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人狼出現報道というフェイクニュースの蔓延とその被害

一部、センシティブな動画及び画像があるので閲覧する際は注意してください。

2022年5月1日、日本の夕刊スポーツ新聞「東京スポーツ」のウェブに一つの記事が投稿された。それは「ブラジル騒然!家畜の心臓を抜き取り食べる『狼男』出現か 射殺体動画拡散」というもので、東京スポーツと言えば誤報・ガセネタ・飛ばし記事の多さから「飛ばしの東スポ」とも呼ばれているせいもあってか、この記事のことを深く受け止める人はほとんどいなかった。オカルト研究家を名乗る方々が懐疑的な意見を持つもそのまま流れていった。しかし、この記事の背景から冗談では終わらないフェイクニュース問題に繋がる被害の現状が見えてきた。

「狼男」の正体

この狼男――人狼は実は複数回死んでいる。ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、ボリビア、パキスタンにインドと世界各地で射殺体や轢死体、ひどいものでは新型コロナワクチンによる人体の突然変異と言われて拡散されたり、この映像の後に別の事故によって怪我人が溢れる病院の動画を「人狼の被害者」として付け足されたものもある。まるで『サウスパーク(原題:South Park)』(1997-)のケニーのようだ。それならば人狼の正体は何なのか。答えは一つで、海外の特殊造形アーティストのRob Cobasky氏の作品の一つだ。彼にとってはこの人狼は社会を混乱させる目的など一切なく、自らを売り込む一種のプロモーションを兼ねたアート作品だった。彼のInstagramでは人狼の製作過程の様子が投稿されている。

最愛の人狼

Rob Cobasky氏はゾンビやフランケンシュタインの怪物といった多くの怪物たちの特殊造形や特殊メイクを担当しており、彼にとってこの人狼は熱意をもって取り組んだ「最愛の息子」とも言える作品だった。人狼は展示会にも出品され、製作の方法や熱意を語っている。

最初につくりはじめたときは、彼はだいたい550ポンドの湿った粘土でした。まずはグラスファイバーで型を作り、それが固まると私は型を机の横から丁寧に引き剥がし、慎重に粘土を削り出し、裏返せるように少し軽くしました。そして型を綺麗にするとそこにシリコンを流し込みました。皮膚には馬の毛や様々な動物の毛を手に入れ、それを人狼のシリコンの皮膚に特別な道具で一本一本植え付けました。それは縫い針を加工したもので、それを研磨してフォーク状の顕微鏡でしか見えないような形にするんです。虫眼鏡を使って3週間、穴を開けて毛を植え続けました。(インタビュー動画より一部抜粋。筆者訳)

https://youtu.be/lWCP0BWBVbE

傷つけられたアーティストの誇り

これだけでも人狼へ注がれた熱意とこだわりが感じられる。フェイクニュースとして誤認されてしまうほどのリアリティは一人のアーティストの熱い思いが込められていたのだ。しかし、それはいとも簡単に踏みにじられる。彼のつくった人狼に何者かが嘘の音声をつけ、あたかもその場で狼男の射殺体を発見したかのような映像を投稿したのだ。それは瞬く間に拡散され、時には面白半分に、そして時には悪質なフェイクニュースとして報道されてしまった。アーティストとしてのRob Cobasky氏の誇りは深く傷つけられた。

ジョークという名の悪意、必要とされるファクトチェック

彼はInstagramに人狼の製作過程だけではなく、アート作品として呼吸している人狼の映像をどのように制作されたのかも公開されている。ある意味ではマジックの種明かしのような映像だが、ここにいたるには理由がある。今でこそ製作過程や動画を投稿しているが、一時は自身の作品が悪質なフェイクニュースと報道されたことで投稿をすべて削除するほど追い詰められていた。そして、彼は今回の騒動に関してコメントを発表している。

皆さん、こんにちは。私はRob Cobaskyです。この投稿をする理由は皆さんに早く理解していただくためです。インドやパキスタンで狼男が人々を殺しているという噂と、その動画が流行しているようですが、それは事実ではありません。あの人狼は私の作品です。私は特殊効果アーティストであり、彫刻家でもあります。私はシリコンを使ってとてもリアルなプロップをつくることが仕事で、それらのプロップは映画やドラマでは欠かすことのできないものです。そして、その製作をしていたときに誰かが無許可で私のInstagramから狼男の動画を盗用しました。彼らは動画を悪用して狼男が外で人を殺し、走り回って犠牲者を出していると投稿しました。それは事実無根です。あの人狼は私の作品です。今回はこの騒動の真実を理解してもらうために、このような動画を投稿しました。聞いてくれてありがとうございます。(筆者訳)

https://www.instagram.com/tv/CXFqezdDkaN/?igshid=YmMyMTA2M2Y=

2021年12月31日にパキスタンで人狼のおもちゃのマスクを被ったAsad Khanという男性が現れ、子どもを怖がらせると共にジョークのネタになった。それと合わせてRob Cobasky氏の作品も取り上げられてジョークという名目で「パキスタンに出現した人狼」として拡散されている。皆、面白がっていたかもしれないが、その背景には深く傷つけられたアーティストの存在があるのだ。

ホラー映画ファンだからこそ肝に銘じなければならないこと

このようなことはRob Cobasky氏が初めてではない。有名なものでは2003年のポルトガルを発端とした映像で、ヒッチハイクで女性が乗ってきて「私はあそこで事故に遭ったの」と言い恐ろしい姿になるというものだ。これは心霊番組で放映されていたから知っている人も多いと思う。この映像はDavid Rebordão監督が撮影した『A Curva』という宣伝用の作品で、本物とされていることに監督は動揺していた。最近で有名なのは相蘇敬介氏の作品「姑獲鳥」を盗用し自殺者が出て世界的問題になった「Momoチャレンジ」だ。このように今も尚、映像作家や彫刻家の作品が盗用され悪用されている。ホラー映画ファンやオカルトファンだからこそジョークを笑うだけではなく、その背景に被害者のいるフェイクニュースであることを肝に銘じなければならないだろう。

他にもRob Cobasky氏の作品に別の映像を付け加える手法で被害に遭っているホラー作品も存在している。それは南アフリカの映像で、実際は皆アフリカの国道59号線沿いで死んでいたハイエナの死体を業者が回収する様子なのだが、これにポルトガルの短編ホラー作品『Lobisomem Morto a Tiros』の音声を吹替、「狼男の死体を隠蔽する政府の映像」というフェイクニュースに変えたのだ。ここから私たちが理解しなければならないことは「ホラー作品はオカルトオタクのおもちゃではなく、アーティストの血と涙の結晶の芸術作品」であるということだ。

Rob Cobasky氏の現在の活動

最後にRob Cobasky氏の現在の活動についても取り上げたいと思う。現在、彼は映像業界で活躍し続け、Instagramに今も新しい作品や活動を投稿している。そして、前回悪用されてしまったことの半生を踏まえて署名付きで新しい人狼の彫刻の製作にも取り組んでいる、筆者は何度かInstagram上でやり取りさせていただいたが、ファン一人一人に対してとても親身に対応してくれる素晴らしいアーティストだ。ファンである一個人として、今後も彼の活動を応援していきたい。

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