誤していた。

とは言え、進捗は特に無い。
メロの前に姿を現した女性。消滅したはずの同志の1人、レイラ。
司令塔の力を使うと視認出来るという仮説に至り、三影との戦闘後に彼女とコンタクトを取った。超獣システムのエラーを解消するヒントが欲しかったのだ。

幹部に対抗する力を生み出す。その発案者がレイラだった。彼女は最初の司令塔を生み出した研究班の責任者で、その知識も豊富だ。
桐野博士が「超獣システム」と命名することには難色を示したが、彼が見つけた“意思の電気信号”が応用されていることから、同システムの開発は2人が中心となって進めていた。

レイラに言われた通りにメロの戦闘を見返した。メロの成長ぶりがうかがえるが、現在の超獣システム改善に繋がりそうなヒントは見当たらない。
「いや、俺にはわからないだけか」

欠陥があるとすればそれは博士自身。

レイラに言われたことを今も引きずっている。ただ、彼女の言い回しが余計に事態をわからなくさせているとも思っていた。
共に研究していた頃から、彼女は回りくどい言い方をよくしていた。それ故に口論も絶えなかった。

「あの子の保護者として最低レベル」とレイラは博士に言った。「あの子」というのはメロではないらしい。となれば、超獣システムそのものを指しているのか。
「俺じゃ駄目ってことか? 今更超獣システムを放棄しろと? 青年1人にあれを背負わせる訳にはいかないだろ!」
タブレットをベッドに放る。
その直後、

「のど」

隣で眠っているはずの老婆の口から、間違いなく声がした。
慌てて博士が老婆の顔に耳を近づける。
「おい。今、何つった?」
老婆は目を瞑り、短い呼吸を繰り返しているが、博士の問いに応えるように、再び「のど」と小さく呟いた。
「のど……水か? ここにある」
ベッドの傍に置いてあった未開封のペットボトルを開け、老婆の口もとに近づける。
やはり喉が渇いていたのか、老婆は自ら口を小さく開けた。博士はゆっくりとペットボトルを傾けて少しずつ水を注ぐ。しかし、老婆はすぐに水を吐き出してしまった。満足していないようで、まだ「のど」と呟いている。

驚きのあまり博士が文句を言う。
「何だよ、水は口に合わないのか? 贅沢な婆さんだなおい……」

あることに気づいて愚痴を止めた。
そして、病室の横にある小さな部屋に移った。休憩スペースだったと思われる狭い部屋。床に置かれたクーラーボックスに、ジュースやゼリー飲料などが備蓄されている。

博士はその中から、メロが買ってきたリンゴジュースを取り出した。改造の影響なのか、味覚が変わって食欲が無いというメロ。ゼリー飲料をよく口にする他、「この味なら飲みやすい」と買ってくるのがこのリンゴジュースだった。

ジュースを手に病室に戻り、先程と同じように、蓋を開けてゆっくりと老婆の口もとに持っていく。すると、先程とは違い、老婆はジュースを飲み始めた。

群体が宿主を生かすために水分を要求したのなら、水をそのまま飲んでいたはず。しかし、老婆は水を拒否して別の物を求めた。
生存本能ではない。とすれば、老婆に自分の意思が戻った兆候なのではないか。
ジュースを飲ませている途中で、老婆が小さく「もういい」と言った。慌てて容器を離したため、老婆の口元が濡れてしまった。

間違いない。老婆が人間として目を覚ました。

突然の吉報に思わず老婆の側に座り込んだ。その目には涙を浮かべている。
メロが無力化したトキシムは、しばらくの間昏睡状態が続いていた。
しかし今日、遂に1人の老婆が目を覚ました。
無論検査は必要だが、博士は今、この喜びに浸っていたかった。

