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カミ様少女を殺陣祀れ!/9話

【目次】【1話】 / 前回⇒【8話】

半壊した我が家の居間に、勝手知ったる顔で居座る一組の母娘。バイト先の中華屋に来た、今晩最後のお客さん。なぜうちに居るのかは知らないが。
爺ちゃんの斜め右手に座る、中年のオバサン。昼ドラから抜け出したような恰好で、僕の名前を呼び捨てにして、引き攣った笑顔を向けていた。
壁にもたれてスマホを弄る女の子。年は中学生くらいかな。いかにも今時のファッションって感じで、このあばら家には似つかわしくない。
「爺ちゃんのお客さん? 顔見知りじゃないけど、親戚か何かかな?」
女の子がスマホから顔を上げ、値踏みするような眼差しで僕を見た。
「コホン。いや、その……な! いいかノゾム、これには深~いワケが」
爺ちゃんは大瓶のビール(期限切れ)の空き瓶を転がし、大袈裟な身振りで言い辛そうに訴える。っていうかそれ、荒神様のお供え物だよね?
「まあ座りなさい、ノゾム。『私たち』家族の話をしましょう」
家族。私たち、家族。オバサンの引っ掛かる物言いに、僕は眉根を寄せた。

「何かの冗談ですか? 失礼ですが、僕とは初対面のはずですよね?」
昼ドラオバサンはえづくように喉を鳴らして、表情が崩れるのを堪えた。
「私はナナエよ。九法奈々枝(クノリ・ナナエ)。あなたの『お母さん』。こっちは麗奈(レイナ)。あなたの『妹』。これから、よろしくね!」
そして静寂。ナナエさんの強張った笑顔。無表情で見つめる僕。
レイナさんは母親の紹介にも無反応で、淡々とスマホを弄り続けていた。
爺ちゃんは反応を窺うように、ナナエさんと僕とを交互に見続ける。
「はあ、よく分かりませんが。もしかして、爺ちゃんの再婚相手ですか?」
僕の言葉に、居間の空気が凍りついた。僕は頭を振って、深い溜め息。
「爺ちゃんさ、ワシは死ぬまで婆ちゃん一筋だ~って、言ってたじゃない。まあ爺ちゃんが良いなら僕はいいけどさ。年の差ってモンを考えなよ」
真空めいた静けさ。ビール瓶が転がり、音を立てて畳に落ちた。

「アヒャーッヒャヒャヒャ! そう来たかァ! こりゃ傑作じゃのう!」
爺ちゃんが馬鹿笑いに涙を滲ませる。レイナさんも笑いを噛み殺していた。
「はぁ~ッ!? あたしが!? このジジイと!? 冗ッ談じゃない!」
ナナエさんが下品な口調で喚いた。化けの皮が剥がれるのが早すぎだろ。
「ナナエさんの言う『母親』って、もしかして産みの親って意味ですか?」
「他に何があるっていうのよ! あとその他人行儀な呼び方は何なの!?」
「からかってるんですか? 僕の母は、もうずっと行方不明なんですがね」
ナナエさんがテーブルを殴り、身を乗り出して自分を指差した。
「だからそれが私だって言ってるでしょ! もういい加減にしてよ!」
自称・母親のオバサンは、顔を茹で蛸みたいに紅潮させて喚き散らす。
僕は無言で学生カバンを放り、居間を横切って床の間の祖霊舎に向かった。

――――――――――

僕には物心ついた時から、母親の記憶は無く、父さんの記憶も朧気だった。
僕は隠ヶ平の山裾に立つ神社の家で、爺ちゃんと婆ちゃんに育てられた。
爺ちゃんは隠多喜神社の宮司兼農家で、婆ちゃんは隣町の小学校の教員。
僕の7歳の誕生日、爺ちゃんと婆ちゃんは僕の父と母の話をしてくれた。
曰く、母は僕を産んで数か月後の夕暮れ、家族を捨てて蒸発したこと。
曰く、父は隠多喜神社の宮司だったが、僕が4歳の時に路上で死んだこと。
曰く、不在の宮司は爺ちゃんが引き受け、神社を切り盛りしていること。
曰く、高校を出るまでは面倒を見るから、生活は心配するなということ。
曰く、僕の人生は苦難の連続だろうが、強く生きて欲しいということ。
7歳の僕は良く分からず、爺ちゃんと婆ちゃんの真剣な顔にただ頷いた。

