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カミ様少女を殺陣祀れ!/10話

【目次】【1話】 / 前回⇒【9話】

一糸まとわぬ荒神様が、縦ロールの黒髪を揺らして歩いた。その首と手首と足首で、鉄輪が鈍く輝く。尊師に負けたあの日、荒神様が着けられた枷だ。
「ノゾム! 酒じゃ、酒を持て!」
僕は溜め息を一つ。鞘を拾い上げると、抜き身の御神刀をそれに納めた。
両断されたナナエさんの写真に、ナナエさんだったものが飛び散っている。
レイナさんが腰を上げ、現実感の無い表情でそれらを見渡した。
「お母さん? エッ、あんた誰? どこから出て来たの?」
「黙れ小娘。おいノゾム、酒を持てと言っておろうが、早うせい!」
僕は御神刀を祖霊舎に戻すと、床の間に並んだ酒瓶の一つを掴み踵を返す。
荒神様の手が、僕の差し出したビール瓶(期限切れ)を引っ手繰り、親指で栓を弾き飛ばしては、ゴクリゴクリと一息にラッパ飲みした。
「ヌゥーッ、思い出す度に腸が煮え繰り返るわい! 何たる屈辱の極み!」
鉄輪に縛られた手で瓶を投げ捨て、荒神様はどかりと腰を下ろした。


荒神様は胡坐をかき、虫を見るような眼差しで酒瓶を呷っていた。
「神様仏様ァ~。この哀れな一文無しの母と娘に、寛大なるお慈悲をォ~」
「何で私まで……本ッ当にあ゛り゛え゛な゛い゛!」
対面ではナナエさんとレイナさんが土下座し、カミに憐れみを乞うていた。
「まままッ、荒神様そーゆうことじゃからのう、一つ穏便におおッとォ!」
爺ちゃんが場を執り成そうと、両手を広げ身を乗り出してバランスを崩し、荒神様の双丘に頭から突っ込んで殴られバラバラに飛び散った。
「南無南無南無ゥ~ッ! 私たち他に行く所が無いんですウウウ゛ッ!」
ナナエさんが犬の鳴くような声で訴えた。大晦日の鐘撞みたいに狂気じみて
正座姿勢から額を上げては打ちつける様は、雑な腕立て伏せのようだ。
僕はその形振り構わぬ醜態ぶりを見て、思わず溜め息がこぼれた。
「ノゾムゥッ、あんたも何とかお願いしてよォッ! 息子でしょォッ!」
今、何か聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだよな。


戸板を激しく叩きつけるような音。それは僕らの足の下から聞こえてくる。
「アアアアア゛ーッ! オオオオオ゛ーンッ!」
軒下にぶち込まれたナナエさんが、獣じみた唸り声を上げ暴れ続けていた。
「で、レイナさんはこんな山奥でどうするつもり? 学校も通わなきゃ」
足元の騒音は聞こえないふりをして、僕が言うと爺ちゃんも頷いた。
「さすがに義務教育じゃしのう、隣町の中学に転入できるか聞いてみるか」
「えー学校とかヤダ、フツーに行きたくないし。私マイチューバーなる」
「年齢考えろお前、何がマイチューバーだいい加減にしろこのバカ!」
「ウワーンお兄ちゃんに怒鳴られた、私もう手首切って死んじゃうもん!」
荒神様すら呆れ顔で酒を呷り、ゲップをこぼす。ややあって、レイナさんが嘘泣きを止めて急に立ち上がると、神妙な面持ちで荒神様に歩み寄った。
「何じゃ小娘! これ止めんか! 余に気安く触るでない、叩き殺すぞ!」
「そうだいいこと思いついた! カミ様、マイチューバーにしようよ!」