老婆は博士自身が初めて群体を投与した人物。心の底にずっと飼っていた幹部らへの復讐心が信号となり、意図せず怪物にしてしまった。
一度は肉体まで変質した老婆が目を覚ました。それも、おそらく人間として。
今はただ、その喜びで胸がいっぱいだった。

そんな喜びも束の間、病室にノーラの甲高い声が響いた。
『博士ぇっ! ヤバいヤバい!』
「うるせぇなぁ。今、今婆さんが」
『メロ君と通信出来なくなっちゃった!』
「そうか、青年と通信が……はぁ!?」
ノーラの言葉を聞き、博士が血相を変えて立ち上がった。

【3】

1時間前に遡る。

新たなトキシムの出現情報をノーラから受け、メロが現地に向かった。
研究所から少し離れた、高架橋下の空き地。そこに凶暴化前のトキシムが彷徨いているらしい。

町が封鎖されてからニュースでもゾンビの話題が取り上げられ、ほとんどの市民がゾンビらしき存在から距離を置くようになった。外出しない者も多い。
今回のように通常のトキシムが暴れることなく留まっているのも、刺激を与える人間が周囲にいなくなったことが大きな理由だろう。
しかし、メロ達だけでなく鷹海市もトキシムに目を光らせていることは事実。手早く処置を済ませなければ、警察隊と鉢合わせする危険もある。

メロは現場に向かいながら腕輪を操作、超獣に変異した。彼の意思を反映してか、ピンク色の電流を纏い、紺のフードとマントに身を包んだ戦士の姿となった。

周囲に人はいない。姿を消すことなくそのまま現場に直行する。
落書きだらけの寂れた空き地に、中年男性のトキシムが佇んでいる。トキシムを刺激しないよう、敵を見つけた段階で姿を消す能力を使用。静かに相手に近づき、男性の腹部に掌底を打ち込んだ。

『ナイス!』
「いやぁ、それほどでも」

距離はあるが、ドローンが飛ぶ音が聞こえる。早く研究所に戻ろうとしたが、ここでメロがあるものを見つけた。
無力化したトキシムの耳元に、小さな黒い虫が横たわっている。その後も男性の口や鼻からも虫が這い出し、力尽きて倒れた。
不気味な光景に小さな悲鳴をあげるメロ。武装した姿で怖がる様子は滑稽だった。

「ノーラさん、この虫って」
『あっ、ダンス部の子達に付いてた奴に似てる!』

宮之華学園に出現した学生のトキシム達。1体を除いて、生徒達の体内には、群体を内包する黒い虫が宿っていた。博士によれば、虫が持つ群体は弱いらしいが、複数体が寄生すればトキシム化も可能なのかもしれない。這い出た虫達を見てノーラは分析する。

虫を飼っているということは、すぐに目を覚ますかもしれない。
メロは慌ててその場から退散した。男性が咳き込んで目を覚ましたのはその直後だった。男の悲鳴が聞こえる。顔の周りに倒れる虫を見て驚いたのだろう。

男性から離れて安心したのも束の間、腕輪からノーラの声が聞こえてきた。

『メロ君! 近くでトキシムが暴れてる!』
「え? またぁ?」
『トキシム同士で争ってるみたい。でも、大丈夫? 少し休んだ方が……』
「いや、誰かが巻き込まれたらまずい!」

ノーラの案内に従って現場へと駆け出す。姿を消して疾走する戦士の姿に、通行人は気付いていない。

場所は高架下から少し先、マンションが並び建つエリア。
3体のトキシムが暗い路地で戦っている。痩せ型の男女2名が、連携して別の1体を襲う。初めはマンションから住人が窓から観戦していたが、目が合ったトキシムが威嚇したのを見て慌ててカーテンを閉めた。

現場に到着したメロは違和感を覚えた。
恐らくその理由はトキシムの瞳。2体は緑色で、襲われている1体は青い。
青い瞳を見て、幹部の林田刑事を思い出した。しかし、ニュースによれば彼は死亡したはず。
リーダーを失った後も彼等は戦わなければならないのか。