月日は流れ、僕は学校に通いつつ、神社の仕事も手伝いつつ大きくなった。
婆ちゃんは教員を定年退職し、年金を貰いつつ悠々自適の生活。
爺ちゃんは相変わらずのマイペースで、神社を細々と切り盛りし続けた。
学校では親の不在で苛められ、孤立することもしばしばあったけれど、僕は一人でも平気だった。僕には神社があった。自分は跡取りだと胸を張れた。
爺ちゃんから神社の跡を継がなくていい、と言われた時はショックだった。
婆ちゃんが癌を患っていて、先が長くないということもその時知った。
2年前、婆ちゃんは他界した。僕の高校進学を遂に見届けることなく。
葬式には教員に生徒、元生徒たちが大勢参列して、早すぎる死を悼んだ。
それから2年間、僕と爺ちゃん二人三脚で、何とか今まで生きて来た。
僕、爺ちゃん、そして隠多喜神社が、これからどうなるかは分からない。

――――――――――

「どこに行くの、ノゾム! こっちへ来て、母さんと話をしなさい!」
僕は暗がりの祖霊舎を見据え、薄れゆく記憶の父さんに思いを馳せた。
眼前の写真立てに映る、若かりし美女の姿。奥に横たわる白鞘の御神刀。
僕は左手に写真立て、右手に白鞘を掴み、居間に取って返した。
「ノ、ノゾムッ! ま、ままおおお落ち着け! 早まるんじゃないゾイ!」
慌てる爺ちゃん。怯えながら睨むナナエさん。我関せずのレイナさん。
「ハァ!? 何それ、殺る気!? は、母親よ! 私は、あんたの母親! 殺れるわけないわよねッ! 殺れるもんなら殺ってみなさいよッ!」
見た目がステレオタイプなら、言うことまでステレオタイプなんだな。
僕はナナエさんの眼前に、色褪せた写真立てを投げ出した。
「ここに映ってるの、ナナエさんかな?」
ナナエさんが写真立てを見ると、表情が和らいだ。意外そうでもあった。

僕は御神刀の鞘を抜き捨てる。折れた刀身は刃渡り1尺と少し。問題ない。
ナナエさんが食い入るように写真を見つめ、写真立てに手を伸ばした。
「うわ~、懐かしい。これ何年前の写真かしら。まだ持ってたんだ」
「ノ、ノゾムッ!?」
爺ちゃんが叫び、ナナエさんが見上げ、僕は両手で刀を振り下ろした。
裁断音。御神刀は写真立てのガラスを砕き、フレームを両断した勢いのままテーブルに1センチほど食い込む。写真は切り裂かれ、ガラス片が飛んだ。
ナナエさんの伸びかけた手、細い指先が震える。ビデオの一時停止のように表情は凍りつき、目を見開いて口をだらしなく開け広げていた。
「今更帰ってきて家族だなんて、虫が良すぎるんじゃないですか?」
僕は何の感慨も湧かない顔で、テーブルから刀を引き抜き大上段に構えた。

「なッ、なな何よッ!? 私だって大変だったのよ! 命辛々、死ぬ思いをしてここまで逃げて来たのよッ! 私の苦労があんたに分かる!? 旦那が浮気して、離婚してたんまり慰謝料貰って、楽して稼ご……資産運用に手を出したバイナリーとFXで大損こいて、一文無しのすってんてん! 近所では後ろ指さされるし、借金取りの電話は鳴り止まないし! レイナは何も悪くないのに学校で苛められるし! 人生八方塞がりよ! だったらいっそ全部ほっぽり出して、夜逃げしてオサラバ! だけど、借金やら男やら何やらで実家からは勘当されてるし、行く当てなんてどこにもないし! ああ私って何て可哀想! 同情してよ! 母さんがこうして頼ってるんだから、せめてほとぼりが冷めるまで、助けてくれたっていいでしょう息子なんだから!」