――――――――――

翌日。塩尽修學院高校・2年2組の教室。4時限目は現代文だった。
僕は窓際で最前列の席に座り、睡魔に呑まれぬよう悪戦苦闘していた。
国語教師は一本鎗とかいう冗談みたいな苗字で、30過ぎの女教師。
僕は寝ぼけた頭で、虎になった男の話を半ば聞き流していた。思い出されるのはナナエさんの顔だ。次第に黄色と黒の毛が生え、虎の顔になっていく。
僕の母親は虎になって帰って来たんだな。だったら動物園がお似合いだ。
「神事くん! 神事くん、聞いてますか!」
一本鎗先生が丸めた教科書で僕の机を叩き、僕はハッと目を覚ました。
「授業に集中しなさい! そしたら立って、43ページのここまで読んで!」
僕は席を立って目を見開き、教科書に視線を落として口を開いた。
「全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ――」


昼休み。僕は飯も食わず、机に突っ伏して沈没していた。両耳に突っ込んだイヤフォンで、ポール・モーリアのベストアルバムを聴きながら。
突然、机をドンドンと叩かれ飛び起きた。僕が顔を上げると、パッツン髪の女子生徒がアクションカムを構え、三白眼で僕を見下ろしていた。
古畑切子(フルハタ・キリコ)。2年1組・報道部員のトラブルメーカー。
地味に小中高と同じ学校だが、今まで殆ど交流はなかった、はずなのだが。神社襲撃事件以降は、インタビューと称して、頻繁に絡まれて鬱陶しい。
「起きなさい、ノゾム! 今日こそ『事件』の証言を聞かせてよね!」
「いい加減に忘れてくれよ。そんな話してるの、もうキリちゃんだけだろ」
キリコの日本人形めいた顔で輝く、蛇みたいな眼差しがぐらりと動揺した。
「ハッ……ハァッ!? そんな、小学の仇名じゃ、呼ばないでよッ!?」
慌てて彼女はアクションカムを操作する。今のはNGシーンでカットかな。


「ノゾム、イッポ先生の授業でまた寝たでしょ。あんた目つけられてるよ」
「え? いやそうだけど、古畑さんクラス違うよね? 何で知ってるの?」
僕は顔を顰めて答え、突きつけられるアクションカムを片手で払った。
「大体、よくノゾムって呼ぶよ。僕たち、碌に喋ったことも無いじゃない」
「別にいいでしょ。報道部は情報が命、使える人脈はフル活用するだけ」
キリコが腕を引いて、僕の手をひらりと躱すと、再びレンズを突きつけた。
「自己中万歳。リポーター人生は前途多望ってなもんだね、キリちゃん」
「グヌッ……今度その名前で呼んだら殺すッ!」
キリコは表情を引き攣らせて吐き捨てると、懐からスマホを取り出した。
「スマホを持ってないあんたに、今日は特別に特ダネを教えたげる!」
「別にいいけど。それに、何で僕がスマホ持ってないこと知ってんの?」
「うるさい! とにかく、この”Saezuri”投稿を見て、感想を述べよ!」
キリコはそう言って、スマホ画面に並んだSNS短文投稿ツリーを示した。

――――――――――

【緊急拡散】この写真の女の人と、女の子の顔に見覚えわありませんか!?
私はこの女の子のクラスメートですが、○月×日から学校に来ていません!
Saezuっても連絡来ないし、電話も出ないしでとっても心配してます(;_:)
家のチャイムを鳴らしても返事がないし、家出? 事故? それとも事件?
このまま待った方が良いでしょうか? 警察に連絡するべきでしょうか?
皆様の暮らす街のどこかで、この2人を見かけたことはありませんか?
何の連絡もナシで消えてしまったので、友達みんなホントに心配してます!
皆様の情報だけが頼りです、どんな小さなことでも情報をお寄せください!
女の子がかわいいとおもいました(小並感) なおババアはお察しの模様
どうせ借金こさえて夜逃げとかそんなんやろ。子供が可哀想やけど残当
ドブみたいな口で勝手な妄想撒き散らすな、臭えんだよクソオス
おっ、フェミ様が発狂してらっしゃるぞ。お疲れ様でーす!(笑)
T京駅で見た。ババアの方がIC改札に引っ掛かってキレ散らかしてて爆笑
釣りだろ? マジでならスマホポチポチしてないでさっさと警察池
N県行きの特急電車に乗ってた馬鹿野郎。車掌と口論してクソ騒ぎまくって眠れんかったわ。徹夜明けで寝たかったのに、害悪ババアふざけんな!
あ、それ私も見たかも。特急券を買ってなくてババアインパクト。いやそれお前のせいだろって思いながら遠巻きに見てた。車掌さんはお疲れ様です!
塩尽駅の券売機で喚いててドン引き。絶対関わり合いになりたくないタイプ
特定班はやーい!