青い瞳を持つ男性のトキシムは、2体相手に善戦している。発達した筋肉を盾に自ら攻撃を受けに行き、強烈な反撃を喰らわせる。

『ねぇ。あのトキシム達、変な物着けてない?』

マンション付近の監視カメラ越しに戦闘を確認したノーラ。
トキシム達の手首に、大きな枷が取り付けられている。私服姿には不釣り合いな装飾だ。着けられているのは片手のみ。錆びついていて、千切れた鎖がぶらぶらと揺れている。
手枷は派閥に関わらず、トキシム全員が同じ物を着けている。いずれかのリーダーの好みというわけではなさそうだ。

「何にしても、早くあの人達を止めないと!」
メロの腕輪が紫の電流を帯びた。意図せずして腕輪が反応するケースはこの前もあったが、メロは意に介さず腕輪を操作、蜘蛛を模した黒い装甲を身に纏って戦闘に乱入した。

『あっ、メロ君ちょっと待って!』
トキシムらを引き離し、まず青い瞳の男性に蜘蛛の巣状の網を射出。彼がもがいている間に残りの個体を相手にする。
新たに出現した敵を前に、緑色の瞳を光らせて男女が迫る。まずは男性が近づき、腕を横に振る。その攻撃をしゃがんでかわすと、手早く腕輪を操作して掌底を背中に打つ。
背後から女性が迫るが、こちらは高くジャンプして回避、《GIGA・BITE》持続中に、再度手のひらを敵の背中に当てた。

2体無力化。
その間に網から抜け出した大柄なトキシムが黒い戦士を威嚇する。相手は両手を広げてメロに走り寄り、メロもその攻撃を両手で受け止める。
片足を後ろに伸ばしてどうにか踏ん張っていたが、敵が両腕を高く上げると、メロの体も逆立ちした状態で持ち上げられた。トキシムが両手を強く振り下ろすと、メロはアスファルトに強く叩きつけられた。

よろよろと起き上がったところに、続けて強烈なタックル。マンションの柵に大きな音を立ててぶつかった。何事かと住人が確認しに現れたが、窓越しに青い目のゾンビを見て慌てて部屋の奥に逃げた。

肉弾戦を得意とするトキシム。そのスタイルは変異した林田を思わせる。
幹部が消えてもなお彼等の兵士として戦い続ける。そんなことはあってはならない。力を振り絞って立ち上がると腕輪を操作、真正面からトキシムに駆け寄った。強靭な腕から繰り出されるフックを寸前でかわし、相手の腹部に掌底を打ち込んだ。

手のひらから、メロの電気信号を乗せた群体が、激しい電流と共にトキシムの体に流れ込む。渾身の一撃を喰らい、トキシムは小さな呻き声と共にその場に倒れ込んだ。メロも肩で息をしながら腕輪を操作、ようやく人間の姿に戻った。

『大丈夫!?』
「何とか」
言いながら、メロはその場に倒れてしまった。
『もうっ! 無茶すんなっつってんのにぃ! 博士にれん……くして……あれ?』
メロの腕輪から聞こえるノーラの声が途切れ途切れになり、やがて全く声がしなくなった。意識を失っているメロはそのことに気づいていない。

4人が倒れる現場の近く。
路地裏への道を塞ぐように1台のトラックが到着。まずは助手席からフードを目深に被った青年、その後荷台から6人の男達が降りて来た。

「こ、この人です」
青年がメロを指さした。
6人がメロの体を持ち上げて荷台に運ぶ。
青年も荷台に上がってメロに近づくと、彼の体を鎖とロープで縛り、顔に麻袋を被せた。
その後、残る3人も荷台に運び込んだ。彼等が無力化されたことは知らないのだろう、メロと同じように体を拘束し、顔を麻袋で隠した。