「クソのトリプル役満だな。大人しく野垂れ死にしてれば清々したのに」
「死んでたまるかふざけんな! 私の人生まだまだこれからよ!」
ナナエさんがゴキブリみたいに四つん這いで逃げ回りながら怒鳴り返した。
「新天地で心機一転! 家族も元通りでみんなハッピー! それで全て丸く収まるでしょ! それの何が悪いのよ! 息子なら母さんを助けてよ!」
喚き散らし、ハイハイで逃げるナナエさん、刀を握って追いかける僕。
爺ちゃんとレイナさんは、呆気に取られた顔で成り行きを見守っていた。
「うちの生活さ、僕と爺ちゃんの二人でカツカツなんだよね。借金こさえて帰って来た、ぽっと出の『家族』を養う余裕なんかないわけ」
「お金なら心配はいらないわよォ! バイナリーにFX! 元手はいくら? 2倍、3倍、ううん10倍にだってしてあげる! 母さんには経験があるの! 今までは運が無かっただけ、今度はきっと上手くいくから信じて!」
「全ッ然懲りてねーじゃねーか! 信じるわけねーだろ、真面目に働け!」

壁際で黙って見ていたレイナさんが、スマホを放り出して咳払いした。
「あのさ。ノゾ……ノ……コホン。お、お兄ちゃん……って呼んでいいかな」
僕は立ち止まり、抜き身の刀を握ったまま、レイナさんを横目に見る。
「あ、あのさ。私、自分がずっと一人っ子だと思ってたし、クラスメートが兄弟の話をしてるのを聞いて、私にも兄弟が居たらなってずっと思ってた。だから、母さんからお兄ちゃんが居るって言われた時は、何で隠してたんだクソババアって思ったよ、そりゃあ正直。でもそれ以上に嬉しかったよ」
「泣き落としね! いいわよレイナ! あなたならきっとできる!」
ナナエさんがテーブルの反対側で起き上がって叫び、レイナさんが睨んだ。
「いいからお母さんは黙ってて! 夜逃げの時はホント最悪だったし、私の人生どうなるんだって不安だったけど、これからお兄ちゃんに会えるんだと思って、正直わくわくもしてた。だから私、今こうして会えて嬉しいんだ。父親は違うけど、それでも半分は血の繋がった、私のお兄ちゃんだもん」

「オッホッホッホッホォ~ン! レイナッハハハァ~ン、可愛い私の娘! 何ていい子なのォォォ~ん! こんな孝行娘を持った母さんは幸せ」
「だから、さ。母さんは好きにしていいから、私だけは助けてください♡」
キャピ、と両頬に人差し指を当て、レイナさんがポーズを決めた。
爺ちゃんとナナエさんが同時にずっこけ、僕は半ば呆れ顔でそれを見た。
「レ、レレレイナッ!? あんた母さんを売ったわね! この裏切り者!」
「ニッヒヒヒ。何でもするから助けてください、お・に・い・ちゃん♡」
「掃除、炊事に洗濯、薪割り、神社の手伝い、あと荒神様のお世話も」
僕が口々に捲し立てると、レイナさんは露骨に抗議の声を上げた。
「えー何でよこき使い過ぎ! スマホより重い物持ったこと無いのに!」
「だったら働いて金稼げ! 餃子将軍 SHINGEN で学校終わってバイト!」
「ヤダーヤダーあそこ絶対キツそう~! 楽して3億円手に入れた~い!」

「うるさいぞ下等なる人の子どもが! 余の眠りを妨げるとは無礼なり!」
背後から響いた声に、僕はギクリと表情を強張らせて振り返った!
「キャー誰か助けて~! 実の兄に犯されて売り飛ばされるゥ~! 鬼畜なクソ兄貴が私をフーゾクに連れてって、身体で稼げって言うんです!」
「誰もそんなこと言ってねーわ! 妹なんか誰が犯すか、気持ち悪い!」
畳に引っ繰り返り、じたばたして喚くレイナさんに、思わず叫んだ。
ナナエさんは、戸口に現れた荒神様を見るなり、飛び上がって驚いた。
「ギャーッ! 全裸! 変態! 変な髪形! おっぱいデカいわね……いやそれより、何でうちに女が居るの、許嫁それとも居候!? 聞いてないわよノゾム! 何で全裸!? それにしてもおっぱいデカいわね……おっぱいがデカかろうと、母さんを差し置いて居候を養うなんて許さないわよ!」
ヒステリックな金切り声で喚き散らすナナエさんに、荒神様が歩み寄っては拳を一振り。バラバラの肉片に粉砕されて、テーブルの上に飛び散った。


【カミ様少女を殺陣祀れ!/9話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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