――――――――――

放課後。僕は塩尽駅に着くと、改札への階段を通り過ぎ、1階の土産物屋を横目に駅舎を回り込んで、小銭入れを手に公衆電話へと向かった。
胸騒ぎがした。キリコの見せたあれは状況的に、借金取りの鎌かけが臭う。
SNSって怖いな。善意とか憂さ晴らしとか感情が原動力だからタチが悪い。
僕は公衆電話の受話器を上げ、ナナエさんとレイナさんに電話番号を聞いてなかったことを思い出した。まあいい。投入口へ10円硬貨を流し込む。
自宅の番号をプッシュ。1コール……5コール……10コール……誰も出ない。
僕は諦め、受話器を置いて溜め息。こういう時、スマホが無いと不便だな。
受取口に吐き出された10円を取って、再び電話にぶち込んでからコール。
駄目だ、出やしねぇ。十中八九、家に居るはずなんだが。呑気なクソ穀潰しども、ケツに火がついてんのは手前らの方だって、分かってんのかよ。
僕は切羽詰まった心持ちで、改札口へ上って南那井行きの電車に乗った。


そして夜。家に帰る前に、餃子将軍 SHINGEN で終了時間までバイトだ。
「2,000円頂戴して、150円のお釣りになります。ありがとうございました」
「あざっしたー! またどうぞー!」
油まみれの熱気に包まれ、いつも通り客を迎え、料理を出して客を見送る。
「おいノッチ! 今日は何か顔色悪いぞ。変なモンでも食ったか?」
矢彦沢さんがいつも通りサボりながら、欠伸をこぼして聞いた。
「最近、色々と立て込んでたので。疲れてるんですかね」
「つかさ、お前Saezuri見た? あそっかノッチ、スマホ持ってなかったな」
「学校で見せられましたよ。昨日来た、おかしな客の話ですよね?」
「そーそーそれそれ。俺さァ、うちの店に来たってSaezuっといたわ」
したり顔で頷く39歳独身。何余計なことしてくれてんだふざけんな。
「いや~俺マジ英雄じゃん? やっぱ良いことすると気分いいぜ~オイ!」


引き戸が開かれ、入ってきた客の顔に、僕は思わず目を疑った。
「いらっしゃーせー。お一人様ですか?」
若い女性客を見て、矢彦沢さんが磁石に引き寄せられるように応対に出る。
「はい。実は私、Saezuriの投稿見て来たんですけど」
「エーマジっすか! アレ投稿したの、実は俺なんすよね!」
「あぁそうなんですか。ちょっとお話とか聞きたいんですけど」
パーカーにジーンズ、片手にはアクションカム。普段着姿のキリコだ。
「あーいいっすよ。っても大した話はないすけど。こちらの席どうぞー」
矢彦沢さんときたら声も気取って、すっかり舞い上がった様子だ。
彼女はボックス席の一つに腰を下ろすと、店内を見渡して僕を見つけた。
「何で来てんだよッたく、どいつもこいつもッのクソが……」
視線を感じる。僕は悪態をついて腰を屈め、テーブルを意味も無く拭いた。


【カミ様少女を殺陣祀れ!/10話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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