青年が助手席に戻ると、トラックはその場から走り去った。

【4】

その後、ノーラが何度もメロとの通信を試みたが、やはり繋がらない。
博士も事態を知って気が気ではないのだろう、病室の同じ場所を行ったり来たりしている。

『全然繋がらない! どうしよう!』
「電波障害か何かだろう。最後に青年が戦っていた場所はわかるか?」
『うん』
「なら、付近の監視カメラ映像を洗ってみろ。青年の姿が映っているかもしれない」

通信や位置情報の送受信に関しては、特殊なシステムは導入していない。付近で電波障害が起きたのだろうと桐野博士は考えた。
だとしても、最後にメロが気を失ったとノーラが言っていたため、彼の救出に向かわなければならない。

空が赤く染まっている。早く行けば見つからずに済むか。博士が司令塔の力を使おうとしていると、
『ねぇ! カメラの映像が途切れてるんだけど!』
病室に再びノーラの声が響き渡った。

トキシムが暴れていたポイント付近のカメラ映像のみならず、戦闘を映していた監視カメラも、メロが気を失ったところまでしか記録されていなかった。妨害されたというより、何かで壊されて映像が途切れたようだった。

意図的にこの状況が作り出された?

超獣システムを嗅ぎつけた幹部が関わっているのか。途端に博士を不安が襲う。
『何で? ねぇ何が起きてるの!?』
「うるさい! 俺がわかるわけねぇだろ!」
文句を言いながら、博士が体に力をこめて蜘蛛の怪人に変異した。
「全く、何がどうなってんだ」

変異した博士は病室を出ると、病院裏手が見える廊下の窓を突き破って下に飛び降り、ノーラが最後にメロを確認した場所へと向かった。

糸や背中の脚を駆使して素早く動き回る博士。研究所のあるエリアを回るドローンを、ノーラが一時的にハッキングして動きを止める。これで博士の姿も映らないはずだ。
人間では不可能なショートカットを使って目的地付近に着くと、物陰で人間の姿に戻り、トキシムが暴れていたという路地裏に足を運んだ。

マンションの柵がへし折れ、アスファルトにも傷がついている。戦いがあったのは間違いない。服のポケットからワイヤレスイヤホンを取り出し、耳に装着してノーラと通信を始めた。

「お前が言ってた場所に着いた。見え……ないんだったな」
監視カメラの映像は途切れてしまったと聞いている。
博士が辺りを見回すと、マンションのエントランス近くに監視カメラを発見。一部が破損し、その残骸が地面に落ちている。
今回の騒動は意図的に起こされたもの。電波障害ではない。嫌な予感の方が的中してしまった。

「この場所で暴れていたトキシムはどんな奴だった? 瞳の色とか、覚えてないか」
『瞳は、これまでに発見されたのと同じだった。あ、でも、みんな手首に何か着けてた』
「何?」
『うーん、手錠、みたいな? それがみんなお揃いで』

トキシム同士争っていたということは派閥が異なる個体。しかし装飾品は一様に同じ。ノーラ曰く、手首に装着していた物体は錆びついていたという。
信じ難いことだが、複数種のトキシムを集めて管理している存在がいるのだろうか。

その後も周囲を探してみたが、ヒントになるようなものは見つからない。
『博士、どうする?』
「一度研究所に戻る」
現状、他に手は無かった。
再び変異し、マンションの壁を蹴って上へ上へと登っていく。

独自のショートカットを使って帰ろうとしたが、あることを思い出し、マンションの屋上で動きを止めた。
心の中で、博士はレイラを呼んだ。
力を行使した状態なら彼女とコンタクトを取れる。

しかし、博士の願いも虚しく、レイラは現れなかった。レイラはメロの前に度々姿を見せる。最後に話した場所も、メロが眠るカプセルのそばだった。
彼女がメロの近くにいるかもしれない。

「青年を助けてくれ」
ひと言呟くと、博士は研究所に戻って行った。



【次回】


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